第1話

文字数 9,997文字

 好きになった人はいつだって私以外の女の子を好きになる。そしていつだってお決まりのセリフだ。
「みくるって女にしておくのはもったいないよな」
「みくるとはずっと友達でいられそうな気がする」
 その言葉、褒め言葉だと思ってる? そんなの全然嬉しくない。それよりも私は、好きになった人に好きになってほしい。性別を超えた友情なんかよりも、たった一人でいいから、私が好きな人に私のことを好きになってほしい。
 そんな思いで参加した恋ステだったけど――やっぱり私が好きな人は、私を好きになってはくれなかった。
「嘘……」
 高校三年の私と廉と順太。高校二年の琴葉と静香、昴に雄大という七人のメンバーで始まった恋ステの旅。気になる人もできて楽しく過ごしていたのだけれど。
 二週目の終わり、スタッフさんに集められた部屋には私と順太、それから静香と雄大がいた。琴葉と昴、そして廉の姿はなかった。それが何を意味しているかすぐにわかった。
「どういうこと――?」
 思わず、と言った様子で呟いた静香に、私は動揺を悟られないように、平静を装って言った。
「告白、じゃないかな」
 私の言葉に、みんなが息をのむのがわかった。
 恋チケットを選んだときに聞いたルールを思い出す。それぞれに渡されたチケットは枚数が違っていて、四枚の人は二週間、六枚の人は三週間、そして十枚の人は五週間、恋ステに参加できるのだ。私のチケットは十枚。五週間の旅だ。もしかすると、琴葉と昴は二週間の旅だったのかもしれない。琴葉が廉を好きなことと、それから昴が琴葉のことを気にしていることはわかっていた。だからそれできっと……。
 でも、もしかしたらという不安な気持ちが頭を過る。そんなわけないと思いたいけれど、でも……。 
「この場合ってどうなるんだ?」
「どうって?」
 そんな私の気持ちなんて知らない雄大と順太が思いついたように話し始めた。
「だからさ、例えば琴葉とどっちかがくっつくとするじゃん。そうしたら一人は確実にフラれるってことだろ?」
「まあ、そうなるな。そしたら……フラれた方の旅は終わりだな」
「じゃあ、もしかしたら一気に三人が消えるかもしれないってことか」
 もし琴葉の告白が上手くいったら、廉もいなくなる……?
「そんなの……! 私、まだ廉に気持ち伝えてないのに!」
 その場にいたみんなが私の方を見たのがわかった。でも、溢れだした言葉を止められなかった。
「なのに、もしも廉が帰っちゃったら、どうしたらいいの……! こんな、ことなら……私も告白、しておけば……!」
 後悔するぐらいならちゃんと想いを伝えておけばよかった。まだ一緒にいられるってそう思ってたのに、こんなに早くいなくなるなんて思ってなかった。
 いつだってそうだ。好きだなと思う男の子と仲良くなって、よし告白しようと思ったときには相手から「みくるって友達にするには最高だな」なんて言われて告白できなくなってしまう。好きな人に一番近い女の子になりたい。でも、好きな人の一番仲のいい女友達になんてなりたくない。私は、好きな人の好きな人になりたいだけなのに。
「みくるちゃん……」
 静香が私の背中を優しく撫でてくれる。でも、その手のぬくもりが優しくて余計に涙が溢れてくる。
「まだ廉君が帰っちゃうって決まったわけじゃないから」
 慰めるように静香は言うけれど、でもきっと廉はこの度を終える。――琴葉と一緒に。
 そしてその予感が正しかったことを、数十分後二人並んで戻ってきた廉と琴葉の姿を見て確信することとなった。
 そのあとのことはよく覚えていない。琴葉に何か言葉をかけた気がするけれど、気が付くと新幹線に乗って自分の家に戻っていた。
 ベッドに潜り込んで泣いて泣いて泣いて、気が付くと月曜日の朝になっていた。

