第3話 自由の猶予

文字数 15,242文字


インヴィズィブル・ファング参
自由の猶予


 そのために死ねる何かを見つけていない人間は、生きるのにふさわしくない。

          キング牧師



































 第三牙【自由への猶予】



























 「おい、何だよ?」

 「・・・・・・」

 じりじりと近づいてくる侑馬に、友也は危機感を覚えていた。

 だが、気付くと壁際に追いやられていた。

 侑馬は友也の顔を手で掴むと、友也は力一杯それを振りほどこうとする。

 それでも解くことが出来ないままでいると、侑馬は友也の顔を掴んでいる手を動かし、友也の首が無防備な状態になる。

 「!?」

 そして、そこに吸い寄せられるかのようにして、侑馬が口を少し開きながら、友也の首筋に噛みつこうとした。

 そのとき、何やら音が聞こえてきたかと思うと、侑馬の顔に蝙蝠が二匹、ばさばさと羽根を動かしていた。

 わずらわしく感じた侑馬は、それを払いのけようとして、友也を掴んでいた手を放してしまった。

 その瞬間、友也は思いっきり走りだし、とにかく侑馬から逃げようと必死だった。

 「はあっはあっ・・・!!なんなんだよ!一体!!!」

 「・・・・・・」

 友也に逃げられてしまった侑馬は、まだ自分に向かってくる蝙蝠を素手で捕えると、地面に向かって投げつける。

 そして逃げた友也を追いかけるべく、シャルルへと姿を変えて飛ぶ。

 『ハイド、大丈夫?』

 『大丈夫。それより、早く行かなきゃ』

 『そうだね、急ごう』







 「だー、もう、ダメだ。なあミシェル、お前なら簡単に開けられるだろ?」

 その頃、まだ地下室から出られていなかったヴェアルとミシェルは、どちらが開けるかで謎の攻防をしていた。

 「あーあ。モルダンは私を探しに来てくれないのかなー。猫なんだから、どっかの部屋からここに通じてる道でも探して、ぴょいって顔出してくれればいいのに」

 「あのなミシェル、今それどころじゃないんだぞ。ここから出ないと、俺達もどうなるか分からないんだ」

 「まったくやんなっちゃうな。どいつもこいつもシャルルのことは強いとか、ヴェアルのことは優しいとか、なら私のことも可愛いとか魔女っ子とかミステリアスとか、なんか言ってくれもいいじゃない」

 「お前はミステリアスではないからな。それに、自分で優しいだの可愛いだの魔女っ子だの言ってる間は、誰にも言ってもらえないぞ。それより、ここをだな」

 「あーあー。ヴェアルってばいつからそんなにシャルルみたくなっちゃったのよ!私はね!シャルルよりもずっとずっとモルダンとハンヌと一緒に暮らしてきたし、ずっとずっと可愛がってるのよ!?なのになんであっちに行っちゃうかな!!」

