第1話

文字数 9,995文字

口の中が乾いて仕方ない。どうしてだろう?自分の事じゃないのに凄くドキドキする。多分、私も皆を緊張させる事になるんだろうな。
「……どうなると思う?」
隣に座っている隼太が真剣な眼差しで尋ねてくる。

私は軽く咳払いをすると、
「わかんないよ。でも……。どうなっても、暖かく迎えてあげたい。」
そう言葉を選んで正直に返した。すると、向かいにいたジロウが固い表情のまま相槌を打つように、「だな。」それ以上皆は口を開こうとせず、沈黙したまま長いようで短いひと時を過ごす。2人の悔いのない選択を信じて。

それから幾ばくもなく私達が待っている部屋のドアが開くと、重い足取りで入ってきた2人は否応なく皆の注目を浴びることになる。だけど皆の前で俯き加減で直立したまま、うた君もてぃっぷも直ぐには話を切り出そうとしない。

「え?、、えっ?」
堪らず側にいたうめちゃんが困惑を口にすると、うた君から語りだすとは。
「もう、皆手紙は読んだかな?」
静聴したまま4人が小さく首を縦に振る。
「じゃあ、分かってると思うけど僕からてぃっぷに告白しました……。」

「そして、、。」
「お付き合いすることになりました!!」
彼は沸騰しそうなほど頬を赤らめて、高らかに宣言すると「イェ〜イ!彼ピッピゲットだぜぇい!」隣に寄り添うてぃっぷがそう言ってうた君の腕を組み、左手で私達に向かってハイテンションなピースをぶちかます。

その様子から、呆気にとられて一瞬事態を飲み込めなかった私達だけど、内から湧き上がる喜びと祝福を抑えることなんてできるわけもない。
「マジかよ!お前やるじゃねえか!!このっ!」
隼太が飛び跳ねるように席を立つと、そのまま、うた君のふくよかな脇腹をつついてちょっかいを出す。彼は「イテテ、やめろよ。」と隼太を手で払いのけようとするも、その笑みは嫌がってるように見えず照れくさそう。

うめちゃんはてぃっぷに優しく抱きつくと涙を浮かべながら鼻声で「おめでどう〜。ぐすっ。。」と祝いの言葉を述べているけど上手く感情をコントロール出来ないみたい。てぃっぷはそんな彼女を満面の笑みで受け入れ、子供でもあやすように頭を撫でて応えると、残ったジロウとイサと私の三人は新しく生まれたカップルを拍手で歓迎することに。

良かった。ホントに良かった。嬉しいという気持ちも勿論あったけど、緊張感から開放された私はホッと肩を降ろしていた。でも、同時に物悲しさが徐々に膨らんでいく。二人が交際するってことは離れ離れになるということだから。

そんな一抹の寂しさを思い出に変えるようにイサが提案する。
「最後に写真撮れへん?皆で。」
勿論私を含め他の6人全員が快く応じて記念の写真を撮ることに。私達はこの瞬間を大切に切り取った。

そんなつい最近の思い出が私の手の中、詳しくはスマートフォンの内蔵データにある。でも、それらの大事な思い出に早くも陰りが差してきたのだ。
「ゆり、いつまでそうやって携帯いじってんや。」

そういった私を見兼ねて声をかけてきたのはこの写真を撮った主、イサだった。
「んん〜〜。」
携帯を見つめたまま空返事の私に、イサは隣に腰掛けそのまま話を続けてくれた。
「もうそっから6日目になるで?」
携帯画面が彼の視界に入ったのだろう。
隠し事が下手な私は簡単に悟られてしまう。

「……そう、、なんだけどね。」
只の日常なら6日なんて長くはない。でも、私達は普通の高校生では経験出来ない時間に居るんだ。

インターネットテレビの企画、恋する週末ホームステイ。略して恋ステという番組に私達は参加者として出席している。この番組は高校生の男女が週末だけ各地を旅行して恋仲に発展していく様子を描く、いわゆるリアリティーショー。

でも、それにはルールがあり参加者は各々に期間が設けられていてチケットの数によって上下する。例えば、2週間同行するなら土日合わせて計4枚。5週間なら10枚という風に。