 その日からの五日間、私は悩んでいた。もうこのまま恋ステをリタイアしてしまおうか、と。
 それでも次の土曜日に集合場所に向かったのは、私なりの意地だった。参加したからには最後までやり抜こう、そう思ったから。
 その日、廉たち三人が抜けた代わりに三人の追加メンバーがやってきた。高校一年生の真帆、高校二年生の慧、それから――。
「保坂アレン、十八歳です。ヨロシク!」
 日本とイギリスのハーフだというアレンは、青い目でニッコリと笑うとそう言った。

「僕のパートナーはみくるだね」
 遊園地へと移動して、不自然に置かれた机の上にあったトランプを引いた私たちはそれぞれ同じマークを引いた人とペアになった。私の相手はアレンだった。
「よろしくね、アレン」
「よろしく! ふふ」
「どうしたの?」
「みくるとペアだったらいいなって思ってたから嬉しくて」
 アレンのストレートな物言いに苦笑いを浮かべそうになるのを必死に堪えて私は笑顔を作った。
「ありがと。じゃあ、行こうか」
 今までならドキドキしたかもしれない一言も、失恋した今じゃあ乾いた笑いしか出てこない。意地を張って離脱しなかったけれど、こんなのむなしいだけかもしれない。
「ねえ、みくる。あれ乗ろう?」
「え?」
 アレンが指さしたのは、四人乗りのボートのようなものに乗って水路を進む乗り物だった。
 二人でそれに乗り込むと思った以上に揺れる。落ちる可能性はないと思うけれど、グラッとなるたびに怖くて笑ってしまう。
「これ、凄いね」
「ホントに!」
 声を出して笑う私に、アレンが嬉しそうに言った。
「それがみくるの本当の笑顔だね」
「え?」
「さっきまで貼り付けたような笑っただったからさ」
「そう、かな」
 そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。今まで作り笑いをしてたってバレることなんてなかったのに。
「悲しいときは悲しい、辛いときは辛いって言っていいんだよ」
「……誰かから聞いたの?」
「ううん、なんにも。でも、笑ってるけど全然楽しそうじゃないから何かあったのかなって思って」
 スタート地点まで戻ってきたボートから降りると、アレンは私に手を差し出した。その手を取ると、私たちは手を繋いだまま近くのベンチに座った。
「好きな人がね、いたんだけど。その人、他の子とくっついちゃって……。まあ、仕方ないんだけどね」
 おどけて笑う私に、アレンは繋いだままの私の手をギュッと握りしめる。
「みくる、辛いときは笑わなくていいんだよ」
「辛くなんて……」
「そんな泣きそうな顔して、辛くないなんて言われても信じられないよ」
 握りしめられた手のぬくもりに、一度だけ繋いだ廉の手を思い出す。冗談っぽく「手、繋いでみる?」なんて言ったけど、本当は凄くドキドキしてた。断られたらどうしようって思うと言わなきゃよかったって後悔した。だから「ほら」って廉が手を差し出してくれたとき本当に嬉しくて……。
「私……好きって、言えなかったの」
「うん」
「気持ちを伝えることすらできないままいなくなっちゃって……。結果は変わらなかったとしても、好きだっていう気持ちだけでも伝えたかった。いつもそう。好きだって伝えることさえできずに私が好きになった人は他の人を好きになって、嬉しそうにそれを教えてくれるの。みくるは一番の友達だからって。でも、私だって好きな人の好きな人になりたかった。友達になんてなりたくない。友達の好きじゃなくて、一人の女の子として好きになってほしいのに……!」
 こんなこと今まで誰にも話したことなかった。みんなの前ではいつも笑顔で明るいみくるでいたかった。でも、どうしてか今は弱音が、涙が止まらない。
 そんな私に、アレンは優しい声で言った。
「そうだよね、それは悲しいよね……。ね、みくる。僕に一つ提案があるんだ」
「提案?」