 「分かった分かった。俺がこの折れた腕でここから出してやるから」

 いい加減面倒になってしまったヴェアルは、折れた腕を少し動かし、なんとか動くことを確認すると、出口に向かう。

 何度かドンドン、と叩いてみるが、やはりどうしても開かない。

 仕方ないと、ヴェアルは先程シャルルと戦ったときのように、肩腕(折れていない方)だけを狼化させる。

 「ミシェル、ちょっと下がってろよ」

 「はーい」

 下手をしたら、ここの地下室が壊れてしまうかもしれないが、きっとそんな脆い作りにはなっていないはずと信じ、ヴェアルはもう一度、その腕で押す。

 同じ個所を、何度も何度も押し続ける。

 ぎっぎっ、と木の軋む音が聞こえると、ヴェアルはここぞとばかりに、さらに力を込める。

 「よしっ・・・!もうちょっと!」

 軋む音が激しくなってくると、がらがら、と木の破片がヴェアルの足下に落ちる。

 ミシェルは少し離れた場所で手で頭を押さえている。

 「!!崩れるぞ!!」

 ヴェアルの言葉と同時くらいに、木の板は次々に落下してきて、ヴェアルも間一髪のところでそれを避ける。

 「わー。後でシャルルに怒られるかもね」

 「どうせ直すのは俺だろ」

 「そっか」

 まずはヴェアルがミシェルの踏み台になり、ミシェルが脱出した。

 その後ヴェアルが自力で脱出したときには、ミシェルはモルダンとハンヌを抱擁していた。

 振り返って出てきた場所を見ると、思ったよりも壊れてなかったことが分かり、ヴェアルはなんとなくホッとした。

 「ん?」

 ヴェアルも、ストラシスとの再会を楽しもうと思ったとき、外から何か声が聞こえたような気がした。

 ミシェルを呼んで外に出てみるが、そこには霧以外何も見えない。

 しかし、何かがいる気配がして、ヴェアルは霧の奥へと進んで行く。

 その後ろを、ミシェルがヴェアルの背中に隠れながら着いて行く。

 「止まれ」

 ふと、ヴェアルが足を止め、耳を澄ます。

 「・・・・・・」

 その様子に、ミシェルも静かにしていると、向こう側から何かの影が近づいてきた。

 まさかシャルルか、と思ったヴェアルとミシェルが構えようとしたとき、それがシャルルではないことが分かる。

 「!友也!?」

 「だーーーーーもう!!なんなんだよあいつ!わけわかんねっ!てかお前!この前の!」

 「わっ。久しぶりー」

 全速力で走ってきた友也と合流した二人だが、友也がこの前ヴェアルと一緒にいた男が襲ってきたと言ったため、ヴェアルは友也の腕を引っ張る。

 「わっ!なんだよ!」

 「逃げるんだよ!」

 この霧の中、逃げると言っても城しか逃げ込める場所はなく、とりあえず城へ入る。

 そして、今までは一度だってかけたことのない扉の鍵を閉めようとするが、あまり使ってなかったからか、錆びていて鍵をしめるのに時間がかかってしまった。

 それでも何とか閉めると、ヴェアルは階段を支えている場所の隠し扉を開け、そこに友也とミシェルを押し込み、最後に自分も入った。

 「しっ。静かにしてろ」

 「おい、どうなってんだよ。お前ら、友達じゃねえのか?なんで俺は襲われなくちゃいけねえの?てかこいつ誰?」

 突然のことで何がなんだか分からない友也は、ヴェアルに向かって次々に質問を投げかける。

 ヴェアルの横にいるミシェルを見て怪訝そうな顔をしつつ、床に座った。

 「えっと、話せば長くなるんだけど、とりあえずこいつはえっと、ミシェル」

 「ミシェルでーす」

 「何?外国人?」

 「まあ、そんなとこ」

 全てを説明するにはあまりに複雑で、だからといって誤魔化せる自信もなく、ヴェアルはおおまかに説明を始める。

 ここは侑馬の家であるとか、ヴェアルは友達で、ミシェルは居候だとか。

 けど実はあの侑馬は偽物で、本物はどこにいるか分からないとか。

 昔出会ったことや、友也の記憶を消したことなどには一切触れず、なんとか友也を納得させようと懸命に努力したヴェアルだが、納得してもらえるはずなかった。

 「意味不明。てか何?お前光じゃなくてヴェアルって名前なの?日本国籍じゃないってことか?」

 「こ、国籍?」

 「偽物ってなに?前にあいつと会った時も、あんな感じで無口で無愛想だったじゃんか。まあ、さっきはさすがになんかやばいなって思ったけど」

 「いや、だからさ」

 ヴェアルの方がたじたじ状態。

 以前、人間として接していたときは、もうちょっとだけ優しかったような。

 「五月蠅い男ね」

 「はあ!?お前なあ、こっちは何もかもがちんぷんかんぷんなんだよ!事情知ってるお前らと一緒にすんじゃねえよ!!」

 「小さいことをいつまでも愚痴愚痴愚痴愚痴言うなんて、ケツの穴の小さい男ね!察しなさいよ!そういう状況でしょ!?」

 「てめぇ!女だからって俺ぁ容赦しねぇからな!まじでその元から変な顔、もっとボコボコにしてやるからな!!」

 「しっつれいね!!私のどこが変なのよ!あんただって、その辺の犬のフンみたいな顔してんじゃないのよ!!!」

 「んだとおおお!?おいこら!表ぇ出ろ!」

 「いや、出ちゃダメだからね。二人とも、ちょっと静かに出来る?」

 「「うるさい!ヴェアル!(光)!」

 その時、ガン、ガン、と大きな音が響き渡った。

 何か固い物を叩いているような、力一杯何かを壊しているような、そんな音だ。

