第1話

文字数 8,954文字

 今、私にはヤバイことが三つある。
 一つ目、私のチケットは4枚で今週の旅が最後、否、今日の日曜日が最後だということ。
 二つ目、なんと結構いいなぁと思っていた英司くんからツーショットの旅を申し込まれて、結果、今一緒にいること。
 三つ目、1週目の集団旅行で緊張して喋れなくなっていたら、英司くんから「おしとやかな人が好きだから一緒にいよう。」と言われてしまったこと。
 本当の私はめちゃくちゃ喋るほうなのに……どうしよう、英司くんのボケに思い切りツッコミたい……。
 英司くんはやたらボケる人だった。
「香奈さん、この喜多方の蔵の街並み、木じゃなくて全部板チョコだったらアリは巣じゃなくて蔵に住んでいるだろうね。」
 早速ボケた!
 いや板チョコだったら無くなっているだろ! アリはバカみたいに食べ続けるだろ!
 何で建物を構成する部分だけは食べないようにしようというインテリジェンスがあるアリという設定なんだ!
 と、できれば1つのボケに2倍の量でツッコミたいところだけども、私は優しく微笑むだけで。
 くぅ! ツッコミたい! 英司くんのボケにツッコミたい! でもおしとやかな人が好きって言ってたしなぁっ!
「それにしてもさ、今回の週末ホームステイ、福島県って面白いよね。普通もっと観光地でやるもんだと思っていたのに。」
 英司くんが無造作ヘアをなびかせながら、私のほうを向いてこう言った。
 いやでも
「逆に私は福島県で良かった……です。初めて来、ましたから。こういう落ち着いたところは、すっ、好きです。」
 何かカタコトになってしまう私。
 当たり前だ、おしとやかな人って敬語がちのような気がするので、私は今、慣れない敬語にトライしているから。
 しかしこのカタコトなところに英司くんは案の定気になってしまったようで、
「そんなに緊張しなくていいからさ、家にいるような感覚で、そう、家のこたつの上で正座しているような感覚で。」
 こたつの中で寝ている感覚だろ! こたつの上で正座ってめちゃくちゃ異常事態じゃん!
 罰なのかハッチャケて自主的にしているのか、イマイチ分からないよ!
 ……とは、当然ツッコめず、頷くだけで。
 いややっぱりツッコんだほうがいいのかなぁ、いやでも激しくツッコむと、おしとやかじゃないし。
 そうだ、抑えたツッコミをやってみよう。
 だから
「こたつの中、ですね。」
 と精一杯の端的でツッコむと、英司くんはワッと歯を見せながら明るい笑顔で笑って、
「ツッコんでくれて有難う! 香奈さんは優しいなぁっ! 俺のこういうとこ、同級生はウザがって無視したりするんだけどな!」
 いや全然、むしろ私はボケてくれたほうが有り難い。
 何故ならツッコミたい人間だから。
 でも今はツッコめない……どうしよう……おしとやかの呪いに掛かっちゃったよ……。
 少しおどおどしながら、英司くんのことを見ていると、
「んっ、どうしたの? 言いたいことがあったら全部言ってよ、それを全部受け流して明日へ行くからっ!」
 受け流しているのに希望に満ちてんじゃないよ! 明日へ向かって走り出すな! まず今日の会話を楽しめ!
 ……ってツッコミたい! でもこれ言っちゃったら、おしとやかポイントがゼロになる!
 だからって何も言わないのも違うから、なんとか、おしとやかっぽく、おしとやかっぽく
「じゃあ、言いたいことあったら、言いますね……。」
 私が言葉を間違わないように、ゆっくり喋っていても、イライラしているような素振りは一切無くて、その私の時間を噛みしめて楽しんでくれているように相槌を打つ英司くん。
 逆にこの感じで、本当に英司くんはおしとやかな女性が好きなんだということが分かった。
 う~……どうしよう……素の私が出せないって、キツすぎる……。
 どうすればいいかな、やっぱりあんまり喋らないようにするしかない。
 だからどんどん英司くんに話を振っていこう。
「英司くんは、福島の旅、どう思いますか?」
 ……何かアホなインタビュアーみたいになった……質問がザックリとし過ぎているし……。
 でもそんな無能なインタビューにも優しく答えてくれるのが、英司くんだった。
「僕は懐かしいなぁ、って。喜多方には前にも何度か来たことあるから、自家用ジェットとイヌ用ジェットで。」
 自家用ジェットも嘘なのに、イヌ用ジェットって何? イヌ用ジェットに何で英司くんが乗るのっ? イヌ用でしょっ?