「そう。みくるは自分が好きになった人はいつも他の子を好きになるって言ったよね。なら、みくるは僕を好きになればいい。僕はみくるをきっと好きになる。そうしたらもう辛くならないよ」
「なに、それ……」
 ヘンテコな提案に笑いそうになる。でも、アレンは真剣な表情で私を見つめていた。
「僕は本気だよ」
「アレン……でも、私はまだ」
「うん、みくるの気持ちがまだいなくなった彼に向いてるのはわかってる。でも、僕を好きになってくれればもうきっと辛い思いはさせない。だから、僕を好きになって」
「なんで……」
 どうしてそこまで言ってくれるんだろう。出会ったばかりの私のことを。
「なんでだろ。僕にもよくわかんない。でも、一目見て泣きそうな顔で笑ってるみくるのことが気になった。さっきの話を聞いて僕ならそんな顔させないのにって思った。それだけじゃあ駄目?」
 駄目じゃない。嬉しい。でも、廉のことでいっぱいな気持ちを今すぐに変えることなんてできない。それに、もしも私がアレンのことを好きになったとして、そのときアレンが本当に私のことを好きになってくれている保証なんてないじゃない。
「その気持ちが、本当に恋かなんてわかんないじゃない」
 我ながらひねくれてると思う。でも、言わずにはいられなかった。そんな私に、アレンは当たり前のように頷いた。
「そうだね。僕もまだこの気持ちがなんなのかわからないよ。でも、きっと僕はみくるを好きになる」
「なんでそんなことわかるの」
「僕の勘は当たるんだ」
 ウインクしながらアレンは言う。その仕草に鼓動が早くなるのを感じる。本当に私はアレンを好きになることができるんだろうか? でも、もしも好きになれたら――。
「と、いうことでよろしくね」
 アレンは私の手を繋いだまま立ち上がると歩き出そうとする。
「ど、どこに行くの?」
「せっかく遊園地に来たんだから他の乗り物にも乗ろうよ。時間は有限なんだ。楽しまなきゃ損だよ」
 日本人の私よりも日本人染みたことを言うアレンに思わず笑ってしまう。時間は有限、か。その言葉が今の私には突き刺さる。恋ステももう三週目だ。私に残された時間は今週を含めてあと三週間。その間に何かが変わるのかはわからない。でも……。
「変わるといいなあ」
「何か言った?」
「何でもない! じゃあ、行こうか」
 歩き出した私の足取りは、朝よりずいぶん軽くなっているような気がした。
 ――その日の夕方、順太が静香に告白してフラれ、また一人この旅から姿を消した。

 翌日、落ち込む静香のことが気になりながらも雄大と二人でカフェに行ったのを見て私は小さく息を吐いた。悩んではいたけれど静香は順太を選ぶと思っていたから、フッたときいて意外だった。
「上手くいかないなー」
「静香のこと?」
「よくわかるね。そう、絶対順太と上手くいくと思ったのになー」
 私は誘ってくれたアレンと一緒に雑貨屋さんでお土産物を見ていた。もう一度ため息をついた私に、アレンは小さく笑った。
「人のことばっかり心配してるね」
「そんなことないけど……」
「でも、その心配は杞憂で終わると思うよ」
 相変わらず難しい日本語を使うとアレンは棚に置いてあった木彫りのブローチを手に取る。そんなアレンに私は尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「みくるの言うとおり静香は順太のことを好きだと思うから」
「でももう順太は帰っちゃったんだよ?」
「別にこの旅が終わったからって誰かを好きな気持ちまで終わらせなきゃいけないってことはないでしょ?」
 アレンの言葉に私は何も言えなくなった。この旅が終わったからって好きな気持ちまで終わらせなくてもいい。それは当たり前のことなはずなのに、私にとって思ってもみない言葉だった。この旅の中で全てを完結させなきゃいけないと思ってた。でもそんなこと誰が決めたの? 勝手なルールに縛られているだけじゃない。
