Episode2:5人目の男

文字数 4,573文字

「今回も単刀直入に行くぞ。早速だがシアトルの『自治区』については当然もう知っているな?」

 アメリカの首都、ワシントンDCにある大統領官邸ホワイトハウス。その地下部分に広がる有事の際の要人避難用多目的シェルター、通称『RH(リバーシブルハウス)』がビアンカの現在の住居(・・)であった。

 そのRH内にあるブリーフィングルームでは、いつものようにビアンカが大統領首席補佐官のビル・レイナーから新しい任務の説明を受けている所だった。


「ええ、例の……白人警官の黒人容疑者殺害事件の影響ですよね? 抗議デモや暴動が高じてシアトル市街地の一角を乗っ取ってしまったとか」

 それはここ最近の一番ホットな話題であり、特に直接の事件現場となったシアトルの街では一部の抗議者達が過激な暴徒化して、市街地の一角を占拠して『あらゆる少数派人種が差別される事のない多様性を重視する』として、アメリカ合衆国憲法の適用されない【ニューオリンピア自治区】の樹立を宣言した。

 だが国の憲法が適用されないというのは裏を返せばアメリカの司法も介入できないという事だ。つまり極論すればこの自治区(・・・)の中で殺人を犯しても、逮捕も起訴もされないという事になる。

 マスコミさえ殆ど入れない状態なので『自治区』の内実がどうなっているのかはビアンカにも解らないが、どうも相当カオスな状況になっているのは確かなようだ。

「その通りだ。今あそこは例の事件の抗議とは関係ないようなホームレスやギャング、その他の犯罪者共の巣窟になりつつある。完全なる無法地帯だ。このアメリカ合衆国の大都市シアトルのど真ん中に治外法権の無法地帯が出来つつあるのだ。これは国際社会におけるアメリカの『恥』だ。当然ながら大統領はこの問題を放置しておく気はない」

「……!」

 ビアンカの母親であるダイアン・ウォーカーは現アメリカ合衆国大統領である。今回の事件は全米中に飛び火しており、保守的な立場を取る国民党が人種差別を助長しているとして、その党首でもあるダイアンを糾弾する動きが自由党やマスコミの間で広がっていた。

 なのでビアンカもここの所テレビや新聞、ネットなどで母親の姿を目にする機会が増えていた。当然ながらダイアンは今回の事件に際して、被害者となったキース・フロイトに深い哀悼の意を表しており、あらゆる人種差別の撲滅に取り組む事を改めて約束しているが、自由党やマスコミはあくまでダイアンの責任だと追及の手を緩めようとしない。

 普段は何かと突っかかる関係の母親だが、それでもやはり自分の実の家族なのだ。その実母が連日のようにマスコミのやり玉に挙げられて好き放題言われている現状は、ビアンカとしても決して気分がいいものではなかった。

 どんな形でもいいので自分にも何か出来る事はないかと思案していた矢先に、レイナーからこの事件の中心地とも言える例の『ニューオリンピア自治区』についての話題を振られたのだ。


「市長や市警は何を……って、シアトルの市長は自由党だったな。じゃあお察しだな」

 そこでこのブリーフィングの同席者の1人(・・・・・・)が発言する。半魔人のユリシーズ・アシュクロフトだ。彼はここ最近会見などで表に出る事が多いダイアンの警護で忙しく、あまりビアンカと顔を合わせる機会が無かった。しかしビアンカの新たな任務という事でブリーフィングには参加してくれていた。

「ええ、ついでに言うとシアトルのあるワシントン州の州知事も自由党ですね。多様性を主張して大統領を糾弾する立場の彼等が、公権力を用いてこの『自治区』を弾圧するとは思えませんね」

 同じく同席者の1人である亡命中国人のレン・リキョウが口添えする。怜悧で物静かな雰囲気の男性だが、実際には極めて強力な神仙でもある。

「……そして今補佐官が言ったように、このアメリカの『恥』が存在し続ける事によって、ウォーカー大統領の権威には確実に傷がつく。それも放置すれば進行形で傷は深くなっていくばかりだ。自由党にとっては都合のいい事にな」