つまり私達が今いるのは、期限付きではあるが恋人を作る為の理想郷。……という恵まれた環境にある筈なのに私、赤司ゆりはそれを満喫出来ずにいたのだ。

「あてたろか?隼太のことやろ。」
遠慮なくそう言い切る男の子の名は、釼木 功(けんのき いさお)あだ名はイサ。真っ黒な眼と髪と知的な眼鏡を掛けた彼から図星を突かれた私は、急に恥ずかしくなって黙ったまま頷くしかなかった。

「ハッハッ。自分ら2人は出会った当初から変わらんな。めちゃくちゃ仲いいと思ったら、次の日には喧嘩してる。ある意味一番この企画を楽しんでるかもしらん。」

「そうだね。でも、喧嘩したい訳じゃないんだ……。」
「やろうな、だから行こか。遊びながら聞いたるで。」
「へ?何処に?」
「ツーショット。気づいてないかも知らんけど、今殆どそんな感じや。」

彼がピースするように指を2本立ててアピールするツーショットとは、二人だけで抜け出してデートシーンを意図して作る行いの事。頻繁に使われるので特に意識することはない筈なのに。鈍い自分と彼の優しさに体温が上がるのを感じた私は、少しだけ先に進む大きな背中を小走りで追いかけた。

今回私達が訪れたのは某リゾート施設のフラワーエリア。ベゴニアという赤やオレンジに黄色、白といった華やかな彩りがテーマの花園に来ている。丸い葉と花びらが特徴のこの花は小さな蕾を一斉に開花させる。その姿はまるで、絵画の世界に迷い込んだのだと錯覚に陥らせる程の絢爛ぶり。

私とイサはそのベゴニアに囲まれた空間の入り口に立つと、ひと目で心を奪われてしまったのだ。
「うわぁ、、スッゴくきれい……。」
「想像してたのより十倍すごいな、これは。」
そう感嘆の息を漏らす中、ブリッジ状に造形された花々の間をくぐるように歩くとふとした瞬間、お互いの手が触れ合ってしまう。意識してしまった私はサッと手を引くと、自分より節の太い掌が私の眼前に現れた。

「手、繋いでみぃひん?」
「う、、うん。」
呼吸を忘れたかのようにそれ以上言葉に出来ない。左の手の平の汗を拭うと、そのまま彼に預けてしまう。

…………ヤバい…………。

何これ?どういう状況?これじゃあまるでホントの恋人みたい。いや、恋人作りに来たんだからこれでいいんだけど、今は意識してなかったから……。
「なぁ?俺の顔赤ない?」
不意に呼びかけられ、イサの顔を恐る恐る窺うといつもよりほんのり顔を赤らめた彼がそこにいた。

それが可愛くて吹き出しそうになったけど、彼の「ゆりの方が赤いで。」という
一言に私も恥ずかしさを思い出してそっぽを向いた。嬉しさと気恥ずかしさと彼の手の感触が私の頭の中をいっぱいにしたせいで、それが余りに鮮明で、後の事はあまり覚えていない。

そうして遊び疲れた私達はベゴニアのシャンデリアに魅了され、その下のテーブル席で休憩を取っていた。
「……でさ、隼太ってば私が嫌がってるのに……。」
「フフ、それはアイツが悪いな。」
「でしょ?それでちょっと気まずくなっちゃったっていう。」
「まぁ、しゃーないな。」

その言葉を最後に束の間静寂が訪れる。

「……ありがとう。私のつまんない話を聞いてくれて。」
「いや、結構面白かったで。今度その件について隼太からも聞いてみるわ。」
「それはホントやめて。……そういえばさ、うめちゃんとはどうなの?お互い第一印象だったんでしょ?」
ここで言う第一印象とは初対面で気になった人の事を言う。つまり初めて会った時から2人は……。

「順調や。というか午前中は2人でおったしな。」
「そうなんだ。じゃあいつチケット切るの?」
チケットを切るとは告白を意味し、専用の赤いチケット投函することだ。成功すればめでたくカップル成立。しかし、不成立となれば……。

「えらいストレートに聞いてくるな。いつ使うかはまだ未定。それに……誰に使うかも。」
「、、えっ?それってうめちゃんじゃ……」

私がそう口走ろうとした矢先、イサは腕時計で時間を確認していたようで
「そろそろ戻ろか。いい時間やし。」
と話を切り上げられてしまう。そうなると私もこれ以上追求できるわけもなく、
「う、うん。そうしよっか。」
と同調するしかなかった。もしかして、今イサが気になってる人って……。

そんな事を頭に浮かべながら指定されていた集合場所に二人で戻ると隼太だけがそこにいて、うめちゃんとジロウはまだ帰ってきていない。今朝、隼太とそんな事があった私はイサと帰ってきたこともあり、居たたまれなくなると適当に誤魔化してその場から少しの間距離を置いたのだ。

何か気まずい……。私だけが意識しすぎてるのかな?