「そっか。そう言われたらたしかにそうだよね」
「ん?」
「つまり、私も廉がいなくなったからってこの気持ちをなくす必要なんてないってことだもんね」
「え、あれ? そうなっちゃう? それは困るなぁ」
 笑いながらそう言うアレンは全然困っているようには思えない。それどころか私を置いてどこかへと行ってしまった。
 一人残された私は思う。アレンには、もしかしたら私の中でなんとなく廉への気持ちが落ち着いてきているのを気づかれているのかもしれない、と。
 しばらくして戻ってきたアレンの手には小さな紙袋があった。
「ちょっと、アレン。何してたの?」
「はい、これプレゼント」
「え、嘘……。ありがとう」
 手渡された紙袋を開けようとした私を、アレンの手が掴んだ。
「今ここで開けちゃ駄目だよ。――そうだな、火曜日か水曜日ぐらいに開けて」
「どういうこと?」
「僕に会えなくなって寂しくなるぐらいだと思うから」
 自信満々に言うアレンに思わず吹き出してしまう。
 自分でも不思議だけれど、あんなに悲しかったのにどこかスッキリとしている。伝えられなかったモヤモヤとか廉がいなくて寂しい気持ちを忘れさせてくれるぐらいアレンが私のそばにいてくれるからかもしれない。
「はいはい、それじゃあ寂しくなったら開けるね。まあ、開ける前に次の恋ステの日が来ちゃうからもしれないけど」
 わざと意地悪く言った私の言葉なんて全然気にしていないようにアレンは笑う。その笑顔につられて私も笑みを浮かべた。

 平日よりも週末の方が過ぎていくのは早いけれど、恋ステに参加してる時間は本当にあっという間に過ぎ去っていく。でも、先週と違うのは廉のことを考える時間がどんどん少なくなっているということだった。あんなにも好きだったのに不思議だ。
 そういえば、いつもそうだ。好きな人ができて、でも上手くいかなくて。なのに気づいたらいつの間にか気持ちがリセットされている。友達には切り替えが早いねなんて言われるけど、もしかしたら私の好きは他の人の好きと違うのだろうか。もっともっとその人がいなければ何も手に着かないような、そんな感情……。
「うーん、上手く考えがまとまらない。……あ、そういえば」
 棚の上に置いたままのアレンのプレゼント。約束の水曜日だしもうそろそろ開けても言い頃だろう。私は身体を起こすとそれを手に取った。
「何が入ってるんだろう」
 中身を出してみるとそこには――。
「写真立て?」
 いつの間にプリントしたのか、私とアレンのツーショット写真が入った写真立てだった。
「うわー、私こんな顔してたんだ」
 微笑むアレンの隣で頬を染めてはにかむ自分の姿をまじまじと見る。まるで乙女のような自分自身の姿にいたたまれなくなって慌てて写真立てを布団の中に潜り込ませた。
「違う、違うんだから」
 頬が熱くなるのを感じる。だってあんなの……。でも……。
 もう一度引っ張り出して写真を見てみる。はにかむ私の隣で優しく微笑むアレン。胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じる。
 来週は、私からアレンに話しかけに行くのもいいかもしれない。そうしたら、もっとアレンのことを知れたら、この気持ちに名前がつくかも知れない。

 三日後、恋ステの集合場所に向かった私を待っていたのは真帆一人だった。やっぱり順太のことが好きだって気づいたと、途中で帰ってしまった静香の告白が成功したとスタッフさんが教えてくれた。
 でも、まさか静香がそんなことするなんて思ってもみなかった。最初は大人しくて波風立てないようにしている印象だったのに、やっぱり本当に好きな人ができると人はかわるのだろうか。
 じゃあ、私は? 私は恋ステに参加して何か変われたのだろうか?
