第1話 夏至祭

文字数 4,308文字

夏の涼しげな風が頬にあたり流れていく。
赤色に染まる夕日を眺め物思いにふけっていた。
「エリー...?エリー!エレノア!」
その声で私はハッと我に返った。
「もう、エリーったらまた何か違うこと考えてたでしょ!早く手動かしなさいよ!」
アディソンは、ぷりぷりと怒っている。手には縄を編み込んだカゴを下げている。カゴからは今にも溢れんばかりのひまわりが顔を覗かせていた。
私は、自分のカゴを見て苦いものを噛んだような気分になった。奥の方には、しおれかけたひまわりが2輪しか入っていない。
ひまわりを摘む気分ではなかったし。
早く家に帰りたかったけれどもなんとか気を取り直して作業を続けることにした。
なんてったってこの作業は、今日中に終わらせなくてはならないのだから。
「アリーは明日どうするの?」
そっぽを向き、ひまわりを摘んでいるアディソンの背中に問いかけた。
「んー。明日?明日はね、なんとラスターを誘おうと思っているの!」
ラスターは、茶色の髪をもつそこそこな顔をした男の子だ。
ラスターは最近村に来たばっかだしあんまりどんな子かは知らないけど噂によるとなかなかの好青年らしい。
アディソンが惚れるのもまあ無理はないだろう。
「エリーも誰を誘うのか早く決めなさいよ。重要なイベントなんだから!」
そう。確かに重要なイベントだ。1年に1回行われる夏至祭では皆ひまわりを持って意中の相手に渡す。結婚相手をさがす大事なイベントだ。
まだ、16歳になったばっかりで初参加なのであんまり誘う相手なんて考えていなかった。
エレノアが答えに詰まっていると、
「あっ、あの子がいいんじゃない?あのロンって子とか!」
「えー、それは嫌だな。」
ロンはハッキリ言って結婚相手として最適ではなかった。
真っ黒な髪は、油っぽくそのうえ品定めするような目をもっていた。
まあまあ美形なため不用心な女が擦り寄っていくこともある。
その女が後にどうなったかは、まあお察しの通りだ。
という訳で、ロンと結婚するくらいならそこら辺の木と結婚した方がマシというものだ。
「難しいわねぇ。エリーは理想が高いから」
「そんなことないし」
そう言っていじけた振りをした。
でも、別に自分が面食いだなんて思っていなかった。
ただ、イケメンとそうでない人がいたらイケメンを選ぶのは当然のことだし。やっぱり1人の女の子として容姿端麗な人には憧れる。
もしも、そんな人がずっと隣にいてくれたらと考えるとそれだけで幸せになれる気がする。
その後は、2人とも作業に戻った。
空が暗くなり始め2人のカゴが満杯になる頃、ひまわりの平野を抜けお別れの挨拶をした。そして、それぞれ家にかえった。