わざわざ離れたのに余計な悩みが散らばっていて妄想だけが私の中で一人歩きしている。自覚はしていたけどどうしても気になって仕方ない。そんな気持ちをリセットしようと化粧室で身だしなみを整えた後、外に出るとまさかあんな光景を目にすることになるとは。

ここに来た時と同じ道である広いエントランスホールを横切ろうと歩いていると、中央に2人誰かいた。あれはうめちゃんとジロウだ。

2人に声をかけようかと思っていたけど、返してくれる雰囲気ではないから。彼女達はつかず離れず互いに向き合い、微妙な距離感で話し合っていた。それを察した私は物陰に隠れるようにして聞き耳を立てることになる。

えっ?あれって、もしかして、、そういうこと……だよね?

そう、これはどう見ても告白の現場。
私は偶然居合わせてしまったのだ。

今からうめちゃんに告白する男の子の名前は粕谷 謙二郎。あだ名はジロウ。隼太とは友人らしくアイツと凄く仲がいい。髪は長めで茶色。少し垂れ目気味がチャームポイントというのが本人談。頑張れジロウ!と私は心の中で彼に入れ込んでいた。

「正直に言うと五分五分の所があった。他の子が気になったりしてかなり迷ってたんだ。うめちゃんもそうだったんじゃないかな。」
そのうめちゃんはジロウの言葉を腕を前に伸ばしてモジモジしながら聞いている。
「最初に君とツーショットになった時は音楽なんかの趣味の話もお互いに合わなくて、別の世界の人って感じがしたんだけど。」
「でも、君はその境界線を越えて俺の好きな事に興味を持ってくれた。俺を知ろうとしてくれた。……そのことが凄く嬉しかったんだ。」
「気づけば君に惹かれていた。君のことばかり考えるようになっていた。」
「うめちゃん……好きです。付き合って下さい。」
ジロウは彼女を見つめてそう言い切った。

うわぁ、すごいなぁ……。どれほど真剣に考えてきたんだろう。告白の言葉だけを練習したんじゃあ、これだけ真っ直ぐに伝えることはできないだろうな。

きっとジロウは何度も自分に問いかけたんだと思う。うめちゃんをいつ好きになったのか。どこを好きになったのか。どれだけ存在が大きくなっていったのか。

何回も何回も確かめて、やっと辿り着いた結論。不安も緊張も全部まとめて向き合って、それでも好きって感情が上回って。告白ってすごいなぁ。好きになるってこんな風に人を動かすんだなぁ。

いつもなら勝手に他の人の立場になり共感したりして、恥ずかしさで悶たりする私だったけど、今回は羞恥心より先に感心を覚えてしまう。それほどジロウの誠実さは強かった。うめちゃんだけでなく、関係ない私にまで伝るほどに。

「ありがとう、ジロウ君。そこまで私の
事を考えてくれて。凄く嬉しい。」
「私も覚えてるよ。君と初めて二人で話した時の事。君の方から誘ってくれたよね。それなのに、全然私は話せなくて……。」
「あの時はヘコんだなぁ。嫌われちゃったかと思ったよ。でも次のツーショットも君の方から誘ってくれた。」
「上手く喋れた訳でもないのに私の言葉に耳を傾けて、笑顔で応えてくれて。ホントに嬉しかったんだ。今と同じくらい。」