 「鍵がかかってるからだ。静かにしないと、本当にシャルルに見つかるぞ」

 「は?何?あいつも名前違うの?お前等不法滞在でもしてるの?」

 ヴェアルから受けた説明がまったく理解出来ないのか、それとも受け入れられないだけなのか、友也は苛々していた。

 この隠れ部屋は、扉が二つある。

 もし仮に、シャルルが一方から入ってきたとしても、逃げ道があるのだ。

 その出口を確保しておこうと、ヴェアルが動き出す。

 その間も、扉を開けようとする音は、激しさを増す。

 ガン・・・ガン・・・ガン・・・

 「あれ?」

 ぴた、と音が止まってしまい、まさか諦めてくれたのかと思っていた三人。

 ホッとしたのも束の間、続いて聞こえてきた大音量に、思わず三人は顔を見合わせる。

 ガラガラ・・・コツ、コツ、コツ・・・

 シャルルが、扉を壊して城の中に入ってきたようだ。

 静かな部屋の中、きっと外にはジキルとハイドを始め、他のみんなは隠れているのだろうが、シャルルの足音だけが冷たく響く。

 友也がくしゃみをしそうになれば、ヴェアルとミシェルで友也の口を塞ぎ、ヴェアルの足が痺れたときは、触れないように注意したり・・・。

 「にゃあ」

 こつこつと聞こえている中、突如聞こえてきた可愛い可愛い猫の鳴き声に、ミシェルは反応しないはずがなかった。

 「モルダ―――――――ン!!!!」

 「ミシェルッ・・・!!」

 止めようとしたヴェアルだが、遅かった。

 ミシェルはモルダンの声に即座に反応し、すでにシャルルの前に姿を見せてしまった。

 「おい、あの女馬鹿だろ」

 「否定はしないよ」

 「ごめーーん!!!」

 謝りながらも、ミシェルは急いでヴェアルの後ろに隠れるが、すでに三人ともシャルルに見つかってしまった。

 すでに、シャルルには敵わないことが分かっているためか、ヴェアルもミシェルも立ち向かおうとはしなかった。

 だが、一人だけ分かっていない男がいる。

 「おいおいおい!てめぇ一体何もんだ!?名前まで嘘つきやがって・・・。ただじゃあおかねぇからな!!!」

 「友也!お前引っこんでろ!」

 「・・・・・・」

 ずいっと前に出てしまった友也の腕を引くも、友也は抵抗する。

 すると、シャルルは少しだけ口角をあげて、一気に友也に詰め寄ると、友也の顔面を蹴ろうとした。

 「あぶねっ!」

 ヴェアルが友也の腕を引っ張り、バランスを崩させたことで、なんとか避けられたが、シャルルはすぐに体勢を立て直す。

 「友也!お前死にてぇのかよ!?」

 「うるっせえな!ならあいつを倒せよ!」

 「俺だってまともにやりあえるなら戦いたいけど、もう俺身体ボロボロだかんな!?馬鹿にすんなよ!?片腕折れてんだかんな!?」

 ぎゃーぎゃーと喚いていると、シャルルが遠慮なしにヴェアルの襟足を掴み、後ろに引っ張る。

 そして後ろに仰け反ったヴェアルの顔に向けて爪を立て、貫こうとする。

 だが、友也がシャルルの顔の横にミシェルを投げたため、ヴェアルは解放された。

 「ちょっと。私の扱いなんなの?」

 シャルルはコキコキと首を鳴らし、ヴェアルたちに向かって来ようとした。

 しかし、ここで思わぬことが起こった。

 「!?」

 「なんだ?」

 シャルルの城の中、薄らとしたその空間にある中央の階段は、ある程度上ったところで左右に分かれている。

 そこに置いてある、邪魔なほどに大きな鏡が、急に光ったのだ。

 そこからぬうっと気体か何かが出てきて、四人は思わずそこに集中する。







 「やれやれ。ようやく出られたと思ったら、このありさまか」

 「シャルル!!」

 「ほ、本物!?」

 鏡から姿を見せたのは、シャルルだった。

 しかし、その身体はぼんやりとしていて、まるでそこに本体がないかのよう・・・いや、実際ないのだ。

 だがしかし、そこにいるのは確かにシャルルだ。

 「ちょっと、本当にシャルル?また偽物じゃないでしょうね?」

 ミシェルがヴェアルに隠れながら、目の前にいるそれに向かい、眉間にシワを寄せながら問う。

 すると、そこにいるシャルルはミシェルを見て、舌打ちはするわ、見下すわ、しまいには罵倒し始める。

 「本当に貴様という奴は頭のネジがぶっ飛んでいるな。いや、ネジに失礼かもしれん。そもそもどうして俺がこんな目に遭っているのかも知らない奴に、俺が本物か偽物か言うのも不愉快だ」

 「ほ、本物のシャルルだ!あの罵倒し具合はシャルルだ!」

 どこでシャルルと確認しているのかと首を傾げてしまうが、とにかく本物だと認識出来たらしい。

 「なぜそいつがここにいる」

 「ん?」

 半透明のシャルルが、友也を見ながら、顎でくいっと示す。

 「いや、話せば長くなるんだよ」

 「ならいい。大体のことは分かる」

 説明する心算でいたヴェアルは、あっさりしたシャルルの対応に少し沈みながらも、いつものシャルルだと安心もした。

 一方、自分が出会った侑馬、今はシャルルだが、その男と同じ顔で同じ姿をしているが、雰囲気はまるで違う二人を見比べていた。

 そして眉間に手を当てて険しい顔をしていると、ミシェルが近づいてきた。

 「あっちが私達の言ってる本物のシャルルね。性格も口も悪いでしょ?」

 あのシャルルが、さっきまで自分達を襲っていたシャルルに身体を取られちゃったから、あんなふうに不透明なんだよ、と教えられ、なんとかそれで自分を納得させることにした。

