第49話 労働義務指数

文字数 1,115文字

「え? それって、嘘書いていいの?」
「別に嘘じゃないしィ~。ただ『ストレス値』って、結局『どう感じるか』ってことじゃん? それに、高めに書いた方が、法定労働量が少なくなるもの」

 チエは、そう言って笑った。

 確かに彼女の言う通りだ。<労働における精神的負荷>の項目は、主観的なもので、結局のところは本人のお気持ちだ。そもそも、思ったように書いていい項目なのだ。
 しかし、「高めに書く」のは違うんじゃないか。

 全労働者が、社会的な需要、本人の能力と適正と技能習熟度、社会貢献度、そしてどの程度の精神的負荷を感じるか、から「法定労働量」としてスパコンにより算出された適正労働量だけ働く超労働コントロール社会では、<精神的負荷>の項目も、平等感を作り出す重要な因子(ファクター)の一つだ。だからこそ、全ての労働者が、毎月その労働に対してどのくらいストレスを感じるかを、わざわざ書面で役所に提出することになっているのだ。

 そうして、この労働コントロールシステムが存在するからこそ、過労死や待遇の不平等、雇用主による搾取やパワハラなどがなくなり、全労働者が安全に働くことができ、平等に扱われ、給与格差が生じていないのだ。

 そう、私はこの労働コントロール社会を信用している。信用しているからこそ、私自身は自分の<労働における精神的負荷>の項目を、ずっと正直に書いてきた。

 その私にとって、チエの言葉は不快だった。不平等、という言葉が頭に浮かび、自分が大切にしていたものを汚されたような、嫌な気分になった。

 だから私は「この後用事あるから。じゃね」とだけ言って、チエを残してさっさと更衣室を後にした。
 そしてそれが、チエとの最後の別れになった。

 私と別れた後、帰宅途中の交通事故で、チエは亡くなったのだ。

    *    *    *

 告別式の席で、チエのお母さんが弔問に来た保険会社の人間と思しき男に食って掛かっていた。
「どうして、こんな額なんですかっ!? 犬や猫じゃあるまいし! 人がひとり死んでいるんですよっ! 大事な娘が……」
 そう叫んで涙をぼろぼろ流すチエのお母さんに、男は冷静に言い放った。
「死亡保険額は、法定労働量により決定しますので、お嬢さまの場合はこの額となります。ご了承ください」

 やりとりを見ていた人たちのなかの、誰かがぼそりと言った。
「しょうがないよな、平等なんだから」
 そう、一見、平等に扱われても、どこかで命の値段の格差はでるのだ。そうしないと、帳尻が合わないから。

 そう思っても、私の中には釈然としないものが残った。

 そもそもこのシステムを考えた、運営している人は、その仕事に対して、どのような評価を受けているのだろう?

(終わり)
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