第1話

文字数 1,180文字

「はあ、大人になりたくないなあ」
私はため息をついて、机に突っ伏す。ポッキーを齧っていた光が手を止め、怪訝な表情を浮かべた。
「突然なに?」
「んー、なんていうかさあ。私、もうすぐ16歳になるじゃん?16歳ってさあ、結婚出来るし、選挙にも行けるし、もう大人に片足突っ込んでるようなもんだなあって思って」
古くなった窓の向こうから聞こえてくる、ランニング中の野球部の掛け声。練習中なのだろう。吹奏楽部の演奏の音も聴こえてくる。
元気だなあ。……でも、みんなで汗をかいて頑張るのって、青春って感じがしてどこか羨ましい。やりたいことも見つけられず、ただこうしてうだうだと旧校舎に屯っては、華の女子高生を浪費してる私と比べたら。
「でもそれってそんなに焦ること?私たちまだ高一なんだよ?気が早すぎるよ」
私がもう一度大きなため息を吐く横で、光はパキパキと残っていたポッキーを口に押し込みながら言う。
せっかちな私と違って、光はいつもマイペースだ。
「いーや、高校の3年間なんてあっという間に終わっちゃうよ?!このまま大人になるの、なんか嫌だなーって思わん?!私たちまだ、全然青春みたいなことだってしてないし!やりたいことだって見つかってない!やだやだ!ずっと子供でいたい!」
駄々っ子のように喚く私を、呆れたような顔で光が見ていた。中身の無くなったポッキーの袋をぐちゃっと手の中で握り潰し、スカートのポケットに押し込みながら、光は空いた左手を私の方へ差し出す。
「じゃあまたやり直せばいいじゃん」
なるほど。その手があったか。大人になりたくないなら、ずっと子どもでいればいいんじゃん。
この学校の旧校舎にある時計台には、不思議な噂があった。時計のネジを1周分逆回しで回すと、1年分時間を巻き戻せるという噂だ。最初はただの都市伝説だと思っていた。……本当に1年前に、タイムスリップするまでは。
差し出された手を握った私を、光が引き上げる。
…でもこのまま、光を私のわがままに付き合わせていいんだろうか。
そのまま歩き出そうと一歩踏み出した光の手を、今度は私が引き寄せた。
「何?」
「……いいの?また光のこと、巻き込むことになるけど」
私はスカートの裾をぎゅっと握り締める。
もう何度目かさえもわからない。私たちはもう何年も、もしかしたら何十年も一緒にいるのかもしれない。子どものまま、大人になることもなく。
でも時々、心配になる。光はそれでいいのかって。
光の表情を伺おうとした瞬間に目があった。
それから光は、真っ直ぐにこちらを見ていた目を伏目がちにして、はあと息を吐いた。
「何を今さら。……何度だって付き合うよ。私は美沙がいればそれでいいし」
当たり前でしょと言わんばかりに、光が私の手を引く。
「じゃあ決まりだね!時計台に行こ!」
こうして私たちは、また何度目かもわからない青春の始まりへと、時を巻き戻すのだった。
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