鏡の中の不審者

文字数 3,086文字

アンティーク好きな私は、古びた骨董屋で年代物の卓上鏡を買った。

真鍮のフレームに細かな細工が魅力的に施され、私は一目惚れして買ってしまった。

自宅に帰るとすぐ、机の上に置き、その鏡に映る自分を見つめた。

最近は仕事も忙しく、疲れきった表情の自分の顔が少し嫌に思えた……。



* * * * * * * 



今日の朝はいつもより、気分良く起きることができた。

それは多分、昨日買った卓上鏡をすぐに使いたいと思う気持ちが、そうさせているのだろう。

私は朝の支度を済ませ、化粧をする為に卓上鏡の前に座った。

―――自分の顔を見ると、昨日の疲れた顔が嘘のようにスッキリしている。

これも気に入った卓上鏡を購入したという満足感のおかげで、ストレスが解消された結果なのかもと思った。

その後、私は化粧をすませ、余裕をもって出勤することができた。



* * * * * * * 



今日の仕事も忙しく、家に帰る頃にはヘトヘトになっていた。

その日はあまりにも疲れていたため、食事を済ませた後に、そのままソファーで眠ってしまっていた。

―――2・3時間眠り、私は目を覚ました。

化粧を落とさずに寝てしまったので、今の自分の顔がどうなっているのかが気になり、卓上鏡で自分の顔を見た。

そこで異変に気付く、顔がスッキリした状態になっている。

化粧も綺麗に落とされ、更に疲れも取れた顔になっていた。

何故か鏡を見た後は疲れが全て吹き飛んだように、体全体がスッキリしたようにも感じる。

昨日はソファーで眠ってしまったが、ちゃんとお風呂に入り、なぜ化粧までも落としているのだろうと思った。

お風呂にも入っていない、というのは私の勘違いで、実際はお風呂に入っていたのだろうか?

そうでなければ、あまりにも不自然すぎる、寝ている間に化粧が落とされているなんて……。

しかしその時、私はその事にはあまり気にもとめていなかった―――。



* * * * * * * 



―――数日が過ぎた。 連日の激務の為、その日の私はお風呂にも入らずそのままベッドで寝てしまった。

翌朝目を覚ますと、お風呂場の設定が乾燥に選択され、浴室には私の下着等が干されていた。

また、ある日の夜は疲れ過ぎて食事が喉を通らず、何も食べずに寝てしまった。

すると翌朝、キッチンのゴミ箱の中に食べた記憶のない食べ物の容器が捨てられていた。

そして私は毎朝、卓上鏡で自分の顔を見ると、疲れが取れたスッキリした顔になっている。

毎朝、起きる時はスッキリと起きられ、私の体的には良いことばかりの事しか起きていないが、精神的には私は夢遊病のように、寝ながらお風呂に入り、食事を取ったりしているのかもしれない……。

そんな自分が徐々に怖くなってきた……。

そこで私は夜中に自分の行動を確認しようと、ネット通販で安い防犯カメラを購入し、部屋の角にセッティングした。



* * * * * * * 



セッティングしたその次の朝もスッキリと目覚める事ができた。

私は急いで、防犯カメラの映像を確認する。

映像は問題なく映っている、私自身もベットで眠っていた。

映像はベットで眠った私を映し続けている。

すると、防犯カメラが故障したのか、急に映像が真っ暗になった。

十分くらい映像を眺めているが、未だに映像は真っ暗なままだった。

早送りして時間を進めると、真っ暗になってから1時間20分後に、ベットで寝ている私が映し出された。

姿勢も真っ暗になる前と変わらない……次の瞬間、私はお風呂場へ向かった。

お風呂場の設定が乾燥に選択されており、浴室には私が昨日着た下着や服が、浴室内で干されていた。

私は昨日、あえてお風呂に入らず、パジャマだけに着替えて寝たのだ……。

髪や肌を触ると、髪のベタつきはなく、髪を洗った感じがある。

肌もスベスベしており、スキンケアをされているような感じだ……。

私は恐ろしくなってきた、自分の寝ている間に、自分自身に何かが起きている……しかし、自分に害があるのではなく、自分にとってはメリットがある事が起きる……その事が更に、私の恐怖心を増大させた。