「お待たせ」
「あ……」
 考え込んでいた私の耳に、アレンの声が聞こえた。
 パッと顔を上げるとそこにはアレンと慧の姿があった。
「あれ? 雄大は?」
「雄大は……」
 口ごもりながら二人は一通の封筒を私たちに差し出した。そこには、雄大のチケットが三週間だったこと、そして告白することなく旅を終えたことが書かれていた。
「そんな……」
 もしかすると雄大はあの日、告白するつもりで赤い恋チケットを入れていたのかもしれない。でも、静香が帰ってしまったから……。
「そういうのも、あるんだね」
 真帆がポツリと呟いた。けれどその呟きに返事をする人はいなかった。
 重い気分で始まった四週目。抜けた三人の穴を埋まるように、新しいメンバーが入ってきた。これでまた七人になった。でも最初からいるのは私一人だ。みんなは私が五週間だって気づいてるはずだ。
 でも、逆にみんなのチケットの枚数はわからない。一番短い二週間のチケットを持っている人がいれば、その人は明日で帰ってしまう。それは真帆かもしれないし、慧かもしれない。そして、アレンかもしれないのだ。
 きちんと、自分の気持ちを考えなきゃいけない。廉の時に気持ちを伝えることすらできなくて後悔した。もう二度と、あんな想いしたくない。
「ねえ、アレン。ツーショット行こう?」
「いいよ」
 私は最初に向かった水族館で、アレンを誘った。一瞬驚いた表情を浮かべたあと、アレンはニッコリと笑うと歩き出した。
 誘ったものの、何を話そう。今まで好きになった人と何を話していたっけ、と考えてみても頭が真っ白になって思い浮かばない。そうこうしている間に、アレンが先に口を開いた。
「誘ってくれてありがと」
「う、ううん。こっちこそありがとう」
「何が?」
「写真。ビックリした。いつの間にプリントしたの?」
「それ聞いちゃう? 秘密だよ」
 ウインクしながら笑うアレンに鼓動が高鳴る。それをごまかすように、私は案内板を指さした。
「あ、あっちにペンギンがいるって。見に行かない?」
「いいよ。みくるはペンギンが好きなの?」
「大好き!」
「じゃあ、ペンギンと僕、どっちが好き?」
「それはもちろん……」
 振り返った私は、ニコニコと笑うアレンと目が合う。それが妙に恥ずかしくて視線をそらした。そんな私に、追い打ちをかけるようにアレンは問いかける。
「もちろん?」
「もちろん、その……」
 こういうとき、なんて言うのが正解なんだろう。だってまだ、この気持ちが恋だとわからないのに……。
「――なんてね。意地悪な質問しちゃった。忘れて」
 ふっと笑うと、アレンは歩き出す。その背中が私から遠ざかっていくのが妙に寂しかった。だから。
「どっちも」
「え?」
「どっちも、同じぐらい、好き」
「みくる……」
 目をまん丸にして私を見つめるアレンの顔が見えなくて、私はわざとアレンの横を素通りするとペンギンのところまで駆けていく。けれど、そんな私の手をアレンの手のひらが掴んだ。
「なに……」
「嬉しい。凄く、嬉しい」
「べ、別に。ペンギンと、同じぐらいなんだから、そんなに喜ばなくても……」
「それでも嬉しい。たとえペンギンと同じぐらいだとしてもみくるが僕のこと好きだって思ってくれてるってことが」
「そ、そうなの」
「うん」
 それ以上、私は何も言えず手を繋がれたまま水族館を見て回った。あんなに大好きなペンギンを見たはずなのに、繋がれた手のことが気になりすぎて全然集中して見ることができなかった。

 その日の夕方、ビーチで遊ぶみんなの姿を私は少し離れたところから見つめていた。
 こうしてこのメンバーで一緒にいられるのも明日が最後かも知れない。もしも明日アレンが帰ってしまったら、私は後悔しないだろうか。
 でもまだ、この気持ちが恋なのかは――。
「隣、いい?」
 その声に顔をあげると、そこには今日合流した追加メンバーの海斗が立っていた。
「みんなと一緒にいなくていいの?」
「んー、みくるちゃんと喋ってみたいなって思って。駄目?」
「駄目じゃないよ」
 私の言葉に、海斗はパッと顔を輝かせる。高校一年生だという海斗は恋愛対象というよりはまるで弟のようだった。
「どう? 恋ステ一日目。気になる子はできた?」
「んー、微妙。まだ全然わかんなくて、みんなと仲良くなるので精一杯って感じ。みくるちゃんは?」
「私は――うん、ちょっとずつどうするかっていうのが固まってきたかな」
「そっかぁ。難しいなぁ、恋愛って」
 伸びをしながら言う海斗に思わず笑ってしまう。
「なんか海斗って子犬みたい」
「えー、それって絶対褒めてないよね? ちぇー。まあいいや。それにしても一日が終わるって早いなー。俺、今週の恋ステ終わったら月曜日からテストだよ」
 はぁとため息をつく海斗につられて私もため息をついてしまう。
「テストならまだいいじゃん。私なんて今年受験生なんだけど」
「もう志望校決まった?」
「んー、まあぼちぼちね」
「そっかぁ、やっぱりちゃんと考えてるんだなあ。さっき聞いたらアレン君もイギリスの大学を受けるかも、みたいなこと言ってたし」
「え……?」
 海斗の言葉に、私は頭の中が冷たくなるのを感じた。アレンが、イギリスに?