 唸るような声で同意するのは、同じく同席者の1人である国防総省所属の軍人アダム・グラントだ。見た目からして軍人らしい屈強な黒人男性だが、実は軍の秘密実験で作られたオーパーツサイボーグでもある。

 この3人に加えて、発言はしていないがビアンカの側にくっつくようにして座っている金髪紅顔のロシア人美少年イリヤ・イヴァノヴィチ・スミルノフもいる。見た目は芸能界の子役も顔負けの美少年だが、実際には恐ろしい力を持った超能力者であった。

 このいずれも超人揃いの4人が、現在ビアンカの護衛(・・)を担当しているメンバーであった。


「その通りだ。かといって勿論大統領の権限で表立っての鎮圧は出来ん。知事の反対も押し切る形になるし、自由党の連中やマスコミはここぞとばかりに大統領の独裁だの民衆弾圧だのと喚き立てるだろうからな」

 話を聞く限り状況は八方塞がりにも思える。少なくともダイアンの置かれた状況はあまり芳しくないようだ。

「で、その状況を俺達に何とかしろという訳か? だがビアンカに声が掛かるって事は、この事件の裏にはやはり奴等……カバールの連中が暗躍してるのか?」

「……!」

 ユリシーズの言葉に反応するビアンカ。カバールとは、この国の闇に巣食って、裏で好き放題この国を食い物にしている悪魔(・・)達のギルドの総称である。因みに悪魔と言うのは比喩ではない。
 
 ビアンカは『天使の心臓』と呼ばれる無限の霊力を溜めこむ器官を持っており、それが故にその『天使の心臓』を欲する悪魔達に常に命を狙われる運命を背負っていた。しかしこの『天使の心臓』は使いようによっては、巧妙に人間社会に潜伏している悪魔達を炙り出すこの上ない強力な道具にもなるのであった。その特性を逆手にとって、ビアンカはカバールの悪魔達との戦いを続けている。


「ああ、その疑いが出てきている。今回の事件の発端となった2人の白人警官。この2人共が、自分が何故あんな事をしたのかまるで分らないと供述しているのだ。自分が自分でないような……何かに操られた(・・・・)ような気がする、ともな」

「……!!」

「勿論普通(・・)であれば、ただ一笑に付されるだけの言い訳に過ぎん。或いは心神喪失を訴えて罪を逃れようとしていると見られるだけだろう。だが……他ならぬお前達ならば、それら一般の意見とは異なる見解を抱くはずだ」 

「……悪魔に操られたのね。あいつらの中にはそういう力を持った奴もいるでしょうしね」

 ビアンカには既に確信があった。現在のダイアンの状況と考え合わせても、あまりにも話が出来過ぎている。

「その疑いが濃厚だ。シアトルであの事件が起きて、その影響で全国でのデモや暴動、果てはあの忌々しい『自治区』が出来、それによって大統領の威信に傷がつき、自由党の連中に付け入る隙を与えている。到底偶然とは考えられん」

 レイナーも同じ考えのようだ。アダムがその太い腕を組んで唸る。

「それだけではない。どうもペンタゴンからの情報ではこの『自治区』だけでなく、全国の騒ぎを率先して煽動している連中がいるらしい。恐らくは……中国統一党(・・・・・)が絡んでいるとの事だ」

「……! ほぅ……」

 リキョウがその切れ長の目を更に剣呑に細める。彼が元々所属していた組織が関わっているとなれば心中穏やかではないだろう。ユリシーズが咳払いした。


「前置きは充分だ。要は『自治区』を調査してその樹立にカバールが関わってるようなら、そいつをいつものようにビアンカの『天使の心臓』で炙り出して始末しろって事だな? だがこの面子でぞろぞろと出向いたんじゃ悪目立ちし過ぎるぜ。誰が(・・)ビアンカの護衛に同行するのかはもう決めてあるのか?」

