第三編:それは私たちのこと

文字数 2,713文字

 ん、よおこそ。
 やはり来客があるのは良いわね。私は元来、年中無給の引きこもりだったものだから、尚更そう思うわ。
 まあこれは私だけではなくて、平行世界の私達、ほとんど皆がそうなのだけど。

 ヘッドカノン、というものをご存じかしら。イデア、と言い換えても良いわ。日本語で言うなら本質、或いは共通項。平行世界魔術論において、かなり重要な概念なのだけど。
 平行世界魔術では、よりヘッドカノンの近い世界同士の方が、より相互に影響を与えやすいとされているわ。そして尚且つ、同じ平行世界でも、より対象世界に近しいヘッドカノンを持つ相手のいる存在である方が、干渉強度は高いらしいの。

 ……分かりにくかったかしら?
 単純に言えば、そうね。引きこもりな私にとっては、アウトドアな私のいる平行世界より、同じく引きこもりの私かいる平行世界に干渉する方が簡単らしい、ということよ。
 どうかしら。なかなか面白いと思うのだけど。

 さて。前回はお姉様と咲夜を紹介したのだし、今回はそれに加えて私が出てくる話でも――そうね、これで行きましょう。
 これまでのよりかなり短い小咄だから、少し物足りないかも知れないのだけど。もしそうであれば御免なさいね。

 殆ど今まで話した通りなのだけど、一応、登場人妖紹介をしておくわ。

 フランドール・スカーレット。これは私……正確には平行世界の私ね。吸血鬼で、「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」、座標指定して手を握れば対象を破壊できる異能を持っているわ。
 レミリア・スカーレット。私のお姉様よ。私と同じく吸血鬼で、私とは違ってアウトドア派。運命を操る能力を持っているのだけれど、これは今回は関係ないことね。
 十六夜咲夜。人間で、うちのメイドをしているわ。時間を止めたり進めたり……まあ恐らく大概のことはできるわ。彼女を見ていると、人間というものの定義を考えさせられるわね。

 さて、この辺りで私は席を外すわ。恐らくもうしばらくの内に、私の友人が遊びに来るの。奔放で自由な奴だから必要ないとは思うのだけど、やっぱり茶会の準備をしておかないとどうにも居心地が悪いのよね。
 それじゃあ……『ゆっくりしていってね』。





【第三編:それは私たちのこと】





 お姉様に、月を見ないかと誘われた。
 ひと月ぶりだった。つまり、満月の度の恒例行事だった。
 ここに来たばかりの頃は、もしやお姉様、交友関係が狭いのではないか、なんて思ったりしたのだけれど、どうやらそれは違うらしい。つまり、幻想郷のひとびとというのは、概ね昼型であった、ということである。
 生活習慣が違うなら仕方ない。私もそれで、魔理沙に誘いを断られたことが何度もある。当てつけ気味に魔理沙にその話をすると、お前はまず自分の交友関係の狭さをどうにかするべきではないか、などと諭されたけれど。まあ、それは別の話だ。
 だから、ここで私が誘いを断れば、お姉様は一人寂しく月見酒、といったことになる。それを陰から眺めてみるのは、なかなか面白そうではあるけれど。
 しかしお姉様の「当然、フランは乗ってくれるだろう?」と言わんばかりのその表情を見ていると、なんだかそんな考えも莫迦らしいように感じてきて、結局私はお姉様の手を取ってしまう。
 勿体ない気はするけれど、別段嫌なことではないし、結局はそれでいいのだろう。





 ワインボトルを軽く傾けたまま、私はぎゅっと右手を握った。
 ぱりん、と音がして、机にガラス片が散らばる。引っかかった残りの破片を、軽く揺すってふるい落とす。
 ボトルの首の中ほどに、小さな孔を開けたのだ。つまるところは、注ぎ口である。
 我ながら能力の操作が上手くなったな、なんて思いながら、ボトルを更に傾けてグラスに注ぐ。今日の一本は、草原を想起するような香りだった。そのまま、お姉様のグラスにも注ごうとして、制止を受ける。
「勘弁してくれ。私はガラス片の混ざっているようなワインを飲みたいわけじゃあないんだ」
 首を傾げてみせると、お姉様は呆れたような顔でそんなことを言う。
「それに、なんだ。その注ぎ口は、あんまり風流じゃあない」
「ふうん?」
 少々、聞き流しかねる言葉だった。こつこつとテーブルを指で叩いて、私はお姉様をねめつけた。
「そう言うのなら、お姉様の言うところの"風流な"開け方を、是非とも見せてもらいたいものね」
「元からそのつもりさ。――咲夜」
 お姉様はそう言って、机の上の鈴を鳴らした。数秒で咲夜が現れた。珍しく時間がかかったな、と私は首を傾げたけれど、よく見ればその手元には新しいボトルがあったから、どうもそれのせいらしかった。
 ボトルを受け取ったお姉様は、それをそのまま机に置いて、そして無造作に手を振るった。
 ごとり、とボトルの首が落ちた。
「どうだ?」
 自慢げな表情でワインを注ぐお姉様に、けれど私は肩を竦めてみせた。
「動作が大きすぎる。風情も侘びもないわ。お姉様たら錆び付いたんじゃないの?」
「……言ってくれるじゃないか」苦々しくお姉様は言って、そしてすと目を細めた。
「机を散らかしたままにするのも、風情があるとは言えないだろうがな」
 言葉を切って、じっと睨みあう。
 私は何となく気付いていた。恐らく、お姉様も。これは感性の問題で、つまりは個性の問題で、故に永遠に平行線になり得る、と。
 そういうときの打開策は、決まって一つだ。
「咲夜」
 鈴を鳴らして、お姉様が咲夜を呼ぶ。即座に(これは文字通りの意味だ)現れた咲夜に向かって、お姉様は自身と私とを交互に指差して、そして言う。
「なあ咲夜。お前なら、どちらの方が風流だと思う?」
 つまるところは、第三者の意見だ。
 咲夜はふむと首を傾げて、一瞬、姿を消した。即座に(これは一秒ほど)再び姿を現した咲夜の手には小さなグラスが現れていて、そこには白い液体が注がれていた。いつもの通りなら、それはラム酒に山羊の乳と柑橘の汁を混ぜた、杏仁豆腐味のカクテルだ。
「残念ながら、私はワインを嗜みませんので、どちらが良いか悪いかというのは、さっぱり分かりかねますが」
 そう言いながら咲夜は椅子(いつの間にか増えていた)に腰かけて、それからグラスを揺らしつつにこりと私達に笑いかけた。咲夜は甘党で、子供舌で、カクテル派である。
「けれど、一つだけ、指摘させて頂くとすれば。お二人のワインの嗜み方は、どちらも間違いなく、冒涜的でございます」
 咲夜の言葉に、私達は一瞬ぽかんと口を開けて、それからどちらからとなく笑い出した。まったく、咲夜はよくできたメイドだ、と。



 冒涜的という言葉は、悪魔にとってしてみれば、最大級の褒め言葉だ。
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