 「シャルル、どうやって身体戻してもらうんだ?」

 「ふん。どうするもこうするもないだろう」

 「え?」

 不透明のシャルルは、ふよふよと空中を飛んでもう一人のシャルルにこう言った。

 「俺の身体を返してもらおうか」

 「・・・・・・」

 何も言わないシャルル、いや、シャトーに、シャルルはシャトーにではなく、自分の身体に向けてこう続けた。

 「俺の器にふさわしのは、俺の魂だけだ」







 「ま、いずれにせよ、シャルルの身体に適応は出来ないだろうからね」

 ヴェアルの言葉に、再び友也は首を傾げると、ヴェアルが苦笑いをした。

 「肉体と魂は、あくまで二つで一つを形成してるんだ。つまり、肉体と魂が離れた時点で、その身体は本来あるべく姿形とは異なってしまう」

 肉体と魂がひとつであったとき、その身体は一人の存在としてそこに有ることが出来る。

 だが、別の魂、もしくは別の肉体と一つになってしまった場合、違和感を覚え、拒絶反応として、最悪亡くなってしまう。

 「シャルルは一刻でも早くあの本体に戻る必要があるし、逆にあの偽物も早くあの身体から出ないと、魂共々消えてしまうかもしれない」

 シャルルの登場に、シャトーは一歩後ずさるも、違和感を覚える。

 先程まではある程度自分の意識の元動いていたシャルルの身体は、なぜか抵抗をし始めていた。

 腕をあげようと思えば、それを阻止するかのように反発する力が発生し、その力は強いものではないが、スムーズに動かせなくなっているのは確かだ。

 「お前にその身体は扱えない」

 「・・・・・・」

 拒絶反応なのかわからないが、シャルルの本体の身体がブブブ、とブレ出す。

 それを見て、シャルルは当然だと言わんばかりに鼻で笑うと、シャトーに近づいてグイッと顔を近づける。

 「俺の“血”は、誰にも渡せない」

 ぞわっと、血の気が引くような感覚に襲われたシャトーだが、それは気のせいではなかった。

 一気にぐわん、と視界が反転したかと思うと、いつの間にかシャトーは城の床に横になって倒れていた。

 何が起こったか分からなかったシャトーだが、それと同時に自分の身体がふわっと宙に浮き始めた。

 「やれやれ」

 ふと、ヴェアルたちは目の前にいたはずのシャルルがいなくなっていることに気付き、辺りを見渡してみると、シャルルは階段の鏡付近にある手すりに腰掛け、片足を曲げて首をコキコキと動かしていた。

 そのシャルルは、さっきまでの不透明とは違い、今度はしっかりとしていた。

 だが、シャルルの身体から出てきた少女の身体は不透明になっていて、こちらを睨むこともなく、ただ見つめている。

 「吸血鬼の血が、シャルルを呼びよせた?」

 「は?どういうこと?」

 「俺が知るかよ。けど、本人が現れてすぐに身体から追い出されたってことは、それだけ吸血鬼の血は強いんだ」

 もうちんぷんかんぷんな友也は、ヴェアルの言っていることなんて右から左へと流している。

 「・・・・・・」

 そのとき、シャトーは急いで鏡の中へと戻ろうと、飛んで行く。

 「ミシェル」

 「はいさ!」

 シャルルが気だるげにミシェルの名を呼ぶと、ミシェルは杖を出して、その大きな鏡に扉をつけてしまった。

 逃げ込む場所が無くなってしまったシャトーは、天井近くに逃げてシャルルを見つめる。

 ちら、と友也を見たかと思うと、シャトーは友也に向かって一気に急降下する。

 「!!友也!」

 ヴェアルが気付き、友也を助けようとするが、それよりも早く、シャトーの不透明な身体を、シャルルが蹴り飛ばした。

 ソレを見て、ヴェアルだけでなく、シャトー自身も驚いていた。

 少女相手だというのに、容赦なく蹴られたためか、シャトーは壁に身体をめり込ませていたが、怪我はしていないようだ。

 「どうして」

 「なんだ?」

 少女の呟いた声は、小さかったがシャルルたちの耳に聞こえてきた。

 シャルル以外は初めて聞いたが、少女の声はとても柔らかいもので、とてもじゃないが、シャルルの身体を乗っ取った張本人のものとは思えなかった。

 「どうして邪魔をするの。私はただ、欲しいだけなのに」

 「はっ。くだらんな」

 真っ向から否定され、シャトーは少しムッとしている。

 「貴様が鏡の中にその存在として産まれたのなら、鏡の中にいるからこそ意味があるということだ。俺の身体に入り、俺の代わりにこの世界を、ましてや俺の代打として生きて行こうなどと勝手なことをされては、摂理に反するというものだ。実に迷惑だ」

