第1話

文字数 979文字

 カンカンカン、とけたたましい音で踏切が危険を知らせ、立ち止まった人々で周囲は見る見るうちにいっぱいになる。
 来た。
 特急列車の姿が見えて来た頃合いを見計らって、人々の足元を縫うようにして現れた小さな女の子が遮断機をくぐり、踏切の中へと入った。
 人目を気にする事もなく、目の前まで迫る電車の姿にも動じず、少女はおもむろに掲げた手のひらをひらひらさせる。
 まるで手招きするような少女の動きに誘われるように、一人の男性がふらふらと遮断機をくぐった。
 駄目。
 私が胸の中で叫ぶのと同時に、人々もどよめきの声をあげた。
 誰かが伸ばした手や男性を止める幾つもの声も空しく、男性は一瞬にして警笛と鼓膜を突き破るようなすさまじいブレーキ音の中に吸い込まれた。
 百メートル以上過ぎてようやく電車が止まった時、男性の姿は跡形も無くなっていた。騒然とする人込みの中から少女だけがひょっこりと姿を現す。
 まただ。
 今度こそ彼女の姿を収めようと必死でレンズを向ける私をあざ笑うかのように、少女はこちらを向いてにっこりとほほ笑み、すっと煙のように消えてしまった。
 彼女は、私が見ている事に気づいているのだ。

     ※   ※   ※

 後日私の下に制服を着た一団がやってきた。
 突如私を取り囲んだ彼らの手が、抗う術を持たない私の全身を這いまわり、体内にまで入り込んでくる。
 彼らは私の身体から目的である記憶媒体を探り当てると、すぐさま持参したパソコンにデータをコピーし始めた。
 きっと先日の踏切事故の映像を確認しようとやって来たに違いない。
 しかしどんなに繰り返し見たところで、彼らが少女の存在に気づく事はないだろう。これまでもずっとそうだった。
 私には少女を見る事はできても撮影する事はできない。私がどんなに必死に記録しても、撮影されたデータに少女の姿は残らないのだ。
 結局事故は自殺、または不慮の事故として処理をされ、ほとぼりが冷めた頃、少女は再び人で溢れる踏切に姿を現す。
 そうして再び誰かを踏切の中へと引きずり込み、事をし遂げると満足気に私に向けて微笑みかけ、あっという間に消え去ってしまうのだ。
 私は彼女の存在を知りながらも、それを知らせる術を持たない。私は監視カメラ。今日も自分の無力さを恨みながら、空しくカメラを回し続ける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み