卓上鏡を購入してから起きた現象に、私は卓上鏡の呪いなのかと非科学的な考えをしてしまった。

不安と恐怖だけが、私を蝕み正常でいられない感覚に陥りそうになってきた。



* * * * * * * 



私はその晩、寝たフリをしようと考えた。

仕事はなんとか有給を取り、今晩の為に体力を温存する。

そして、帰宅時間に疲れきった感じで部屋に入る演技もした。

今回は帰宅して、すぐに布団を被りベットで眠ってしまったという設定にした。

もちろん防犯カメラもセッティングしてある。

部屋の明かりも消さずにそのままだ。

準備万端で私は、その時を待った。

一時間……二時間と時間が過ぎるが、未だに何の変化もない……。

そのとき、私は急激な眠気に襲われた……この症状はあまりにもおかしい。

私は今晩の為、昼間に十分な睡眠を取り、眠気覚ましのドリンクも飲んでいる。

それなのにこの急激な眠気は異常過ぎる!

……もしかしたら、この部屋に睡眠効果のあるガスのようなモノが入っているのかもしれない……それほどに、私はこの襲いくる眠気を打ち破る事ができない……。

そこで、私は護身用に潜ませた、果物ナイフを自分の太ももに刺して、その痛みでなんとか眠気に逆らった。

私が眠気と格闘しているとき、部屋に誰かが入る気配がする。

その何者かが私の部屋の合鍵を持っている。

そして何の苦労もせず部屋に入って来た様子だった。

今の私の姿勢だが、不自然なのは承知の上で、私はうつ伏せで寝て、布団も頭まで被った状態にし、目の前を通る何者かを確認しようと考えていた。

場合に寄っては、果物ナイフで交戦できるようにもしている。

玄関の扉が少しづつ開き、何者かが部屋に入ってくる気配がする。

ゆっくり、ゆっくりと、近づいてくる……。

私は眠気と格闘しながら、布団の隙間から覗ける範囲を目で必死に確認する。

しかし、何者かは私のこの行動を把握しているかのように、私の視界には入って来ない……。

私は何者かの正体がわからず諦めたとき、視界に卓上鏡が目についた。

私は卓上鏡を使い、反射越し何者かを見ようと考えた。

すると、わずかだが何者かの姿が目に入った。

それは呪いという非現実な現象ではなく、人間の姿をしていた。

全身を黒い服で纏い、体型はかなりの肥満体に思える。

体つきから、男性だろう。

しかし、顔が見えない……そのとき、その何者かが前かがみをして頭部がわずかに見えた。

頭にはガスマスクを装着している。

やはり、この部屋に何か睡眠効果のあるガスのようなモノを漂わせていたのだろう。

私はこの何者かに対抗すべく、果物ナイフを握りしめ布団から飛び出た!

次の瞬間、私は首に激痛が走った。

それは注射のような痛みで、私の意識はそこでなくなった……。



* * * * * * * 



翌朝目覚めると、私はいつものようにベットで寝ている……。

食事も、お風呂も、洗濯も、スキンケアも全て済ませた状態で起きている……。

私は想像した……あの人物は私が寝ている状態で、服を脱がし、髪や体を洗い、スキンケアもし、そして寝た状態の私に食事も取らせている……。

裸を見られ、触られ、咀嚼できない私は、食べ物を離乳食のようにして口に入れられていたと思う……もし、食べ物をその男が咀嚼し、口移しでもらっていたと考えると、嫌悪感で背筋が凍る思いがした……。

私はとんでもない人物に狙われてしまったのである。



恐怖に打ちのめされた私は、精神が崩壊寸前で一人でいることが怖くなり、友人に連絡し二人で警察に行った。

そして、ストーカー被害の書類を提出した。
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