「でもね…………。」

うめちゃんは続きに詰まると眼に浮かべた涙が今にも溢れ落ちてしまいそうで。小刻みに震える華奢な体は崩れ落ちてしまいそうな程不安定で。

それでも勇気を振り絞って彼女は言葉を紡ぐ。彼の誠意に報いるために。

「でもね、、、ごめんなさい。貴方の……ジロウ君の好意に応えられそうにありません。」
「ヒドイよね。君がここまで私のことを
想ってくれてたのに。サイテイだよね、自分らしさの大切さを教えてくれたのは貴方だったのに。」
「でもね、だからこそ私も正直になりたい。その大切さを教えてくれたジロウ君だから分かって欲しい。」
「貴方が私に伝えてくれたように、私も
好きだって伝えたい人がいる事を。」
そこまで言うとうめちゃんは、今まで我慢していたものが一気に噴き出した。

その場に座り込むと嗚咽を上げ、眼から零れ落ちた一雫が床を濡らす。そして次々に生まれては落ちていく。その様子を見たジロウはすぐさまうめちゃんの元に駆け寄ってハンカチを取り出すと、彼女の目元から流れる涙を優しく拭き取った。
「ごめん、、なさい。ホントにごめんなさい。貴方にそんなことまでしてもらうべきじゃあ……ないのに。」
「俺がしたいからしてるんだ。気にしないで。」
そう言って自分も涙を浮かべながらうめちゃんの涙を拭う彼の行いは、彼女に教えた事とは裏腹に自分を殺しているように見えて仕方なかった。

……凄いものを見てしまった。今見たものは私が知っている恋愛とは全然違う異質なものだ。経験したことがあった告白ってもっと軽くて、フッてもフラレても友達でいようねとか。付き合っても些細なことで簡単に別れたりとか。もっと日常にありふれた緩いものだと思っていた。

でも違った。知らなかった。あれだけ自分に正直になるのが恐ろしいことなんだと。好きって言ってくれた相手をあそこまで傷つけてしまう残酷なものだったんだと。

私は……どうなってしまうのだろうか。

頭の中がパンクしそうなほど混乱している。地に足がつかない感覚に襲われ、フラフラとした足取りで集合地点まで進みだすと。

「隼……太?」
隼太がいた。
心臓が飛び出すんじゃないかって……。
ドックン。
「、、、あぁ。」
「見てたの?」
「あぁ、見てた。」
彼もショックを受けていたようだ。
「なんだか、凄いものを見ちゃったね。」
「そう……だな。」
「……疲れちゃったから、戻ろっか。」
「あぁ。」
私達は無言でその場を後にした。

戻るとしばらくしてジロウだけが帰ってくると、私と隼太とイサの3人が淡々と事の報告と顛末を聞く。ジロウは自分の失敗を苦笑いしながら冗談交じりで話すも、痛々しくて。苦しくて。とても見ていられなくて。最後は4人だけで写真を取ろうってなったから、私は人生で一番上手い作り笑顔をして。それから。それから……。


気がつけばホテルの椅子に腰掛けて暗くなった空をボーッと眺めていた。それに携帯に保存してあった7人が集まった最後の写真も。

「もう、この頃とは違うんだね……。」
戻れない過去を懐かしんでは自分の置かれている状況を嘆いた。あの頃は恋愛を純粋に楽しもうとしてたのに。いや、実際そうだったのに。でも、痛みに触れてしまった。気づいてしまった。

誰かを好きになる事は、好きになってくれた他の誰かを悲しませることなんだ。カップルが誕生した足元には無数の出会いがあって。憧れていた人、気になっていた人、無関心で通り過ぎた人、嫌いだった人。色んな人からその人だけを選び出して、私も選ばれて、それだけで満足して。

気づかなければもっと単純なことだったのに!顔を忘れた誰かのことなんて、愛おしく思う筈もなかったのに!!そうすれば、もっと簡単に人を好きだって言えたのに……。

私は問わなくてはいけなくなってしまった。私にとって好きってどういう事なのかを。

好きって何?特別って何?恋愛って何?どうしてその人じゃないといけないの?好きと憧れってどう違うの?どこが好きなの?好きじゃない人でも特別な所はホントになかったの?私が向き合って来なかっただけじゃないの?好きって言ってくれたら好きになれるの?じゃあ、私は好きって言ってくれた人をなんでフッたの?それって嫌いって言われた人を嫌いになるのと何処が違うの?私は一つでも質問に答えられるの?

答えられない私は此処にいていいの?

「ゆりちゃん。」

!!!!!!!!!!

