第1話:保護、管理、殲滅①

文字数 3,038文字

 その夏は忙しかった。
 昨年頻発した災害の影響もあったのだろう。
 蛆のように魔物や盗賊が湧いた。
 修業をする。魔物を倒す。盗賊を倒す。その繰り返し。
 何のために?
 修業をする。魔物を倒す。盗賊を倒す。その繰り返し。
 誰のために?
 貴族として、ノブリス・オブリージュのために弱い人々を守ろうとする自分と、他者を平気で踏み潰す醜い人々を見下す自分。

 本音が二つつあった。
 心が二つあった。
 歯車が狂い始めたのは、ある変異体の一件からだった。

 体が魔物に変異する病気の女の子に名付けられる変異体というレッテル。
 徹底的に忌避され、罵詈雑言、この世の不条理すべてを負う変異体の少女の姿。
 それを見て、つばを吐きかける貴族と民衆。それを仕方のないことだと割り切って何もしない自分。

「……ブレるな」

 貴族として正しくあれ。
 私が見たのは何も珍しくない周知の醜悪。
 知った上で貴族として多くの人々を見捨て、そして助ける選択肢をしてきたはずだ。
 自分の中で揺らいでしまった価値観。
 自分が命を懸けて戦う理由。
 生まれてしまった、自分を含む貴族や民衆への嫌悪感。
 人間って……醜くないか?

「……猿め」

 迷っている。
 自覚があった。
 気の迷いから変異体を治療して、エルフの元の美しい姿を取り戻した少女との会話で知り得た『変異体以外の生物を皆殺しにする』という選択肢。

「お母様から聞いたことがあるわ。変異体とこの世界の真理について」

 この世界では、亜人を含む生物の使われない魔力が転じて魔物になる。それを生み出さないのは変異体やそれに準じた存在だけ。

 変異体は世界を安定させる役割を持つが、世界にはあまりにも魔力が多くて肉体が変異して肉塊になってしまう。

「大雑把にいってしまえば、変異体だけの世界になれば世界は安定するし、魔物は生まれず、変異体の素質がある子供に悪影響は起こらない」
「なら、変異体以外は殺してしまえば良いじゃないか」
「その方法はアリ、というか多分それが一番イージーよ。非変異体を間引き続けて、生存戦略として適応してもらう」

 貴族としての責務は、国防を担い、民衆を助けることで達成されると考えていた。しかし最近、自分の中で、貴族や民衆の価値のようなものが揺らいでいる。
 弱者ゆえの尊さ。
 弱者ゆえの醜さ。
 強者ゆえの責任感。
 強者ゆえの傲慢さ。

 その分別と受容ができなくなっている。
 その全てが重かった。誰かに吐き出したいという思いもあった。
 結論が出ないまま、親が請け負った任務先で見た光景で、私は徹底的にブレてしまう。

「……猿どもが」

 監禁され虐待されていた変異体の幼い子供を保護し、邪魔をする猿どもは力づくで排除した。
 貴族になんの意味がある。
 誰も救えず、褒められず、認められず、幸せにならないその力こそ、この世でもっとも不要なものだ。

 力あるなら使え。
 誰かを助けるために。
 不条理に押し潰されている目の前の存在を救え。
 猿は醜い。
 醜い。醜い。醜い。
 容赦はしない。消えてしまえ。
 そうして、歯車の回転は加速する。
 父さん、母さん、育ててくれてありがとう。最後にお礼を言いたくなって。

「■■■? ■■■■■■■■■■■?」
「■? ■■■■■■?」

 それじゃあね。
 そして今、私の目の前には困ったように立ち尽くしている姉がいる。

「何故、こんなことをしたの?」
「何故、とは?」
「お父様とお母様、それに多くの人達を殺した理由よ!! 貴方に一体何があったの!? 説明しなさい!!」
「世界のために、変異体が平和に暮らせる世界のために」
「そのために変異体以外は殺すって!? 親も!?」
「親だけ特別ってわけにはいかないだろ。それにもう、家族はあの人たちだけじゃない」
「意味ないわよ! こんなの!」
「意味ならある。意義もね。大義すらも」
「ないわよ!! 変異体以外殺して平和な世界を作るなんて無理に決まっている!!」
「理解してもらおうとは、思わないよ。生き方は決めた。あとは自分にできることを精一杯やるさ」
「待っ!」
「姉さんはこちら側だからね。鍵は開いていることを忘れないで」



