空を自由に飛びたいな
文字数 1,523文字
新卒で入社した会社を三年経たずして辞めた。決してやりがいが無かったという訳ではない。
日々、がむしゃらに働いてきた。
営業として、都内全域に足を運び、お客様と対話を重ね、契約する。
新卒二年目では異例の月100件の契約獲得。
ついこの間、年間MVPとして表彰もされた。
寝る間も惜しみ、血反吐を吐く思いで残業を重ねた。
今考えれば、体に負担をかけすぎていたようだ。
何もかも、もう手遅れだった。
「…余命3ヶ月ですね。」
「…えっ、え?」
「白血病です。かなり末期。こんな状態でよく働けますね…死んでてもおかしくないですよ。」
あとの事は覚えていない。
これから入院するだの、放射線治療をするだの、何やら色々話されたかと思うが…頭の中は文字通り真っ白になっていた。
そうか、俺は死ぬのか。
そんな実感が沸いたのは余命宣告から3日経ってからだった。
やりたい事は山ほどあるのに。
大学時代に学んだ英語を活かして、海外で活躍したかった。
結婚だってしたい。子供は2人。
大きな庭がある一軒家に住むはずだった。
青春時代を共にした親友達と「俺ら歳とったな」とか、「あん時面白かったな」とか、そんなくだらない話すら…もう出来ないのか。
3月末に退職届を出し、そのまま有休消化に入った。今年の桜は一段と綺麗に思えた。
入院も、放射線治療も受ける気はなかった。
そのまますぐにでも死んでしまえばいいんだ。
実家に戻り、父と母に告げる。
怒りとも悲しみとも取れる表情で話を聞く2人を見て、心の中で色んな感情が混ざる。
「…小さい時、お前、動物園好きだったろ。ちょっとお父さんと行くか?」
動物園なんて、何年振りだろうか。
久々に来た動物園は、思ったよりも小さい。
そこかしこで響く鳴き声は「おかえり!」と言っているようで、ほんの少し嬉しかった。
懐かしい草と土と獣の香り。
奥に向かって歩みを進めると、陸から海に世界が変わった。
小さい頃、俺はペンギンが好きだった。
特に先頭のやつ。
群れの舵を一身に引き受け、開拓していく。
そんなペンギンになりたかった。
少し疲れたので、ペンギンたちの前でベンチに腰を下ろす。
「…お父さんな、実は空飛ぶペンギン、見たことあるんだ。」
「そんなこと言って。まだボケるような歳じゃないでしょ。」
「嘘かと思うのもわかる。でもな、本当に見たことあるんだ。」
そう言って父はおもむろにポケットから、スマートフォンを出してきた。
差し出された画面を見ると、確かに空を飛んでいるペンギンがいた。
「…お父さん。これ、エイプリールフールの嘘動画だよ。」
「えぇ!すごい念力か何かで飛んでるのかと思った!」
純粋に驚く父に、笑いが込み上げてしまった。父は画面と睨めっこを繰り広げている。
「なんだよこれ。嘘かよ!」
「もういいから、どうやったってペンギンは飛べないんだよ。」
「…でも実際この動画では飛んでいるだろ?」
「…まあ、そうだけど。」
「念力とか、動画編集の力とか、何でもいいけどこのペンギンは世界でただ一匹、空を飛んだんだ。」
目の前のペンギンたちは、飼育員に魚を貰おうと必死に追いかけ回している。
「あんな所にいるようなペンギンじゃないんだよ。先陣きって空飛んで、開拓していく。そんなペンギンなんだよ、こいつは。」
父は自慢げな表情で画面を眺めていた。
何処となく、父はいつもそんな表情で俺と接してくれていた気がする。
「俺はまだ、そのペンギンみたいに飛べるかな…。」
「…なに言ってるんだよ!」
父に背中を強く、暖かく、叩かれた。
「奇跡でも念力でも親の力でも、何でも頼って早く病気治せ!」
「…まだ、死にたくない。やりたい事だって…まだ…」
海の香りに紛れて、口に広がる潮の味。