「エレノア!ねぇ、まったく...。早く起きなさい。」
扉の向こうから声が聞こえ、私は目を覚ました。
眠たい体を無理やり起こしふらふらとドアを開けた。
「おはよう母さん...。」
半分寝言のように呟いた。今にも寝てしまいそうだった。閉じかけた瞼に抵抗しないでいると、冷たい物が顔に当たった。「ひゃっ」と情けない声をだして焦っていると
「早くそれで顔を洗って下に降りてらっしゃい。早ければ木の実たっぷりのパンケーキが食べられるかもしれないわねぇ。」
それを聞いた瞬間眠気が吹っ飛んだ。
「まじで?」
そう問いかけると
「まじよ。」
私の言い方を真似して返してきた。
不思議と笑いが込み上げてきたがなんとか真顔に戻し「すぐ行く」と声をかけ、準備日に取り掛かった。
母さんが持ってきてくれたタオルで顔を拭い、鏡の前にたった。
腰まで伸びた金髪の髪の毛が不自然にからまっている。
自分の顔を覗いた。紫色の宝石のような瞳...。
コンプレックスでもあり、特徴でもあり、エレノアらしくもあった。
ハッと我に返りまた物思いにふけってしまっていたことを自分を心の中で叱った。
ほつれた髪を毛先からブラシで丁寧にといた。
それが終わると小走りでリビングに行った。
幸いまだパンケーキが残っていた。
「おぉ。エレノア早かったな」
お父さんが新しいパンケーキに手を伸ばした。
「お父さんダメでしょう?食べ過ぎは...」
「大丈夫だ...。ウプッ。」
ダメだこりゃ。結婚してからお父さんはどんどん大きくなっていっている。私個人としては、もう少し痩せて欲しいが母さんは、気にしていないようだ。
やっぱり愛というものは不思議だと改めて思った。
「いいけど私の分は残しておいてよね?いつも食べちゃうんだから」
「でも、いいじゃない?そうなったら私がいつも新しいパン作ってあげてるんだから」
「まぁ、そうだけどさぁ」
そう言いながら私はパンケーキを貪った。
優しい味わいが口の中に広がる。
木の実のちょっと酸っぱいところもメープルシロップと混ざりあってとてつもなく美味しい。
ケーキ屋を営んでいる母さんは、この村の周りではとても有名だ。
菓子作りの技術もそうだが、人柄の良さなどから多くの人に好かれている。
エレノアと同じ金髪をもっており、見た目も美しい為結婚していてもなお求婚か絶えない。
しかも母さんは、間違いを犯すとちゃんとしかってくれる頼もしい存在だ。まぁ、お父さんには、甘いのだが...。
「そうだ!エレノア私の16の時の話をしてあげる」
「母さんその話はもう何度も聞いたよ...。」
「いいからいいら!」
「これはね、私がエレノアと同い年だった頃のお話よ。夏至祭の日私はね、着たくもない。おばあちゃんによると伝統的なね。フリフリの黄色のドレスを着せられていじけてたのよ。誰にも見せたくないってね。そりゃ同い年くらいの子達は、みんなすらっとした大人っぽいサマードレスを着てたんだものいじけたくもなるわ。だから皆の踊りの輪には入らずに家と家の間に隠れていたの。そしたらね、後ろから声を掛けられた。「そのお洋服綺麗ですね」ってね。そのあと2人で沢山話すうちに楽しくなっちゃってね、結局は踊りの輪に入って行ってたわ!」
「それが今のパパだなんて何てロマンチックなんだろうね」
皮肉を込めて言ったが母さんは褒め言葉と受けとったようで、頬を赤らめている。
確かに最初に聞いた時は、素敵だと心の底から思ったけれども何百回も食事のたんびに聞くとさすがに飽きる。
母さんからしたら、もしかしたら運命的な出会いがあるかもしれないんだから今日は張り切りなさいということなのかもしれない。
でも、やっぱり夏至祭は気乗りしなかった。
しかし、母さんはやる気満々なので従うしかない。
「じゃあ朝ごはん食べ終わったらお風呂に行ってらっしゃい。ヘアセットしてあげるから」
そう言われ、エレノアは渋々お風呂に入ることにした。
その後たっぷり5時間かけて母さんによるセットを受け、やっと終わる頃には空が赤くなり始めていた。
エレノアは鏡の前へ行き息を飲んだ。
それが自分だとは信じられなかった。
綺麗に巻かれた髪、肩が少し出ている黄色いサマードレス、普段はしない華やかな化粧。
もし、自分が男だったら間違いなく求婚していただろう。
不思議と笑みが零れた。
母さんは横で自慢げに私のことを見つめていた。
すっごく嬉しくて誰かに見せたくて、家中を走り回った。
お父さんも綺麗だねと褒めてくれた。
なんだか楽しみにしてなかった夏至祭まで楽しみになってしまい、落ちつかない気持ちになった。
すると、外から汽笛のような音が聞こえた。
「夏至祭スタートね!」
お母さんもすごく嬉しそうだ。
「母さん今日はありがとね!父さんも!夏至祭楽しんでくるよ」
そう言って私は家を飛び出した。
夏至祭には、未婚の人しか参加できないのだ。
会場に近づくにつれて、心臓がバクバク落ち着かなくなってきた。
少し歩くと夏至祭のランプが村を照らしているのが見えた。
優しい黄色のランプで夏至祭の黄色というテーマにもあっている気がした。
だんだんと黄色い服を着ている人達が増えてきた。
夏至祭の会場に足を踏み入れた。
と、同時に多くの人がエレノアを見た。
どうしてそんなに見るのだろうとなんだか居心地が悪かったがそのまま奥に進んだ。
すると食事エリアに座るアディソンを見つけた。
向こうもこちらに気づいたようで手招きしてきた。
「あんたってすっごいわね!会場に入るなり皆の視線を独り占めしちゃって...羨ましいわ!」
私はなんだか安心して少しくつろいだ。みんなエレノアが嫌で見つめているわけではなかったのだ。
「ありがとう。そう聞けて嬉しい」
そう答え、朝の出来事をアディソンに話した。
「まぁ、それは大変ねぇ。私なんか1時間で支度しちゃったわ。あっ、そうだこれ食べてみてよ。」
そう言ってアディソンはエレノアの口に茶色いものをひとつ入れた。
舌に触れると同時にほんのりとした甘さが広がった。
「それ、チョコレートっていうのよ!おいしいでしょ?」
私はびっくりして頷いた。
チョコレート昔旅人から聞いた事がある。海外のお菓子らしい。
ケーキの新しい材料になるかもしれない...。そんなことを考えていたらアディソンにコソっと耳打ちされた。「それ、実は媚薬効果もあるらしいわよ」たちまち顔に血が登った。
「なんてことしてくれてんのよ...」
「ま、噂だけどね!」
そういうふうに言われ、本気でつかみかかってやろうと思ったがやめといた。
「ほら!音楽がはじまったよ一緒に踊ろ」
そういってエレノアが返事をする前に手を引っ張った。私は、しょうがないなぁという素振りを見せ、着いて行った。
アディソンは、踊りが上手くエレノアのことをリードしてくれた。
小さい頃からよく一緒に踊ってたなぁ。そんなことを考えながら笑顔で踊った。
アディソンと出会った頃から今まで全てが1本の映画みたいで、辛いことも楽しいことも分けあってきた。
本当にこんな最高の友達がいて私は幸運だと思った。
気がつくと、私たちのダンスをたくさんの人が見ていた。
少し緊張したが大人の仲間入りをしたようだ。
最後の一歩まで踊り着ると私は疲れ切っていた。
しかし、この疲れも夏至祭の興奮には勝てずいろんな人に踊りに誘われては受けた。
自分で言うのもなんだが、結構人気があった。
空が明るみ始め夏至祭は、更に盛り上がりを見せた。
老若男女みんなが手を繋ぎ踊り笑い合い幸せな時間をすごした。
アディソンがラスターと楽しそうに踊っているところも目撃した。
すっかり踊り疲れ、休みたかったが会場内にいる限り常に誰かに声を掛けられるためアイスティーをもって森の中でひと休みすることにした。
会場の熱気で暑くなった頬も森の中に入ると静まり、涼しい風に身を任せた。

なにやら叫び声が聞こえる...。
なんだか...暑い...?
重い瞼を押し上げ周りを見ると息を飲んだ。
村が火の海に飲まれていたのだ...。
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