5 奴隷商人

文字数 2,996文字


 左手にバチッと電気のような痛みが走り、その衝撃で急速に意識が浮上する。
「なんなんだ、首飾りも指輪も外れねぇ」
 目の前には体格の良い男の人が二人──一人は赤くなった手を押さえて、飛び起きた私をじろりと怒りに満ちた目で睨んでいる。怖い。声を出さないよう唇をきつく噛みしめた。
 辺りを伺うと、今ここには私一人のようだ。まわりはごつごつした岩で、壁に点々とランプが置いてある……洞窟みたいな場所。眠りに落ちる前の状況からすると、このならず者といった男たちは山賊かなにかだろうか。
「とりあえず他のやつと一緒に牢にいれとけ!」
 大きな舌打ちに心臓が跳ねつつ、男の言葉に希望をもつ。他のやつ、ということは、皆も同じ所に連れてこられてるってことだろうか。とりあえず、ここは言うことに従っておくのがいいだろう。いくら魔法があっても、私一人では到底太刀打ちできない。
 立ち上がらされた私は木の手枷をつけられる。ふいに左手が目には入り、納得がいった。ああそうか、さっきは隷属の指輪と浄化のネックレスを外そうとしていたのか。でも、このアクセサリーがどんなものかはわかっていないようだ。もしこの男たちが指を切って取ろうとしていたら? そう思い至りぞっとした。外そうとすると痛む指輪の機能に初めて感謝した。
 同じような景色の通路が続き、連れていかれた岩牢の中には若い女性が3人……皆はいないようだ。この人たちも拐われてきたんだろうか。牢の中を見回して、桃色の髪の小さな体が奥の方に寝転がされているのに気づきサッと血の気が引いた。
「スピカっ!!」
 急いで駆け寄ると、ちゃんと息をしている。どうやら眠っているだけのようだ。
「その子はさっき連れてこられたけど、その前からずっと眠っているみたいよ」
 牢の中にいた女性が教えてくれる。もしかして、あの眠り薬みたいなものが効きすぎたんだろうか。いつも身に着けているあのバングルはないけど、とりあえず外から見える怪我は無さそうだ。……いや、鉱石のビーズが連なった髪飾りもない。スピカの髪の一部が不自然に短くなっているので、髪ごと切り取ったみたいだ。ふつふつと沸き上がる怒りを抑えながら、私のマントでスピカをくるんでおいた。岩の床は冷えるから、何もないよりはいいだろう。
 牢の鍵だけ閉めて、ならず者の男はどこかへいってしまった。女だけだからと思われているのか、見張りがずっとついていることはないそうだ。
 女性たちに話を聞くと、やっぱり皆旅の途中で襲われて連れてこられたようだ。金品を奪ったあとは奴隷として売られるために管理され、今は奴隷商人が来るのを待っているらしい。商品なので手を出されはしないが、鬱憤を晴らすのに気まぐれに殴ってくる男もいる……らしい。顔にアザのある女性が震えながら話してくれた。
 治癒の魔法はよっぽどの大怪我でなければ痕も消える。せめて体の傷だけでも治せればと思ったけれど、今は目立った行動は控えた方がいいかもしれない。迷った末、ひとまず気力体力の回復だけに留めて、あとで必ず治させて欲しいと約束した。
 あとは、同行していた男性も何処か別の場所に閉じ込められている、というのも聞くことができた。それならテオドールとバルトルトもそこにいるんだろうか。二人が動ければ、きっと私とスピカを探しに来てくれるだろう。なんとかして居場所を伝えることができないだろうか。……そういえば、魔力制御が失敗したとき、あの光の球は勝手にテオドールのところへ飛んでいっていた。きっと意図的に飛ばすこともできるはずだ。
 試しに、テオドールとバルトルトに届け!!と念じて魔力を体の外に出してみる。いつもの球体と違い光は蝶の形をとり、光の粒子を飛ばしながらふわふわと壁に吸い込まれていった。成功した……のかな? 結構目立つのが不安だけど、とりあえず二人にあれが届けば、私の無事は伝わるはずだ。

 しばらくすると、先ほどのならず者の男たちに加えてもう一人、背の高い痩せた人物が一緒にやってきた。この男が話に出ていた奴隷商人のようだ。
「なんだ、今回は子供もいるのか?」
「一番手前にいる女の連れだ」
「まあそんなのはどうでもいい」
 独り言のつもりなのか、奴隷商人のぞんざいな返答にならず者たちは憮然とした様子だ。そんなのは気にも留めず、牢の中を品定めするように覗き込む。女性たちを順番に見ていったその視線は──私の胸元で止まった。
「……おいおい、それは本物か?! こんなところで『神の御使い』が手に入るとは!」
 この人は『神の御使い』を知ってるんだ。それならもちろん、役目や願いを叶えられることも知っているだろう。とても嫌な予感が胸にちらつく。今は動けないスピカもいるんだ、私がしっかりしなきゃ。
 奴隷商人は、もう一度私を頭から足の先までじろじろと眺めて目を細める。
「異世界人は珍しいからそれだけでも高く売れるはずだ……
 なんだ、既に隷属の指輪をしているのか?」
 ぶつぶつと呟きながら、私を牢から出すよう男たちに指示を出す。手枷をつけられたまま奴隷商人の前に連れていかれ、逃げ出せないよう一人が後ろから両肩を掴んで押さえた。奴隷商人は私の首飾りを外そうとして──バチっと音がしてその手が弾かれる。
「なるほど、本物だな」
 赤くなった手をさすりながらも、にんまりと嫌な笑みを浮かべる。
 次に、奴隷商人は私の手を取り隷属の指輪へ手をかざした。手に触れられたからか、それともなにがしかの魔法か、体の内側に何かが入り込んでくるようなぞわりとした言い様のない嫌悪感が広がる。反射的に振り払おうとするのをぐっと我慢した。振り払うのは、今は、駄目だ。
「主人はいない……となると、儀式に失敗したのか。『神の御使い』を捕まえておいて逃がすなんてバカなやつだ。まずはこの指輪の解除が必要だな……
 おい、暴れられたら面倒だ。適当に殴って言うことを聞くようにしておけ」
「はいよ」
 私の肩を押さえつけているのとは別の男が手をバキバキと鳴らすのを見せつけるように嫌な笑みを浮かべ近づいてくる。この世界に来た日のことを思い出して体がすくんだ。……落ち着け。あのときと違って、今は魔法が使えるようになっているんだから。
 向かってくる拳に思わず目を閉じてしまったけれど、想像したような痛みはやってこなかった。思った通り、ちゃんと光の壁を作ってガードできたようだ。
「な、なんだ?!」
「やはり魔法が使えるのか。全く面倒だな」
 奴隷商人は忌々しそうに舌打ちして牢の方へ目を向けた。
「別に痛め付けるのは本人でなくてもいい。一緒にいたっていう子供はどこだ?」
 男が牢に入っていき、スピカに手を伸ばそうとする。女性たちが眠ったままのスピカを後ろに庇い立ちはだかった。女性たちに向かって腕が振り上げられる。
「やめて!!!」
 ──ぎゃっと言う悲鳴が響いて、牢の中の男が腕を押さえ転がった。
 はっと我に返ると、手を伸ばした先の壁に突き刺さっていた光の矢が粒子を残して消えていった。光の矢。私が、やったんだ。矢が貫通した腕から血を流して、男は痛みに呻いている。床に落ちた血がみるみる血だまりとなって広がっていく。血が、あんなに。
「よくもやりやがったな!」
 激昂した別の男がこちらに近づいてくる。振り下ろされる腕がスローモーションに見えた。からだが、動かない。


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