流れるようなクレーム対応

文字数 1,999文字

んやで。そんなヤツ、どうやって首をハネるんや」

 ならば頭を作ればいい。
 だが、

がサッパリ思い付かない。

「首をハネるて。あれは正確には引っ張る言うんです。引っ張って胴体ちぎるんです。首は関係ないです」

「そない言うても、引っ張るにゃあ、

やろがい」

「でも頭が無いものを引っ張ったら、ちぎれるんは胴体です」

「なに言うてんねん、大事なのは頭や。『おふ・ゐず・はー・へっど』って有名な言葉がありまっしゃろ」

「存じません」

「不思議の国のアリス知らんのか。ハートの女王さまの名言『首をハネろ』や」

「もう大人なので忘れました」

「アカンて、子供心(こどもゴコロ)を忘れては。『ぺーたー・ぱん』のようにな、大人なりたない思うて(こな)ふいたみどりぃ妖精はんとつるんで・・・・・・」

 首をハネるだの胴体をちぎるだの、先ほどから血なまぐさい単語が飛び交っているが何のことは無い。

ネジの話である。

「おたくの強度区分の表記、おかしいねん。頭の無いネジの強度区分が10.9て、おかしいやろ。こないだおたくから仕入れたイモネジ二百万本、ラベルが全部10.9や。
ええか、強度区分10.9言うたら1000N/mm²の引張強(ひっぱりつよ)さのうち、90%の900N/mm²以上の荷重(かじゅう)がかかると伸び切って元に戻らんちゅうことや。10は引っ張り強さで9は降伏点や。検査装置に

して、こいつは測定するんやで」

「存じてます」

「イモネジいうんは頭無いやろ。➡|
10・9は頭あってのもんや。➡T
引っ張る場所もあらへんネジに、こんな表記されたら困るで。一箱千本入りやから、二万箱や」

「その10.9は硬さに換算して頂ければよろしいかと」

「アカン。硬さの保証しかでけんなら、表記はビッカースかロックウェルにしてんか」

「10.9をビッカース硬さやロックウェル硬さに換算し」

「アカン、オール返品や」

「そんな殺生(セッショ)な」

「何言うてますのん。ワシはラベル表記を変えてくれたら買います言うてんねん。そっちの都合で『やりまへん』言うんなら、返す」

 二万箱もラベルなぞ張り替えてたまるか。
 なんとか逃げ道はないかと、子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は思った。

「今すぐいうのはムリです、上司に相談を」

「午後イチまでに頼んます。ワシ、子供心(こどもゴコロ)を持ったまま大人なったから気ィ短いねん」

 電話が切れると、大きなため息が()れた。

「えらいこっちゃ」

 さあ、子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は大変である。
 頼みの上司は来客中。
 子供心(こどもゴコロ)を持ったまま大人になった客にネジを二百万本売りつけたのは自分。
 強度区分10.9のラベルの作成依頼したのも自分。
 売り上げを立ててしまった後に加え、今日は月末。
 返品されたら大変である。

 子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は、倉庫へ()いた。
 新入社員研修中真っただ中のはずだが、今、彼が頼れるのは教育係だけであった。

「というわけで、ええ逃げ道ないでしょか」

 新入社員たちが見守る中、恥を忍んでことのあらましを説明すると、教育係は彼の不幸を笑った。

「あのオヤジの会社、気前もええし大手やし、商談が決まった時は天にも昇る気持ちやったろ。でもな、あのオヤジが曲者(くせもの)や。仕入先の粗探(あらさが)して困らすのが趣味なんや。人呼(ヒトよ)んで、あらさがし探偵や」

「おっしゃる通りです」

「あの会社との商談は極楽の匂いがする地獄や。(みな)もよう覚えとき。ま、金払いええから付き合うといて損はないし、あらさがし探偵いうのもオヤジの親切心から来るもんや。あのまま客先の客先に出荷されたら、それこそ傷口が広がるで」

「どないしたら良いでしょうか」

「簡単や。頭を作ったらよろし」

 そんなことはわかっている。と、子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は思った。

 教育係はあらさがし探偵に売ったイモネジと同じものを倉庫から持って来ると、ナットをはめ込んだ。

「頭、でけたで」

 子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は、あまりにもアッサリ頭ができてしまったものだから、目が点になってしまった。

「ほな、行きまひょ。この状態で引張試験(ひっぱりしけん)やったらよろし。動画に撮って親切なあらさがし探偵に送ったれ」

 教育係と子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は、新入社員を引き連れて引張試験場へなだれ込んだ。

 室長に(おが)み倒して順番を割り込ませてもらい、検査装置にナットをはめ込んだイモネジをセットした。

 皆、耳を(おさ)えてその時を待った。
 一分を経過した頃、アサルトライフルの銃声のような破裂音が(とどろ)いた。
 ナットの頭を引っ張られたイモネジは、無事、破断(はだん)した。

「ん、大事(だん)ない。強度も10・9をクリアしとる」

 二万箱のラベルを張り替えずに済んで、子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は歓喜した。

「おおきに! 」

「イヤなお客さん思うかもわからんけどな、お客さんがワシらのこと育ててくれるんに一役(ひとやく)買ってくれることもあるんやで。よう覚えとき。あとな、強度と硬度は違うってこともな」

「ハイ」

「あとは、あんじょう(たの)んまっさ」

 子供心(こどもゴコロ)を忘れた大人は何度も(うなず)き、自分のデスクへ()いた。

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