念力みたいな力がなくても諦めない。
きっと俺はまだ飛べる。
日々、がむしゃらに働いてきた。
営業として、都内全域に足を運び、お客様と対話を重ね、契約する。
新卒二年目では異例の月100件の契約獲得。
ついこの間、年間MVPとして表彰もされた。
寝る間も惜しみ、血反吐を吐く思いで残業を重ねた。
今考えれば、体に負担をかけすぎていたようだ。
何もかも、もう手遅れだった。
「…余命3ヶ月ですね。」
「…えっ、え?」
「白血病です。かなり末期。こんな状態でよく働けますね…死んでてもおかしくないですよ。」
あとの事は覚えていない。
これから入院するだの、放射線治療をするだの、何やら色々話されたかと思うが…頭の中は文字通り真っ白になっていた。
そうか、俺は死ぬのか。
そんな実感が沸いたのは余命宣告から3日経ってからだった。
やりたい事は山ほどあるのに。
大学時代に学んだ英語を活かして、海外で活躍したかった。
結婚だってしたい。子供は2人。
大きな庭がある一軒家に住むはずだった。
青春時代を共にした親友達と「俺ら歳とったな」とか、「あん時面白かったな」とか、そんなくだらない話すら…もう出来ないのか。
3月末に退職届を出し、そのまま有休消化に入った。今年の桜は一段と綺麗に思えた。
入院も、放射線治療も受ける気はなかった。
そのまますぐにでも死んでしまえばいいんだ。
実家に戻り、父と母に告げる。
怒りとも悲しみとも取れる表情で話を聞く2人を見て、心の中で色んな感情が混ざる。
「…小さい時、お前、動物園好きだったろ。ちょっとお父さんと行くか?」
動物園なんて、何年振りだろうか。
久々に来た動物園は、思ったよりも小さい。
そこかしこで響く鳴き声は「おかえり!」と言っているようで、ほんの少し嬉しかった。
懐かしい草と土と獣の香り。
奥に向かって歩みを進めると、陸から海に世界が変わった。
小さい頃、俺はペンギンが好きだった。
特に先頭のやつ。
群れの舵を一身に引き受け、開拓していく。
そんなペンギンになりたかった。
少し疲れたので、ペンギンたちの前でベンチに腰を下ろす。
「…お父さんな、実は空飛ぶペンギン、見たことあるんだ。」
「そんなこと言って。まだボケるような歳じゃないでしょ。」
「嘘かと思うのもわかる。でもな、本当に見たことあるんだ。」
そう言って父はおもむろにポケットから、スマートフォンを出してきた。
差し出された画面を見ると、確かに空を飛んでいるペンギンがいた。
「…お父さん。これ、エイプリールフールの嘘動画だよ。」
「えぇ!すごい念力か何かで飛んでるのかと思った!」
純粋に驚く父に、笑いが込み上げてしまった。父は画面と睨めっこを繰り広げている。
「なんだよこれ。嘘かよ!」
「もういいから、どうやったってペンギンは飛べないんだよ。」
「…でも実際この動画では飛んでいるだろ?」
「…まあ、そうだけど。」
「念力とか、動画編集の力とか、何でもいいけどこのペンギンは世界でただ一匹、空を飛んだんだ。」
目の前のペンギンたちは、飼育員に魚を貰おうと必死に追いかけ回している。
「あんな所にいるようなペンギンじゃないんだよ。先陣きって空飛んで、開拓していく。そんなペンギンなんだよ、こいつは。」
父は自慢げな表情で画面を眺めていた。
何処となく、父はいつもそんな表情で俺と接してくれていた気がする。
「俺はまだ、そのペンギンみたいに飛べるかな…。」
「…なに言ってるんだよ!」
父に背中を強く、暖かく、叩かれた。
「奇跡でも念力でも親の力でも、何でも頼って早く病気治せ!」
「…まだ、死にたくない。やりたい事だって…まだ…」
海の香りに紛れて、口に広がる潮の味。
念力みたいな力がなくても諦めない。
きっと俺はまだ飛べる。