 いやイヌ用ジェットなんていらないし、あったとしたらそれはただのペットショップ用の貨物飛行機では?
 と、ツッコミたいところを、私はこうする。
「電車ですよね。」
「本当は車っ。」
 そう言ってニッと笑った英司くん。
 東京から車で何度も喜多方に行くって、相当喜多方通だなぁ、と思った。
 いや違う違う、親戚が福島なんだ、だから何度も行っているんだ、いや聞いてみよう。
「英司くんは親戚が福島の人なんですか?」
「親戚……」
 急に顔を曇らせた英司くん。
 でもすぐさま、いつもの笑顔に戻って、英司くんは何かを振り払うかのように少し大きな声で、
「親戚は宮城県だよ! というか俺が福島なんだよね!」
「えっ? 英司くんって福島の人だったんだ! ……ですね、あの、でも私たちと一緒で東京住みですよね。」
 危ねぇ、デカい声でタメ口で喋るところだったぁ、いやまあ口に出したような気もするけども。
 でも後半おしとやかだったから、後半のおしとやかパワーを信じたいんだ、私は。
 英司くんはちょっと頭上にハテナマークを浮かべつつ、話し出した。
「今は東京だけども、昔は福島で、で、ハワイ行って、それから東京って感じかなぁ」
 いや一旦ハワイ挟んでる! ご機嫌だな! あとそのハワイ! スパリゾートハワイアンじゃないだろうな!
 来週の旅行場所、スパリゾートハワイアンじゃないだろうなぁっ! 私は行けないんだぞ! チケットはこれで終了だからぁっ!
 だからこそ! だからこそ! ここでおしとやかを貫き通して、英司くんとカップル成立にならないとダメなんだぁっ!
 という煮えたぎるような熱い気持ちは蓋をして、私は和服美人みたいなテンションで、
「いろいろ、引っ越していますね。」
「まあその度、友達が作れて嬉しいけどもねっ。」
 ”その度、友達”か……私はその度に別れないといけないこともつらいと思うけども。
 いやまあ実際は福島から東京だけだろうけども、ハワイはギャグだろうから。
 それにしても一瞬、度・友達が、旅・友達に感じて、この旅で私は友達止まりみたいな想像が沸いちゃって、一瞬鬱になったな。
 でもそんな暗くなった気持ちをすぐに明るく光を照らしてくれるのが英司くんで、
「じゃあ喜多方は俺のほうが詳しいから、いろんなところに連れてってあげるよ!」
 そう言って私の手を握ってきたので、何かもう幸せいっぱいだった。
 心の中で小躍りしちゃう。というかやっぱり英司くん、私のこと気になっているんだなぁ。
 ……まあおしとやかと勘違いした私、だけども……。
 二人で手を繋いで歩き、まず最初に着いた観光スポットはラーメン神社というところだった。
「喜多方はラーメンが有名で、そのラーメンが盛り上がりますように、と、建物の中に神社があるんだ。ほら見てよ、この超巨大な鳥居!」
 いや鳥居小さい! 普通に英司くんの身長と同じくらい! だから間違いなく180センチ前後!
 英司くんは続ける。
「この工場のような壮大な神社を楽しんでほしいんだ、香奈さんに。」
 いやもう普通の建物の中に、ギチギチに要素詰め込んでいるみたいな場所。
 常駐している人も別にいないし、建物の中だけども放置しているという語彙が浮かんでくるよ。
 空き地の語彙が浮かんでくるよ、絶対最初に来るようなスポットじゃないよ。
「ほら、ここにはバズりまくりのフォトスポットがあるよ。大きなラーメンの椀の中に入れるんだ。」
 いや何か浅黒くなったプラスチック! ラーメンの椀の中に入ってどうするんだよ!
 きっとバズらないよ! 私たち側にタレント性が無いとバズらないヤツだよ!
 いやこれ英司くん、故郷の観光スポットをイジってるよ、イジってきている上にツッコんだほうが悪者になるボケで良くないよ。
「せっかくだから一緒に椀の中に入ろうよ。」
 と言いながらサッサとデカいラーメンの椀の中に入った英司くん。
 いやせっかく繋いだ手を離してまで行くところじゃないよ!
 英司くんは椀の中から腕を伸ばしている。どうやらエスコートしてくれるみたいだ。
 いや! 椀の中に入るエスコートって何っ?
