第5話 布団
文字数 1,169文字
親戚の不幸で田舎の家に行った。
初めての田舎で、大きな家もまったく勝手がわからない。
通夜の慌ただしい段取りが済み、大きな居間の片隅でぼっとしていると、顔の覚えも定かでない親戚に言われた。
「都会から来て疲れてるだろ、明日は納棺だから今日はもう寝ておきな、廊下の奥の部屋が空いてるよ」
礼を言ってそこへ向かうと、六畳の部屋にポツンと布団が敷いてあった。
ああ、部屋が多いので客用にこうした部屋がいくつか用意してあるんだな。
そう思い礼服を脱ぐと布団に潜り込んだ。
だが、すぐに外は通じる障子の向こうからザッザッザという砂を踏んで近づいてくる草履らしき足音が聞こえてきた。
こんな夜中に誰だろう?
少し不気味で身を硬くした。
足音はどんどん近づいてくる、するといきなり金縛りにあった。
ギョッとして動かぬ体で必死に目だけを動かすが暗い部屋、何も見えはしない。
足音はついに部屋のすぐ前まで到達した。
そして、なんとさらに近づいてくる!
障子の開く様子もなく、まったく変わらぬ砂を踏む音のまま耳元まで近づいてきた。
悲鳴を出したいが喉も麻痺して声にならない。
誰かが布団の足元に立った。
「あれ、まだここに居たのかい。早くこっちに来ないかい」
年老いた老婆のしゃがれ声が聞こえた次の瞬間、私は両足を誰かに掴まれた。
その時だった、いきなり廊下の襖が開き明かりが部屋に差し込んだ。
「おいおい、その布団に寝ては駄目だぞ」
親戚の叔父の声だった。
同時に金縛りは解けた。
私は慌てて起き上がり、叔父に言った。
「誰かが足を!」
叔父はみなまで聞かず、こっちへ来いと言って別室に私を連れて行き、そこに川の字に敷かれた布団の一つに寝るように促した。
横には、いとこが既に寝息を立てていた。
私は結局まんじりともせず朝を迎えたが、翌朝叔父に聞いてみた。
「昨夜のあれは?」
喪主である叔父は焼き場に向かうため死人と同じ白装束を着た姿で答えた。
「あの部屋は死んだ爺様が寝ていた部屋で、つい布団もそのままにしてあったんだ」
「じゃあ、あの砂を踏みながら来て俺の足を掴んだのは?」
「砂?なんね、それは?」
私は砂を踏む足音がどんどん近づいたのだと説明した。
しかし叔父は首を傾げた。
「そんなはずはねえ、あの部屋の外は竹藪だからな」
そして、少し考えてから言った。
「年寄りの声だって言ったな、そりゃ先に逝った婆さまが三途の川を超えて迎えに来たのかもな」
そう言うと叔父は、頭に三角の布をつけ祖父の位牌を持つために棺桶の置かれた部屋へと向かっていった。
あれが本当に死んだ祖母なのかは判らない。ただ、あとで気づくと、私の両足にはくっきりと強い力で握られた手の跡が痣になって残っていたのであった。
初めての田舎で、大きな家もまったく勝手がわからない。
通夜の慌ただしい段取りが済み、大きな居間の片隅でぼっとしていると、顔の覚えも定かでない親戚に言われた。
「都会から来て疲れてるだろ、明日は納棺だから今日はもう寝ておきな、廊下の奥の部屋が空いてるよ」
礼を言ってそこへ向かうと、六畳の部屋にポツンと布団が敷いてあった。
ああ、部屋が多いので客用にこうした部屋がいくつか用意してあるんだな。
そう思い礼服を脱ぐと布団に潜り込んだ。
だが、すぐに外は通じる障子の向こうからザッザッザという砂を踏んで近づいてくる草履らしき足音が聞こえてきた。
こんな夜中に誰だろう?
少し不気味で身を硬くした。
足音はどんどん近づいてくる、するといきなり金縛りにあった。
ギョッとして動かぬ体で必死に目だけを動かすが暗い部屋、何も見えはしない。
足音はついに部屋のすぐ前まで到達した。
そして、なんとさらに近づいてくる!
障子の開く様子もなく、まったく変わらぬ砂を踏む音のまま耳元まで近づいてきた。
悲鳴を出したいが喉も麻痺して声にならない。
誰かが布団の足元に立った。
「あれ、まだここに居たのかい。早くこっちに来ないかい」
年老いた老婆のしゃがれ声が聞こえた次の瞬間、私は両足を誰かに掴まれた。
その時だった、いきなり廊下の襖が開き明かりが部屋に差し込んだ。
「おいおい、その布団に寝ては駄目だぞ」
親戚の叔父の声だった。
同時に金縛りは解けた。
私は慌てて起き上がり、叔父に言った。
「誰かが足を!」
叔父はみなまで聞かず、こっちへ来いと言って別室に私を連れて行き、そこに川の字に敷かれた布団の一つに寝るように促した。
横には、いとこが既に寝息を立てていた。
私は結局まんじりともせず朝を迎えたが、翌朝叔父に聞いてみた。
「昨夜のあれは?」
喪主である叔父は焼き場に向かうため死人と同じ白装束を着た姿で答えた。
「あの部屋は死んだ爺様が寝ていた部屋で、つい布団もそのままにしてあったんだ」
「じゃあ、あの砂を踏みながら来て俺の足を掴んだのは?」
「砂?なんね、それは?」
私は砂を踏む足音がどんどん近づいたのだと説明した。
しかし叔父は首を傾げた。
「そんなはずはねえ、あの部屋の外は竹藪だからな」
そして、少し考えてから言った。
「年寄りの声だって言ったな、そりゃ先に逝った婆さまが三途の川を超えて迎えに来たのかもな」
そう言うと叔父は、頭に三角の布をつけ祖父の位牌を持つために棺桶の置かれた部屋へと向かっていった。
あれが本当に死んだ祖母なのかは判らない。ただ、あとで気づくと、私の両足にはくっきりと強い力で握られた手の跡が痣になって残っていたのであった。