「あー、あー、皆さんお待たせしました。それでは手短に。今この瞬間からこの団体は私のモノです。名前も改め、皆さんは今後私に従ってください」
 
 反対多数。

「困りましたね。そうだ! アナタ、よろしければ壇上へ。そう、アナタです! さ、自己紹介を」 

 ぐしゃり、と潰れる。
 場が静まる。使役した魔物の笑い声だけが響いている。逃げようとした者は皆すり潰した。
 猿は嫌い。

「──私に従え」

 これが私の選んだ本音。

「猿ども」

 



 数年が経ち、サブジェクトガード財団(SG財団)……新しく私が組織した団体はここ数年で大きく成長をした。

 表では『食品』『銀行』『商会』などで資金と影響力を高めて、それで得た力で『悪魔憑き』の保護や、『カタストロフィー推進教団』との全面戦争に向けて力を蓄えている。

「……フェイト・フォルトナーの誘拐、ね」

 声と同時に音もなくカーテンが揺れて、白と青を基調とした制服に身を包んだ1人の少女が入ってきた。

「ベガかい?」
「はい」

 最初の家族のアルタイルと同じエルフの少女ベガ。アルタイルは金髪だが、ベガは銀髪だ。
 猫みたいな青い瞳に泣きぼくろの彼女は、僕とに続く3人目のサブジェクトガード財団のメンバーだ。今では元変異体の女の子だけで700人を超える。

「アルタイルは?」
「フェイト様の痕跡を探っています」
「行動早いね、姉さんまだ生きてるかな」
「おそらく」
「助けることは?」
「可能ですが……ヴィクター様の助力が必要です」
「アルタイルがそう言ったの?」
「はい。人質の危険を考えると万全を期すべきだと」
「へぇ」

 アルタイルは相当強い。そのアルタイルが助力を請うって事は、相応の実力者がいると見ていい。

「全く……カタストロフィー推進教団のチョロチョロ幸せを掠め取ろうとする姿は、猿の中でも一際醜いよ。油断なく、当たり前のように、捻り潰す」
「犯人はやはりカタストロフィー推進教団の者です。それもおそらく幹部クラス」
「アルタイルが言うくらいだ。それくらいはいるだろう。それで、教団はなぜ姉さんを?」
「フェイト様に変異体の疑いをかけていたのかと」
「だろうね、私もそう思うよ」
「こちらの資料を見てください。我々が集めた最新の調査の中にフェイト様がさらわれたと見られるアジトが……」
「……たぶん此処だよ」

 ヴィクターはある地点を指差す。

「そこ」
「ここ、ですか? いったい何が……」
「そこに姉さんはいる。資料を読めばわかる」
「ですが、ここには何も……いえ、まさか……!」

 ベガは慌てて資料を漁り出す。

「資料と照らし合わせた結果、 ヴィクター様の指摘されたポイントに隠しアジトがあると思われます。しかしこの膨大な資料を一瞬で読み取り、さらに隠されたポイントまで読み解くとは……流石です」
「家族を守るためにはこれくらいできないとね。伊達や酔狂でサブジェクトガード財団の主はやってないよ」
「至急アルタイル様に伝えます。決行は今夜で?」
「うん、戦力は分散して配置するように。猿どもを逃さないように包囲網を形成する。幹部クラスとはいえ出来ることには限りがある。包囲殲滅。全員が強いわけじゃない。拠点内部で暴れれば雑魚の猿が外に出ようとするはずだ。それを逃さず全て始末する」
「承知しました」
「さぁ、手間のかかる家族を迎えにいこうか」

  
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