 紳士かバカなのかハッキリしてよ! あぁはいはい! まあ紳士なんでしょうね!
 ……私を優しく掴んでくれるから……。
「足元、気を付けてね。」
 甘い声でそう言ってくれる英司くんにちょっとドギマギしてしまう。
 いや! ラーメンの椀の中でときめきたくなかったわ!
 んで甘い声て! そこはラーメンの中なんだから、しょっぱい声であれ!
 難なくラーメンの椀の中に入った私を少し抱き寄せてからスマホで写真を撮った英司くん。
「うん、うまく撮れたからあとで送るね。」
 そう言うと先に英司くんが出て行って、また腕を伸ばして私を支えてくれた。
 めちゃくちゃエスコートしてくれるけども、ラーメンの椀の中……シュールなのか、ただ悲しいだけなのか分からないよ。
 というかツッコミてぇっ! めちゃくちゃツッコミてぇっ!
 デカい椀の中に入るって、中華を題材にしたアクションゲームか、とか言いてぇっ!
 でもそれを言ったら、完全におしとやかから遠ざかることになるからなぁっ!
 言いたい言葉がどんどん溜まっていくぅ!
 ……とか思っていると、
「やっぱり、香奈さんと一緒にいると、何していても楽しいから、どこに行けば香奈さんをもっと楽しくさせられるかが分かんなくなるなぁ。」 
 いや! 急にヤバイ告白キタ! 何それ! もう両想いでOKじゃん!
 いやダメだ! その両想いって、おしとやかな私を見ての両想いだからダメだ!
 いやでもいいのかっ? このまま私がおしとやかを演じ続ければいいのかっ?
 あっ! 何か言わなきゃっ! 返答しなきゃ!
 えっと、おしとやかな人だったら、きっと……
「ありがとうございます……。」
 感謝言っとけば間違いないだろうというこの私の貧困さね。
 でも英司くんは、この返事で十分すぎるくらいに喜んでくれた。明らかに胸が躍っていた。
 やっぱりこのままおしとやか路線でいくべきだな……。
「じゃあ次はラーメンでも食べに行こうかっ! オススメのラーメン屋さんがあるんだ! 二軒!」
「いや、二軒も食べられない、です、よ。」
 ここは分かりやすかったので、すぐにツッコめた。
 すぐに、と言っても当然たどたどしくなっちゃうけども。
 それに対して英司くんはハハッと快活に笑ってからこう言った。
「あっ! 二軒はボケじゃないんだ! 喜多方のラーメン屋さんは店を巡ることを前提としているから、半ラーメンが充実しているんだ! 半ラーメンよりも少なくしてもらうことも可能だからね!」
 そうだったんだっ!
 というか巡ることを前提としているってすごいな、私だったら利益を独り占めしたいな……なんて考えている店は元々ダメか。
 でもそれなら
「いろんなラーメンが食べれて、あの、嬉しいです。」
「そう言ってくれて良かったぁ! じゃあ行こう! 香奈さん!」
 また私の手を握った英司くん。
 何かいい感じだな……このままおしとやかをキープしよう……。
 あっという間にラーメン屋さんに着いて、早速英司くんが注文した。
「蔵醤油の半ラーメン2杯を5セットお願いします」
 いや! 10杯くる! 半ラーメンの意味無い!
 運動部の200メートル走みたいな言い方! 200メートルを全力で走るヤツを5セットやる一番キツイやつみたいな言い方!
 そんなラーメン特訓しないから! ラーメン部の食べるほうの特訓しないから! ラーメン部なら作るほうやるし!
「英司くん、1セットで十分ですよ。」
「そうだった! じゃあ1セットでお願いします!」
「そもそも1セットなら、セットって言い方、いらないですよ。」
「だよね! というかしっかりツッコんでくれて嬉しいなぁっ!」
 と英司くんに言われた時、ハッとした。
 つい言葉数が増えてしまっていることに。
 ヤバイ……道中の会話もずっと楽しくて、段々私の喋りが増えていっている……。
 おしとやかを徹底的にやらないといけないのに……おしとやかな私を好んでいてくれているのに……と思った刹那、英司くんが微笑ながらこう言った。
「いっぱい喋ってくれて嬉しいな、俺に少しは心を開いてくれたみたいで。好きだよ、香奈さん。」
 ……えっ……そんな……ラーメンが来る前の時間で告白なんてありますか?