……振り向くとそこにうめちゃんがいた。

彼女の名前は梅﨑 悠希。あだ名はうめちゃん。小さくって細くって。強く抱けば壊れてしまいそうで。イサやジロウとの事で一喜一憂して。悩みがあったら直ぐに相談してきて。私が知っているうめちゃんはそんな愛らしい子だった。でも、今日見た彼女はそうじゃない。先週までの私が知ってる可愛いだけのうめちゃんじゃない。
「うめ……ちゃん。」
私はそんな彼女が知らない人になったようで、怖くなって名前を呼ぶのが精一杯だった。

「どうしたの?目、赤いよ?」
そう言って彼女はティッシュを取って渡してくれた。
「あ、ありがとう。」
お礼を言うと彼女は窓から空を見上げて声を洩らす。

「今日、ジロウ君が居なくなったでしょ?
私がしたことなんだけど寂しくって。」
「後悔してるの?」
私がつい余計な事を言うと彼女は横に首を振ってから。
「そうじゃないんだけど、彼にとって皆との関係ってどんなものになったんだろうって。」
「今でも私達を友達って言ってくれるのかな?それとも忘れたくなるのかな?」
「私が応えなかったことで今まで此処にあった思い出は、全て同じ位苦いものになるのかな?」
「私は彼を傷つけてしまった。踏みつけてしまった。慰めなんかじゃ癒せない。それだけは変えられない。だから……。」
「私は強くならなきゃいけない。彼が私に託してくれた想いを継がなきゃいけないから。」

「だからゆりちゃん、貴方には負けない。」

彼女はそう布告した。私にはうめちゃんの表情を読み取る術もなく。
「え?それって、どう……。」
私の質問など耳にすることなく部屋を出た。

もう就寝時間は過ぎようとしていたのにベッドに潜るも、眠れる訳がなかった。

翌日、湖の畔に私はいる。ボートに揺られるとゆっくりオールを漕ぐ音だけが耳に響いて。視界を遮るものもなく、私は向こう岸にある水面と陸の境目辺りをただ見つめていた。

船を漕ぐ彼の名前は杉浦 隼太。私達からはそのまま隼太(はやた)って呼ばれてる。いつもテンションが高くて子供みたいにはしゃいで、夢中になると周りが見えなくなって。同年代の弟みたいな、そんな印象だった。昨日までは。
「凄いもの見ちゃったね、昨日は。」
「あぁ。」
「後でちょっと落ち込んだもん。自分のやろうとしてたことが、分かってなかったかなって。」
「あぁ。」
「……そのせいかな?私達なんだか、気まずくなっちゃったね。」
「あぁ。」
「出会ってから何度も喧嘩したけど、こんな風になったのは初めてだよね?」
「あぁ……。」
「もし、私達が恋人になったらまた前みたいに喧嘩できるのかな?その度に仲直りできるのかな?」
「……。」
遂に彼の小さな相槌すら聴こえなくなってしまう。私の言葉が届かなくなったようで、急に胸が締め付けられると込み上げてくるものを抑えきれなくて。

「私は、、私は後悔してる。隼太と出会った事も皆と出会った事も。」
「ただ楽しく過ごして好きな人と一緒に居られたらなって。そんな浮ついた気持ちでここに来て。」
「こんな事になるのが分かっていたら!あんなに傷つくんだと知ってたら!!」
「……皆のことなんて知らないままでよかった。隼太になんて出会わなくてよかった。」
「そうすれば、そうすれば、私は私を好きなままでいられたのにっ……!」
「そうすれば、貴方のことなんて好きにならずに済んだのにっ!!!」

波も風もなく、ただ彼だけが真っ直ぐに私を見つめていた。そんな沈黙が身を裂かれるより痛くて。
「……ねぇ?怒ってよ……。私、人として言っちゃいけないこと言ったんだよ?」
「隼太の事、フッただけじゃなくて皆を
悪く言ったんだよ?」
「自分だけが大切で!周りなんてどうなってもいいって!」

耐えられない。もうこんな所に居られない。もう、もう……っ!!
「私の事嫌いって言って!」
「お願い……。顔も見たくないって!そう言ってよ!」

それはあまりに突然に。私は気づけば彼の広い胸板に支えられ、温かい腕に抱き寄せられていた。

すると私の耳元で囁いて、
「今日、チケットを切ってきた。ゆり、お前に好きだって伝えるために。」
私が望んだものとは正反対の優しい言葉を届けてくれた。

「お前はさ……、いつも人より周りを気にかけて自分勝手な俺を叱ってくれた。」
「素直に謝れない俺の言葉を受け止めて、許してくれた。」
「ありがとう。俺はゆりに出逢えて良かった。」
なんで……。どうして……。