「……!!」

 ユリシーズの言葉に何となく部屋の中に緊張が走った。その理由は明らかだ。レイナーが少し居心地悪そうにネクタイを緩める。

「うむ、まあ、そうだな。お前の言う通り確かにこの面子全員で押し掛ける訳には行かん。大統領やその他要人の警護も疎かには出来んしな。今回は例の『ニューオリンピア自治区』に潜入してもらう事になる。余計なトラブルを極力避ける為にも『天使の心臓』は仕方ないとして、彼女以外は非白人(・・・)である事が望ましい」

 もうその時点でほぼメンバーは決まったような物だ。ユリシーズが苦虫を噛み潰した様な顔になる。ビアンカの横に座るイリヤも、この世の終わりのようにその美貌を歪める。

 逆にやや複雑そうな表情ながらアダムが腕組みしたまま大きく頷いた。

「黒人差別に絡んでいる分、事はデリケートだからな。確かにここは俺が行くのが正解だろう」

「そう。そしてそれだけでなく中国政府の工作が絡んでいる疑いもあるので、今回はお前達に『天使の心臓』の護衛を任せる事になる」

 レイナーがアダムとリキョウに顔を向ける。リキョウも気障な動作で一礼した。

「勿論、お任せください。ビアンカ嬢は我が命に換えてもお守り致しましょう。宜しくお願い致します、ミス・ビアンカ」

「え、ええ、宜しくね、リキョウ。アダムもね」

 相変わらずのリキョウの態度にビアンカはやや赤面しながら応える。アダムとリキョウはアンカレジから再びの組み合わせである。

「ふん、またお前と組む事になるとはな。精々俺の足を引っ張らんようにな」

「ミスター・グラント。その言葉はそっくりお返し致しますよ」

 同じ事を考えたらしいアダムが鼻を鳴らすが、リキョウもにこやかに切り返す。この2人の関係も相変わらずのようだ。それでも仕事となれば私情を抑えて連携してくれるから、ビアンカとしても無理に仲良くなれとまでは言えなかった。


 すると再びレイナーがやや気まずそうな表情で咳払いした。

「おほん! 実は今回の任務ではお前達の他に、もう1人(・・・・)護衛の戦闘メンバーを同行させる事になっている。その人物も非白人(・・・)ではあるので、今回の同行に際しては問題ない」

「……!」

 ビアンカにはそれだけでレイナーが誰の事を言っているのか見当がついた。ユリシーズとイリヤも同様で、露骨にげんなりした表情になる。

「……あいつ(・・・)か。クソ! よりによって俺が同行できん任務で……」

「最悪……」

 一方『彼』とはまだ面識がないアダムとリキョウだが、話だけは聞いていたのかユリシーズ達の反応で何かを察したようだ。

「ほぅ……よもや噂の『王子様』でしょうか?」

「自分から進んで悪魔との戦いに参加したいという変わり者らしいな」

 その時、唐突にブリーフィングルームの扉が勢いよく開かれた。全員の視線が一斉に扉に向けられる。その扉を開けてそこに立っていたのは……


「――へっ、その『変わり者の王子様』が直々に参上してやったぜ。てめぇらが今回の仕事のオマケ(・・・)か。本来ビアンカ以外は俺様一人で充分なんだが、ま、使えそうなら精々こき使ってやるから安心しろや」


 傲慢に胸を反らしてそう告げるのは……ビアンカ達の想像通り、【ペルシア聖戦士団】に所属するアラブ人戦士にして、サウジアラビア国王の第六王子サディーク・ビン・アブドゥルジャリール・アール=サウードその人であった!

「……皆、ごめん。止めたんだけど、どうしてもビアンカの住まいを見たいって聞かなくて」

 その後ろからひょっこりと顔を出したアメリカ議会図書館館長のアルマンが、言葉通り済まなさそうな表情で謝罪するのだった……
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