 こんな不意打ちのラーメン告白ありますか? いやもう気が動転し過ぎてデフォルメで敬語になっちゃっていますけども。
 そんな感じに、私は、慌てている部分が姿かたちになって見えたんだろう、英司くんがさらりとこう言った。
「ゴメン。」
 あっ、好きって言ったこと謝るんですか? いや別に謝らなくていいんですけども……。
「俺さ、伝えたいこと、思いついたことは全部言葉にして伝えたい人間なんだ。だからこうやってすぐに好きとかもっと一緒にいたいとか言っちゃうけども気にしないで。」
 ……いっ! いやぁぁぁぁああああああああああああああああああ!
 『もっと一緒にいたい』はまだ言っていなかっただろうがぁぁぁぁああああああああああああ!
 何コイツ! いやもうホント、コイツだよ! コイツ! めちゃくちゃツッコミたい!
 何だよ全部言葉にして伝えたいって! どうしてそんな性格になったんだよ! 割と私の好みだな! 言葉にしてくれるヤツ!
 と、脳内でツッコミまくっている時も、英司くんは続ける。
「香奈さんは俺のペースに合わせて無理して喋る必要は無いから。でも嫌なら嫌って言ってほしい。好きでも無いヤツに褒められるのって気持ち悪いからね。」
 もうダメだ! 限界だ! もうハッキリ言う!
「全然嫌じゃないし私は英司くんと一緒にいて楽しいし好きなヤツだから褒められて大丈夫だぁっ!」
 口を開いて、キョトンとしている英司くん。
 当たり前だ、おしとやかだと思っていた人間が急にデカい声でタメ口で喋りだしたんだから。
 でもやっぱり嘘をついちゃダメだ、好きな人にこそ嘘をついちゃダメだ、そう
「私は全然おしとやかじゃないの! 本当はめちゃくちゃお喋りで英司くんのボケには全部全部ツッコミたかった! 集団の時、黙っていたのはただ緊張と人見知りでダメになっていただけなのっ! ゴメンなさい! 私は英司くんの好きな私じゃないんです!」
 ……言っちゃった……あーぁ、言っちゃった……こういうところも含めてお喋りなんだろうな、私って。
 このまま演じていれば、騙していれば上手くいったかもしれないのに、でも騙して上手くいったところでしょうがないし、って、自分で自分に言い訳してる、ダメだ、私……。
 唇を噛みしめながら俯いていると、英司くんが急に大きな声で笑い出した。
 終わった、バカにされるかもしれない、というか叱られるかもしれない、チケットが無駄になったことを言われるかもしれない、そうだよ、大切なチケットを嘘つきに使っちゃったとなればもうそれは……!
「香奈さん! 俺は確かにおしとやかな人が好きだと言ったけども、それ以上に香奈さんのことが好きなんだって!」
 ……えっ?
「初めて会った人同士でも気遣いが美しくて。俺見てたよ、1週目の時も香奈さんがいろいろやっていたこと。」
 正直地味で目立たなかった私のことなんて誰も見ていなかったと思った。
 でもそうか、ちゃんと見ていてくれた人がいたんだ、それが英司くんだったんだ。
「それに……あと、ゴメン、俺、嘘ついてた。別におしとやかな人、取り立てて好きじゃないんだよね。」
 えっ?
「ぶっちゃけ俺、香奈さんに一目惚れしたんだ。でも見た目が好きって言うと何かチャラいから。だからって気遣いが素敵とか言うとそれを旅の時に強要しちゃうことになるんじゃないかな、とか思ってさ。」
 いや!
