かみなり地蔵
文字数 2,299文字
静かな所で、都会の騒音とは無縁なところが私はとても気に入った。
旅館では食事も美味しく、温泉も気持ちが良い。
もう少しここで長居をしたいと思うが、明後日からは仕事なので、明日には帰宅しなければならない。
帰る前にこの地方ならではの名所に寄ろうと思った私は、仲居さんに名所を尋ねた。
「それでしたら、ここからすぐの『かみなり地蔵』を見に行くと良いかもしれませんよ」
かみなり地蔵とは変わった名前の地蔵だと思った私は興味がわき、明日はその地蔵を見てから帰宅することにした。
かみなりと言うからには、漢字の『雷』に関する地蔵だろう。
どんな逸話があるのか興味がある。
何かしらの立て看板でもあれば良いのだが―――。
* * * * * * *
翌朝は晴天で、とても気持ちの良い一日を迎える事ができた。
旅館を後にした私は仲居さんに教えられた道を進み、目的地のかみなり地蔵へ向かった。
徒歩で3キロ程あるが、心地よい日差しが私の気持ちを陽気にさせてくれる。
農道を歩いていると、田園がどこまでも続き、カエルの鳴き声は至るところから聞こえてくる。
都会の騒音ならば嫌気がさす音だが、こののどかなカエルの合唱は何故か昔を思いだす懐かしい感じにさせてくれる。
目的地までの探索を満喫した私は、ついにかみなり地蔵の前に到着した。
小じんまりと地蔵がポツンと農道の横に置かれていた。
頭や胴体は苔が付着し、ほとんど手入れがされていない様子で、とても名所の地蔵とは思えない。
地蔵の前には、何もお供え物が置かれていない汚れた皿があるだけだった。
私の想像では、もう少し観光地のように
地蔵の周りを注意深く観察していると、地蔵の背面に根本から折られた立て看板があった。
私はこの地蔵がどんな
しかし、看板はかなり古い木材で創られていたため、文字は所々が消えて読むのは困難だった。
なんとか読める言葉は『頭、
「頭を擦る……」この地蔵の頭を擦ると、何かしらのご利益があるのだろうか?
地蔵を注意深く見てみると、頭の苔の下に小さなトゲトゲの突起が無数にあった。
地蔵というのは、全てが丸坊主という先入観があった私は、この地蔵に急に興味が湧いてきた。
頭に付着していた苔を綺麗に取り除くと、短い突起物で創られた髪があった。
そこで私はかみなり地蔵の名前の意味に気づいた。
『かみなり』の意味は『雷』ではなく『髪』の方なのではないだろうか?
しかし、そうなると『かみなり』の『なり』とはどういう意味なのだろう……?
―――数分くらい『なり』の意味を考えたが、一向に答えが思い浮かばなかった。
そこで看板に書かれていた『頭、擦る』という言葉から、私は地蔵の髪の部分を擦るとご利益があるのではないだろうかと思った。
私は年齢的に髪の毛が薄くなっているので、増毛の効果があればという淡い願いを込めて地蔵の頭に手を当てた。
優しくゆっくりと地蔵の髪をなでるように擦った。
「痛っ!」
細かな地蔵の髪をゆっくりと擦っていたのだが、何箇所か鋭利な刃物のように尖った突起物があり、私は手の平に切り傷を負ってしまった。
傷ついた場所からは思いのほか血が流れだし、その血液が地蔵の頭に数滴垂れた。
私はなんて罰当たりな事をしてしまったのだろうと、ハンカチを取り出し地蔵に付いた血を拭き取ろうとした瞬間、額に激痛が走った。
髪の毛の生え際と額の間が、まるで刃物で切りつけられたかのような痛みだった。
私はあまりの激痛に前かがみに倒れた。
何故いきなり私の額は切られたのだろうか……?
周りには人の気配などはない。
カマイタチでも起きて額を切られたのだろうか?
そんな事はあるはずがない。
私は自問自答していると、更なる激痛が私の頭部を襲った。
髪を真上に引っ張られる感覚。
しかし、誰も私の髪などを引っ張ってはいない。
髪自体が真上に引っ張られている。
「うあああああああーーーっ‼️」
メキメキと私の額から異様な音が聞こえだした。
その音は私の額を切った場所から徐々に、地肌が髪を引っ張られめくり上がってゆく音だった。
両手で髪を押さえつけても、引っ張る力が強く私の力では抑え込む事ができない。
このままでは私の髪が地肌ごとめくれ上がってしまう。
そんな窮地の中で私は『かみなり』の『なり』の部分の意味がわかった。
『なり』とは『成り』なのではないだろうか。
将棋で駒が裏返しに成るように、髪の毛が成るという意味なのではないだろうか。
そして、立て看板に書かれていたのは「頭を擦るな」という事ではないか?
私の考察が正解なのか不正解なのか、現状ではどうでも良い。
とにかくこの現状を打開しなければ、私は最悪死んでしまう。
しかし、私は何の抵抗もできず、メキメキと頭の地肌を剥ぎ取られた。
そして意識は遠のいていった。
* * * * * * *
目が覚めると私は病院のベットの上で寝ていた。
その日の夜、刑事が私の所にきた。
刑事の話では、私は地蔵の前で倒れていたらしい。
毛髪がある部分は全て地肌から剥ぎ取られ、その毛髪と地肌の塊が団子状に丸められ、地蔵の前の皿に置かれていたようだ。
しかも私に地蔵の場所を教えた仲居は、その旅館には最初から存在しなかったらしい。
信じられない現実に私は打ちのめされた。
刑事には私が経験した事を事細かく説明したが、信じてはもらえなかった。
――――たぶんこの事件は未解決で終わるだろう……。