 「・・・あなたは知らない。あの中はとても退屈。私はいつも一人・・・」

 眉をハの字に下げ、寂しそうにしているシャトーが、なぜかここにいるシャルル以外の全員が可哀そうに思えてきた。

 「シャルル、分かってあげよう。きっとこの子だって悪気はなかったんだよ」

 「そうよシャルル!シャルルよりもはっきりいって優しかったし!!時々身体貸してあげなさいよ!!」

 「俺も同感だ。交代交代とかありじゃね?」

 次々に述べられた言葉に、シャルルは赤い目で三人のことを睨みつけた。

 瞬間、大人しくなってしまった三人に、シャルルは正座をするように命令をした。

 正座など慣れてはいないし、板になっているため、すぐに足は痛くなってきて、さらには痺れてくる。

 「この馬鹿共は・・・。貴様、自分が一人だと言ったな?だが、貴様は一人じゃなかったはずだ」

 「ど、どういうこと?シャルル。いや、痺れてきた。足伸ばしていい?」

 途中で手をあげて、痺れる足をぴくぴくさせながら訴えたヴェアルだったが、シャルルは無言で近づいてきて、正座をしているヴェアルの背中に座った。

 シャルルの体重が乗っかったことにより、足への刺激が強まり、さらには前傾になる。

 そんなことは露知らず、シャルルは腕を組み、片足を曲げて足首のことを反対の足の太ももに乗せている。

 「ある意味拷問ね」

 隣で悶えているヴェアルを見て、ミシェルは大人しくしようと誓うのだった。

 「月桂樹があったな。実に立派なものだった。それは友人ではないというんだな」

 「いやシャルル、それ木だろ?友人もなにもなくね?」

 「黙っていろ」

 「はい」

 なんとも素直なヴェアルは、もう足の痺れが限界を越えたのか、感覚がなくなっていた。

 隣でミシェルがちょいちょいとイタズラで足をいじってくるが、それさえなにも感じないほどに。

 「きっとあいつは、貴様がこっちの世界で生きたいと言えば、それを望むのだろうし、願うのだろうな。だが、貴様はあいつのことなんて知らん顔。自分が幸せならそれでいいと、そういう考えなわけだな」

 「・・・・・・」

 「それは実に自分勝手というものだ。ああ!そうか!貴様は所詮、あの月桂樹をただの樹と同様だと思っているわけだな!それならば納得がいく!」

 シャルルは、乗っていたヴェアルの背から下りると、シャトーに向かって歩き出す。

 ようやく重みがなくなったヴェアルだが、もう足は痛いのか痒いのか、くすぐったいのかさえ分からなくなっていた。

 ばさっとマントを広げながら、シャルルは妖艶に微笑みながら見下す。

 「麗しいことだ。己の欲だけを求め生きられるとは・・・。魔境の中にいる意味さえ分かっていない貴様に、魔境の番人を任せることは出来んな!あいつも貴様よりもっと優秀で自分のことを思いやってくれる奴といる方が、ずっと幸せだと感じることだろうな!」

 「・・・どう言う意味」

 顔を少しあげ、シャトーは自分のことを見下しているにも関わらず、シャルルのことを見つめる。

 睨み返してやればいいのに、と思っていたのはミシェルだけだろうか。

 「魔境とは、遥か昔から森羅万象を司ってきた、いわば、基盤ともいえよう」

 シャルルの言っていることが良く分からず、ヴェアルもミシェルも、当然友也も首を捻っていた。

 「いつから存在しているのか、どこで生じたものなのか、それさえ解明されていないもの、それが魔境だ」

 発見されたときから、不吉をもたらしてきた魔境だが、事実、魔境を手にした者には災いが起こっている。

 しかし、それは全員に起こっているわけではなく、魔境の手入れをしていなかったり、乱暴に扱う、魔境の悪口を言うなどした場合に起こるのだ。

 吸い込む場合もあるが、この場合、吸い込まれた人は鏡の中に入ると言うよりも、鏡の一部となってしまう。

 魔境はそもそも普通の鏡であり、それよりももっと穢れのない鏡だったという一説もあるが、そういった人達の感情や欲などによって穢され、魔境へと姿を変えたとも言われているのだ。

 世の中の全てのことを映し出す鏡として、一時、とてつもなく値があがり、闇取引をされていたこともあったそうだが、その誰もが姿を見せなくなった。

 「本来の魔境は、世の中の穢れを吸い込むことだったが、あまりに薄汚れた人間が多くなり、その姿を変えた。貴様は、世の浄化を認められたにも関わらず、退屈だの不幸などと嘆き、その任務を下りようとしている」

 「そういうことか」

 足の感覚が戻ってきたヴェアルは、足を伸ばしてツンツンと突いてみる。

 「まったく意味わかんね。てか、魔境って何?さっきから普通に会話に出てきてるけど、魔境ってなに?」

 「まあ、あんたには分からなくても良いことよ」

 友也に説明するのが面倒になったのか、ミシェルはもう足を崩して暇そうにしている。

 それを見て、友也も足を崩し胡坐をかいた。

 「貴様がそんなに戻りたくないというなら、仕方があるまい。月桂樹にそう告げてくるとしよう。奴は貴様がいなくなってからも、自分の存在意義を探し、そして浄化という任を全うしようとしているというのにな」