「全然思ったこと全部伝えていないんじゃん! 最初から見た目が好きとかでも大丈夫だったんだよ!」
「いやだから好きじゃないヤツから褒められても気持ち悪いだけじゃん。特に見た目の話は。だからまあ性格からいけばいいかなって。性格は事実だから。」
「……まあその性格も事実じゃなかったんだけどもねっ。」
 と私が恥ずかしそうにそう言うと、英司くんはまた明るく元気に笑った。
 そして私たちはラーメンを食べた。
 そのラーメンは何だか普通のラーメンよりも暖かかった。
 食べ終えた私たちはすぐに次のラーメン屋さんへは行かず、雑貨屋さんに寄り道した。
「輸入雑貨のお店とかもあるんだね、喜多方ってラーメンじゃなくていろんなお店があるんだねっ。」
「まあ輸入雑貨の神社は無いけども。」
 英司くんがボケればすぐに私がツッコむ。
「輸入雑貨の神社って言葉、何か有難味が無さ過ぎるわ! そもそもラーメンの神社も何っ? 一丁前に賽銭箱はあるくせに人がいない!」
「ラーメン神社をディスるのは止めてよ、一応俺の故郷だからさ。」
 そう言って笑った英司くん。
 というか
「英司くんって喜多方が故郷だったんだ。」
「まあ本当はその近くの、もうちょっと内陸のほうのとこだけども。」
「何で東京に引っ越してきたの? やっぱり進学には東京がいいという親心?」
 私は普通に、何も考えずにそう聞いた。
 ただの会話として。
 でも、英司くんはちょっと違った。
 明らかに少し雰囲気が変わった。
 英司くんは店員さんのいない、角のほうへ行ったので私はついていくと、こう語り始めた。
「東日本大震災の時に、福島にいないほうがいいということになって、俺はまず新潟に引っ越したんだ。」
 あっ……。
「で、福島にまた戻るのも何かなってなった親が主導で、新潟から東京に引っ越して。」
 ……。
「本当は週末ホームステイなんて興味が無かったんだけども、舞台が福島って噂を聞いて……あれから福島に行ったことなんて無かったからさ、家族も避けていたし。だから本当は福島に行きたくてこの週末ホームステイに参加したんだ。」
 そうだったんだ……どうしよう……なんて言えばいいんだろう……と思った時、英司くんが微笑んで、私の頭をポンポンしながらこう言った。
「でも参加して良かったよ、香奈さんのような優しい人に出会えたから。香奈さんは最初から福島ということに文句も言っていなかったしさ。やっぱり故郷のこと、悪く言う人とは一緒にいたくないから。」
 その英司くんの大きな手がすごく優しくて。
 この人には何を言っても大丈夫なような気がして。
 私は意を決して、こう言った。
「……ちょっとラーメン神社をディスっちゃったけども、いいかなっ。」
 ここで冗談口調は間違いだったか、とか、ぐるぐる考え……ちゃう、前に、
「やっぱり香奈さんは面白いね、ツッコミもセンスがあるし、大好きだよ」
 良かったのかな、それとも英司くんが優しいだけなのかな、でもどっちもでいいのかな、何だかこの空気が幸せすぎるんだ。
「じゃあ二人の記念に、この星のアクセサリー、お揃いで買おうか。」
 そう言って英司くんは綺麗に煌めくネックレスを買ってくれた。
 でも私はそれ以上に英司くんが輝いて見えた。
 私はもっと英司くんと一緒にまったりしたくて、ラーメン屋さんには入らず、併設されたパン屋さんでパンを買って、どこかにあった外のベンチで食べ始めた。
「この日本一まずいバターパンって、美味しいんだっ。」
「というか買う時も思ったけども、すごいネーミングだね。」
「喜多方は面白いモノがいっぱいあって好きなんだよ、俺。まあそれ以上に香奈さんのことが好きだけどね。」
「そういうこと、本当にすごい言うよね。正直恥ずかしくない?」
 私は照れを隠すために、ちょっとキツめにそう言うと英司くんは普通に、冷静なトーンでこう言った。
「震災で友達とかと離れ離れになった時、思ったんだ。言いたいことはその時に言わないとダメだって。」
 そっか……。
「そりゃ愚痴や文句なら言わないけどさ、感謝の気持ちとかは絶対にその時言いたい。」
 そっかぁ……。
「まあそれは自分が後悔しないためだけどね。そのせいでむしろウザがられることもあるんだけど。」
 そう言って最後は少し切なそうに笑った英司くん。
 いやいや!
「全然ウザくないよ! というかそっちのほうが嬉しいから! 私にはどんどん思ったこと言っていいから!」
 胸を叩くくらいのテンションで私がそう言うと、儚げに瞳を潤ませた英司くんが少しか細い声で、
「有難う、大好きだよ、香奈さん」
 私を優しく、まるで綿飴を扱うかのように抱き締めてきた英司くん。
 いや! 急に! ちょっと!
 と脳内に語気を強めた言葉が浮かぶけども、それを払いのけたいという気持ちは一切出なくて。
 私も英司くんを優しく抱き締め返した。





 正式な告白は番組の都合上、英司くんからということになったけども、本当は私から告白したいくらいだった。
 だって私のほうが好きなんだもん……って、言ったら英司くんもそう言ってくれるだろうなぁ。
 それにしても英司くんはまだチケットが残っていたのに、私とのツーショットで、もう決めようとしていたなんて、どんだけ私しか好きじゃなかったんだっ。

(了)
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