「それ、本当?」
 平静を装ったつもりだったけど、声が震える。
 そんなの聞いてない。アレンがいなくなるなんて……。
「みくるちゃん?」
「ごめん、ちょっと……一人にさせて」
 海斗にそう言うと、私はその場をあとにした。
 頭の中が真っ白で、何も考えられない。
 でも、アレンがいなくなると思うと。
「あれ……なんで……」
 いつの間にか、私の頬を涙が伝っていた。
「私……」
 アレンが、好きだ。
 いなくなるかもしれないと聞いて、初めて自分の気持ちに気づくなんて。
 でも、もしも、もしもアレンが日本からいなくなったとしてもそのときまでそばにいたい。だから。
「伝えなきゃ」
 自分の気持ちを、ちゃんとアレンに伝えなきゃ。そうしなきゃ、何も始まらないんだから。

 翌日、私は赤い恋チケットをチケットボックスに入れた。
 アレンが何週間のチケットを持っているかなんてわからない。でももうそんなのどうでもよかった。私はアレンが好き。だから、アレンにこの気持ちを伝えたい。ただそれだけだった。
 夕方、スタッフさんに指定された部屋でソファーに座って待っていると、ドアが開きアレンが顔を出した。
「あ……」
 緊張で口の中が乾いて上手く声が出ない。恥ずかしくてアレンのことを見ることができず俯く私の隣に座ると、アレンは笑った。
「なんか、緊張するね」
「そう、だね」
「みくるに呼び出されるなんて思ってなかった。失敗したなー。僕から呼び出す予定だったのに」
 照れくさそうに言うアレンに私はぎこちなく笑うことしかできなかった。そういえば、いつも告白する前に好きな人に好きな人ができたり彼女ができたりしてたから、こんなふうに自分から気持ちを伝えるのは初めてだ。
「あの、ね」
 隣に座るアレンの手に、そっと手のひらを重ねると、私は顔を上げた。
「昨日までホントは迷ってた。アレンのことは気になってるし一緒にいたらたのしい、でもこの気持ちが恋なのか自信がなくて。でも……」
「でも?」
「アレンがイギリスに行っちゃうって聞いて、凄くショックだった。もう会えないのも、それからそんな大事な話をできる関係じゃないってことも。それで気づいたの。私、アレンのことが好き。もっともっとアレンと一緒にいたい。もしもイギリスと日本の遠距離になったとしても、二人で乗り越えたい!」
「みくる、そんなに僕のことを……。ありがとう」
 気づけば私の身体はアレンの腕の中に包まれていた。
「でも大丈夫、僕はイギリスになんて行かないよ」
「え? でも、海斗が……」
「それはそういう選択肢もあるっていうだけで本当にそうするってわけじゃないよ」
「じゃあ、アレンは日本にいるの?」
「もちろん。こんなに可愛い彼女を残して留学なんてできないよ」
 なんだかアレンの手のひらの上で転がされた気がするけれど、もうそんなことどうでもよかった。
「ねえ、アレン」
「なに?」
「アレンのこと大好き」
「僕も、みくるのことが大好きだよ」
 私の好きな人が私のことを好きだと言ってくれる。それがこんなにも幸せなことだって、初めて知ることができたから。
 これで私の恋ステの旅は終わり。少し寂しい――。
「それじゃあ、また明日」
「え?」
「僕は好きな子とは毎日でも会いたいタイプなんだ。だから、明日も明後日も、恋ステの旅は終わったけれどこれから先の時間をもっと一緒に過ごそう」
 アレンから差し出された手を握りしめると、私たちは手を繋いで部屋を出た。
 今日が終わっても、二人で過ごせる幸せな明日を思い描いて。
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