 「・・・・・・」

 シャトーが黙り込んでしまうと、シャルルがちらっとミシェルの方を見て、というよりは半ば睨みつける。

 すると、ミシェルはちょっとだけシャルルを睨み返すが、シャルルの睨みの凄味に負けて、大人しく杖を出した。

 そしてシャラン、と呪文を唱えると、シャトーの周りにDNA螺旋のような光が現れ、シャトーの身体を縛った。

 動きを封じられてしまったシャトーだが、前のめりに倒れた姿勢からでも、顔を上げてシャルルを見上げる。

 そんな少女に対し、シャルルは片足を上げると、シャトーの肩に置いた。

 「ちょっとシャルル!」

 ソレを見て、真っ先に声を荒げたミシェルだが、シャルルの腰部分に抱きついて、なんとか足をどかそうとするも、ぴくりとも動かない。

 「どうする」

 「・・・・・・」

 シャルルの問いかけに、シャトーは視線を落とすこともなく、シャルルから視線を外すこともなく、見ていた。

 一分も経っていないだろうが、とてつもなく長く感じた。

 その時、シャトーが目を閉じた。

 「戻る」

 「それで良い」

 シャトーにかけていた足をどかすと、シャルルはシャトーの身体に巻きついている光を掴み、階段をあがっていく。

 鏡の前にぽいっと座らせると、鏡についている扉を消すようにミシェルに言う。

 「もう!本当に勝手なんだから!」

 文句を言いながらも、後で何をされるか分からないため、ミシェルは大人しく扉を消す呪文を言う。

 ぽん、と消えると、シャルルは身体を屈めて、シャトーを縛る光に噛みつく。

 すると、光は粉々になって消えてしまった。

 立ち上がると、シャトーは鏡に右手を伸ばし触れる。

 ぽやん、と鏡に水面に見られるような波形が現れ、シャトーは左足を鏡に入れる。

 全身が鏡の中に入っていくとき、シャルルの方を振り返る。

 「・・・・・・」

 「・・・二度と来るな」

 小さくコクン、と頷いて、シャトーは鏡の中の世界へと戻っていってしまった。







 「シャルル酷い!あんな言い方しなくてもいいじゃない!あの子だってきっと色々あんのよ!女には色々あんのよ!」

 「はっ。女らしかぬ奴が騒ぐな」

 「むきーーーーー!!!なによそれーー!!!あんたねええ!!!!」

 シャルルに飛びかかりそうになったミシェルを、ヴェアルが後ろから羽交い絞めしてなんとか押さえる。

 そんなミシェルの方を一切見ようともせず、シャルルは階段を下りて行くと、いつものように椅子に腰かけ、足を組み、頬杖をつく。

 手足をバタバタさせ、まるでまだ飛び方を知らない小鳥のように暴れているミシェルに、ヴェアルは苦笑いしながら言う。

 「あれは、シャルルなりに頑張れって言ったんだよ」

 「そんなわけないでしょ!どうしてあれが頑張れに変換できるのよ!ヴェアルってそんな便利な自動変換出来る耳なの?」

 「不器用だからな。素直に『月桂樹と仲良く頑張れよ』なんて言えるわけないだろ?」

 それでもまだぶーたれていたミシェルだが、ばたつかせていた手足を止め、身体を捻ってヴェアルの腕を強引に振りほどいた。

 そしてシャルルの方を睨みつけていると、さっそくモルダンがシャルルに抱っこしてもらおうと、ジャンプしていた。

 ジキルとハイドも、久しぶりのご主人の帰還に、ワインを用意したあと、シャルルの肩にとまって擦り寄っていた。

 ジキルとハイドを愛でたあとで、ワインを一口飲むと、シャルルも微かに笑っていた。

 「にゃあ」

 「まったく。しょうがない奴だ」

 そう言いながらも、シャルルは自分の膝の上で丸くなり、気持ちよさそうに目を瞑っているモルダンの背を撫でる。

 「モルダン・・・」

 「どんまい」

 そんな光景を、少し離れた場所から見ていたミシェルは呆然としており、そのミシェルの肩に手をポンと置いて、ヴェアルは軽く励ました。

 そういうヴェアルのもとには、ストラシスが飛んできて、戯れ始める。

 ミシェルのところにもハンヌが来ているのだが、相変わらず主人のところよりシャルルのところの方が居心地が良さそうなモルダンに、ブロークンハート。

 「なあ」

 そんな、再会を楽しんでいた三人の耳に、忘れていたもう一人の声が届く。

 「俺、帰りたいんだけどさ、どっから帰れんの?」

 「・・・なぜこいつがいる?」

 「え?気付いてなかったの?」

 そういえばいたような気もするが、シャルルはまったく気にしていなかったようだ。

 ヴェアルが簡単に説明をすると、シャルルは面倒臭そうにシッシッと手の甲を友也に向け、またワインを飲む。

