第3話

文字数 1,493文字

 須藤の手腕で中学生になった幸子は再びぽつぽつとテレビに出始めた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 母は卑屈なほど須藤に頭を下げた。
「止めてください、由紀子さん。幸子ちゃんの頑張りですよ」
 須藤の言う通りだった。
 幸子は自分で仕事をとっていた。何人ものプロデューサーやディレクターに体を開きながら。
「だめだよ、こんなこと」
 何言ってんの、ホテルまで連れてきて。
 幸子はしらける。心折れそうになりながら、これも仕事だと続けた。
 いくじのない男は、幸子が寄せた体を遠ざける。幸子の細い両肩に手を置いて。
 男は視線をそらし、うつむいたままだ。
 でも、部屋を出ていったりはしない。何かを待っているのだ。
 若いディレクターの中には、こんなふうに土壇場になって幸子をいったんは拒否するものも多かった。
 いいわけがほしいのか。したくないフリをするのだ。
 しかし、幸子を盗み見るその視線はねっとりと濡れている。
 そして、幸子の短いスカートから伸びた足を、ふくらみはじめた胸を暗くじーっと見つめているのだ。
 テレビの国でキャスティングの権利を握る大人たちは高学歴のものが少なくなかった。若い彼らは案外「普通の女性経験」は乏しかったのかもしれない。幸子との経験も、とても普通のものとは言えないが。
 幸子は再び男に身を寄せ、自分よりもずっと大きな手を取り上げる。
 緊張しているのか、手の先が冷たい。
 男の肌は自分のそれよりずっと熱いものなのに・・・学習してきた幸子は不思議に思う。
 この男の胸も、この手先のように冷えているのだろうか。
 幸子は確かめたくなる。
 幸子はまずはその手を自分の胸にあてがう。男の手のひらは次第に動きだし、熱を発しはじめる。
 こうなれば簡単だ。
 幸子は、男の最も熱くなっているであろう部分に触れる。
「あっ」
 若い男は刺激になれていないのか、まだ羞恥が勝るのか、腰をひき、いったんは逃げようとする。
 しかし、幸子が諦めずに男のそこに手を添えると、今度は待ってましたとばかりに硬くなったモノを、幸子の薄く柔らかい手の平に押し付けるのだった。
 そんな男たちに幸子は大きく笑ってみせた。うれしいと言わんばかりに。
 迷いを振り切るのは簡単だ。ほんとはみんなそうしたいんだから。
 やりたくないほうへ誘うのは難しい。
 しかし、したいことをさせるのは簡単。節目節目に満面の笑みを浮かべてやればいい。
 幸子は中学にあがったばかりなのに、男たちの欲望を操作することを完全にマスターしていた。
 その結果の「お金の発生するお仕事」だった。
 男たちは幸子を抱いて金を払うかわりに、仕事を与えたにすぎない。
 ビジネスライクで小心な男たちの、それはわずかばかりのつぐない。まだ女として完成してない少女を一晩自由にした代償の小さな仕事。お情けみたいなものだった。
 須藤はその上前をはねていただけだ。
 母も全く気付いていないわけではない。
 でも、母はこう思っていたはずだ。
 幸子がもっとビッグになったら、この男はいらなくなる。そのときはひどい仕打ちで、こいつを捨ててやろう、と。
 たぬきときつねの化かし合いだった。
 しかし、母の思うようにことは運ばなかった。
 枕営業を連発した幸子の業界での評判はみるみる落ちていった。
 まだ中学生なのに、なんでもないことのように男に体を預ける幸子にオトナたちはすぐに飽き、次第に気味悪がりはじめた。
 幸子は再びテレビの世界から締め出された。
 幸子はまだ十六になったばかりだった。
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