「覚えてるか?俺はキリンが怖いくせに餌をやろうとしたら、噛まれたと勘違いして大騒ぎした時のこと。」
覚えてるよ……子供みたいな隼太。

「あの時はダサ過ぎて死にたくなったけど、ゆりは一瞬本気で心配してくれて顔を見合わせて笑いあったよな。」
あの時は笑えたけど今は……。

「覚えてるか?ゆりがソフトクリーム上手く巻けなくてグチャグチャになったやつ俺が全部食って腹壊したの。あれ結構辛かったんだぞ。」
私には平気そうな顔して格好つけてて。

「忘れられないよな。俺達はジロウとうめの現場を見てしまって、皆といた時間の大切さに気づいたんだ。」
…………。

「此処にいる皆だけじゃない。自分が今まで気にも止めていなかった出会いの価値に気づかされて。」
「そう思うと男だとか女だとか好きとか嫌いとか関係なく、色んな人の顔が頭の中を駆け巡って。」
「……後悔ばかり膨らんで。自分の醜さを知ってしまって。」
「、、、消えてしまいたくなって。」
「そんなことが分かっても、何も変えられなくて。」
隼太の胸も声も私と同じように震えていて。

「だから、覚悟を決めてここに来た。」
「俺は他の誰かがゆりを好きになった分まで君の事を好きなる。」
「俺はゆりが嫌いなゆりの分まで、ゆり、君の事を好きになる。」
「好きだ。一緒に居て欲しい。」

私は隼太の肩を叩きながらグチャグチャに胸を濡らしていて、彼はそれを全部受け止めてくれて。

……分からないよ。どうして誰かを傷つけることが分かってるのに人を好きって言えるの?うめちゃんも隼太もどうしてそんなに強くなれるの?私だけどうしてこんなに弱いままなの……?

隼太は再び船を漕ぎ出すと、
「ゆり。もう一人、お前を好きな人が待っている。」
「えっ?」

いつの間にか私達のボートは岸辺の桟橋に停泊しようとしている。そこに見覚えのある男の子が居た。彼の隣に居る筈の小さな女の子は影も形も見えなくて。

彼の……イサの真っ赤に腫れた目が私の瞳を掴んで離してくれない。そうか、きっとうめちゃんは……。イサは彼女の気持ちを受け取って。

瞬間、身体が震える!

そうか。そうだったんだ……。
今、分かったハッキリと。イサが受け取ったのは感情だけじゃなく、うめちゃん自身なんだ。だからあんなに強い眼で。だから涙も乾かさないで。

此処にいた皆だけじゃない。私が出会った人の数で今の私は創られてきたんだ。この身体は、皆と私が混じりあって出来たんだ。きっと皆そう。てぃっぷとうた君も。ジロウもうめちゃんも。隼太もイサも。皆誰かと一緒に自分を創ってきたんだ。

そしてその誰かに私も入ってる。皆と繋がってる。だから私も届けるんだ。

貴方達と出会えた喜びと別れ行く寂しさを。誰かを傷つける痛みを。好きだっていう想いを。これは皆から貰った私だから。皆が大切にしてくれた私だから、今度は私の番。

皆が好きだって言ってくれた私を、私自身が好きになる番。それが好きだって言ってくれた皆へできる最大限のお返し。だから行かなきゃ。応えなきゃ。

足が自分の意志を持つように、船から飛び降る私を彼の元まで連れて行く。
「良かったわ。吹っ切れたんやな。」
「笑顔の方が好きやから、ゆりらしくて。」
「ありがとう。好きって言ってくれて。」
「今から返事するね。」

深呼吸して。

「私が、……私が好きなのは――」
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登場人物紹介

赤司 ゆり

17歳 主人公

梅﨑 悠希 

うめちゃん 18歳

寺島 風花

てぃっぷ 16歳

杉浦 隼太

はやた 17歳

釼木 功 けんのき いさお

イサ 18歳

粕谷 謙二郎 

ジロウ 17歳

歌代 和

うた 18歳

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