 「ヴェアル、こいつを帰してこい」

 「え、俺?」

 ほら、と言って、シャルルに渡されたのは、小さなカプセルだった。

 きっと、友也の記憶を消すものだろう。

 自分たちの存在が人間たちに見つからないよう、これまで慎重に動いてきた。

 これからの為にも、友也には忘れてもらわないといけない。

 「わかった」

 行こう、と言って、ヴェアルは友也の背をとん、と叩き、城の外へ連れ出した。

 「ヴェアル」

 「なに?」

 シャルルに呼ばれ、ヴェアルは顔だけを動かしてシャルルの方を見ると、シャルルはくいっと顎でその場所を示しながら、こう言った。

 「戻ったら扉とそこ、直しておけよ」

 「・・・うん」

 やっぱり自分が直すのかと、ヴェアルは戻ってきてからの方が憂鬱になりそうだ。

 友也を送る為、霧の中を歩いていると、友也がヴェアルに尋ねてきた。

 「なあ、俺って、此処に初めて来たよな?」

 「え?ああ、うん」

 「そうだよな・・・」

 「?どうかした?」

 うーん、と眉間にシワを寄せながら、腕組をして何か考えている友也。

 「俺、なんか此処に来たことがあるような気がするんだよな。けどそんなわけないもんんな。気のせいか」

 「・・・うん、気のせいだよ」

 友也の記憶は確かに消したはずだ。

 シャルルやヴェアルと出会ったときのことも、何があったかも、此処がどこなのかも。

 記憶が戻るなんてこと、これまで聞いたこともないし、まさかとは思った。

 人間の脳にある海馬だけでなく、シャルルたちに関する記憶と言う記憶全て、バクに頼んで食べてもらった。

 霧を抜けて、友也の住んでいる人間界へと着くと、ヴェアルはシャルルから受け取った薬を混ぜた飲み物を友也に渡した。

 何の疑いもなくそれを受け取ると、友也は手を振りながら去って行った。

 後姿をしばらく見ていると、飲み物を飲んだのが見えたから、大丈夫だろう。







 三日後

 「ヴェアル、まだ直ってないのか」

 「一つ言っていいか?これって、俺だけのせいじゃなくね?扉を壊したの、厳密に言えばシャルルだしさ」

 「さっさと直さないと、ストラシスを焼鳥にして食うぞ」

 「待ってろよストラシス!!!絶対にお前を焼鳥になんかさせないからな!!!」

 扉が壊れているからか、それとも地下室が壊れているからか、シャルルは棺桶で寝ている時、寒気を感じていた。

 地下室の方は直ったようだが、扉は豪快に壊されており、少し時間がかかっている。

 「俺は少し出かけてくる。戻ってくるまでに直しておけ」

 「おう」

 ジキルとハイドも連れてシャルルが向かった先は、暗闇に浮かぶ空間だった。

 そこに、なにやらガリガリとリンゴ飴を食べている男がいた。

 「バク」

 「んー?ああ、シャルルか。何?」

 男は間延びした返事をしながらも、リンゴ飴を齧りながら、何処かを見ている。

 「お前が夢を喰ったのに、記憶が残っているなんてことが有り得るのか」

 「・・・あるんじゃない?」

 バクと呼ばれた男は、なんとも適当な返事をする。

 んー、と身体を伸ばしながらシャルルの方を向くと、リンゴ飴を口から出して、ソレを手で弄びだす。

 「あるのか」

 「記憶っていうのは曖昧でね。人間というのも実に曖昧だ」

 「分かるように話せ」

 「確かに記憶は消せるけど、身体に沁みついてるものとか、思い出として根深く心に残っているものに関しては、消しても消しても完全には無理ってこと。何かをきっかけに、記憶が呼びもどされる可能性は充分あるだろうね」

 バクのもとを去って、シャルルはしばらくジキルとハイドと共に、散歩に出かけていた。

 『けど、完全に戻ることもないよ』

 帰り際、バクに言われた言葉を思い出しながら飛んでいるシャルルを、ジキルとハイドは心配そうに見ていた。

 結局、城に戻ったのは深夜になってから。

 その時にはもう扉は直っていて、ヴェアルは疲れたのか、床で寝ていた。

 そんなヴェアルを踏みつけて椅子に座ると、シャルルは晩酌をすることもなく、ただ天井の窓から差し込む月の灯りの通り道を眺めていた。

 「にゃあ」

 ジキルとハイドをさし置いて、モルダンがシャルルの棺桶から出てくると、当然の顔をしてシャルルの膝に乗る。

 ごろごろと喉を鳴らし、シャルルに撫でられながら寝るのだった。







 「ごめんね。置いていったりして」

 ―気にしてない。外の世界はどうだった?

 「楽しかった。でも、やっぱりあなたがいないと寂しい」

 ―有は無から産まれる。ここには何もなかったけど、あなたが生まれ、私も生まれた。

 「空を作りたい。それから、土も」

 そう言って、月桂樹に話かけているシャトーの顔は、とても優しかった。

 鏡の外で見てきた世界には、ここにないものが沢山あった。

 真っ青にどこまでも広がる空、世界を支える大地、頬を掠める風も、太陽も月も星も。

 「とても、綺麗だった」







 「ん?ん・・あーっ!!・・・良く寝た」

 翌日、ヴェアルが目を覚ますと、ストラシスが隣でコクコクと舟を漕いでいた。

 そんなところも可愛いな、と思っていると、その向こう側でシャルルが朝からワインを飲んでいるのが見えた。

 「シャルル、もう起きてたのか」

 「ああ」

 「ふあー。それにしても、俺のお陰で、シャルルは鏡に吸い込まれてこなかったんだな」

 へへ、と鼻の下を人差し指で摩っていると、シャルルが冷たい目を向けてきた。

 何を言っているんだというその視線に、ヴェアルは鏡を指さしながらシャルルに近づいて行く。

 「俺がちゃんと綺麗に手入れしてるから、シャルルは他の奴らみたいに、鏡に吸い込まれなかったってことだろ?なら、ちょっとは俺に感謝してほしいもんだねー」

 「お前が勝手にしてるだ」

 ああ、やっぱり、と思い、ヴェアルはキッチンに向かって何か作ろうと思っていると、そこにミシェルが起きてきた。

 「やーん!!!見てこれ!寝癖がすっごいんだけど!!!」

 「ミシェル、お前また勝手に俺の城に泊まったのか」

 「うっさいわね!モルダンが全然帰ろうとしないんだもん!!シャルルの棺桶から出ようとしないし、シャルルの歩いた場所ばっかりうろうろしてるし!!!」

 「知るか」

 ぎゃーぎゃー喚きながらシャルルに近づいていくと、ふと、シャルルの膝にモルダンがまた寝ているのを見て、ミシェルはシャルルの首を掴み、ブンブン振り始める。

 だが、モルダンがミシェルにしゃー、と威嚇をしたため、すぐにパッと手を放す。

 ご主人よりもシャルルを優先するモルダンが赦せないところもあるが、それよりも何よりも、懐いているのがシャルル、というのが嫌なのだ。

 「ヴェアル・・・私今すごく精神的に病んでるから、サンドイッチにして」

 「・・・病んでるのとサンドイッチの関係性が分からないけど、分かったよ」

 テーブルに伏して、ミシェルは顔を埋めたまま床に届かない足をブラブラさせていた。

 少し待ってサンドイッチが出てくると、顔だけをあげてもぐもぐ食べ始めた。

 「ミシェル、行儀悪いぞ」

 「ふんだ。どうせ私は女としての魅力がないばかりか、女として色々欠けてんのよ。だからもういいの」

 「ようやく分かってきたのか」

 シャルルの言葉に、ミシェルは持っていたサンドイッチを潰してしまったが、シャルルを睨みつけながらそれを口に運んだ。

 あーあ、と思っていたヴェアルだが、これはいつもの光景だと、肩で笑う。

 シャルルにはステーキ、自分にも肉を用意していると、サンドイッチを食べ終えたミシェルが肉を見て涎を垂らす。

 「喰うか?」

 「いいの!?」

 自分のをあげようと思ったヴェアルだが、ミシェルはシャルルのステーキの方にかぶりつき、あっという間に完食してしまった。

 それには、さすがにシャルルも驚いていたのか、口を少し開けてじーっとミシェルを見ていた。

 ふふん、としてやったり顔をしていたミシェルだが、シャルルからの逆襲を食らう。

 フォークで何度も何度も額をさされ、ようやく止めたかと思えば、今度は頭を鷲掴みされてブンブンと勢いよく振り回された。

 食べたばかりで気持ち悪くなったミシェルは止めてと頼むが、シャルルは止めない。

 なんとか耐え抜くと、最後の止めとばかりに、シャルルはモルダンをいつも以上に撫で始める。

 すると、モルダンも嬉しくなったのか、じゃれるようにしてシャルルに飛び付いたり甘えるような声を出す。

 ミシェルは床に膝をつき、肩腕を伸ばして「モルダ―ン!」と叫ぶが、その姿はまるで愛する人を奪われた女。

 シャルルはモルダンを両手で持ち上げ、そろそろいいかと思っていたら、近くなったからか、モルダンがシャルルの唇をぺろっと舐めた。

 ミシェル、発狂。

 「モルダー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ンんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!」

 「にゃあ」

 「良いお灸になったな。食べ物の恨みを甘く見るな」

 だが、それを見ていたジキルとハイドはモルダンに嫉妬していまい、しばらくシャルルに近づかなかったとか。

 そんな光景を、平和そうにストラシスを撫でながら見ていたヴェアル。

 「気をつけよう」







 『まったく。御主人様ってば、最近モルダンばっかり可愛がってる』

 『ほんとほんと。私達がどれだけ心配してたかなんて知らないんだ』

 『けど、いつになったら許してあげる?』

 『どうしよう。もう許してあげてもいいんだけど』

 『でも、ああやって必死に弁明してる御主人様、珍しいからもうちょっと堪能したい』

 『そうだね。じゃあ、もうちょっとだけ』

 「ジキル、ハイド、本当に悪かった。だがな、俺は決してお前たち以外を大切にしようなどと思っていないし、断じてモルダンを心から可愛がっていたわけではないんだ。その証拠に、俺は今の今まで、一度だってお前達以外を俺の傍に置いておきたいなどと思っていないし、ましてや触れたいなんて・・・」

 「ねえ、シャルル何してるの?」

 「・・・わかんないけど、多分見ちゃいけない部分?」




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