小さな盗撮者

文字数 1,941文字

 兄ちゃんが、こそこそしてる。リビングにいると、「部屋に行ってろ」って命令する。

 兄ちゃんはゴーマンだ。なにか言い返すと輪ゴムで狙撃される。
 ママにチクると、さらなる暴力が待ってる。四の字固めだ。パパにチクると「兄ちゃんは将来はプロレスラーか?」と言って喜ぶ。ダメおやじだ。

 兄ちゃんとは一歳しか年が変わらない。ボクはもうすぐ九歳になるんだ。勝ちに行かなきゃ!

 そうだ、兄ちゃんのことを覗こう。弱みをつかんで脅すんだ。
 きっと、見られたら恥ずかしいことをしてるんだ。

 兄ちゃんに追い払われてリビングから出る。自分の部屋に行って、大きな音でドアを閉める。そっとドアを開けて廊下を覗く。
 大丈夫だ。兄ちゃんは気付いてない。

 足音を忍ばせてキッチンに行く。キッチンとリビングはつながってる。そのまま覗くと、もちろん兄ちゃんに見つかる。
 どうするか?
 ベンジャミンの幹の間から覗くんだ。

 ベンジャミンは3本の幹が絡み合って、背の高い1本の木になってる。その幹の間に覗き窓みたいなスキマがある。ボクだけの秘密だ。

 小さなスキマを覗く。
 びっくりして叫びそうになった。兄ちゃんが、タバコを持ってる!
 しかも慣れてるみたいで、手の中でくるくる回してる。
 パパのタバコをこっそり取ったんだ。どうしよう、兄ちゃんが不良になっちゃった。
 パパとママは仕事に行ってる。兄ちゃんがタバコを吸いだしたら、どうしたらいいの?

 兄ちゃんは、反対の手に500円玉を持っていた。ボクは真っ青になった。貧乏な兄ちゃんが500円玉なんか持ってるわけがない!
 盗んだんだ。パパかママのお財布からこっそりと。
 泥棒だ。どうしよう、110番する? そんなの怖いよ。でもこのままじゃ、兄ちゃんがショーコインメツしちゃうかもしれない。

 そうだ、動画だ。ショーコを残すんだ。
 こっそりと兄ちゃんのフィギュア棚からデジカメを取ってきた。使い方は知ってる。フィギュアの撮影を手伝ってるから。

 ベンジャミンにレンズを近づけてフォーカスする。動画を撮りだしてすぐ、兄ちゃんは500円玉を左手に、タバコを右手に持って、両手を近づけた。

「!!」

 タバコが500円玉に突きささった! 500円玉の裏から表まで、タバコが突き通ってる。
 兄ちゃんはタバコを引っ張って、500円玉から抜いた。500円玉には穴なんか空いてない。

 マジシャンだ。兄ちゃんはプロレスラーにならないんだ。マジシャンになるつもりなんだ。

 でも、どうしてこっそり練習するんだろう。将来の夢を知られるのが恥ずかしいのかな。
 思わず、にやりと笑ってしまう。
 これは、すごい秘密だ。次に兄ちゃんに四の字固めをかけられたら、知ってるって言ってやるんだ。


「兄ちゃんの秘密、知ってるんだからな!」

 まさか動画を撮って2時間もしないのに、秘密をあばくことになるなんて思わなかった。ボクの誕生日ケーキを兄ちゃんが勝手に食べたんだ。まだ、ろうそくに火も付いてないのに。
 ボクが怒るのは当然なのに、四の字固めだ。兄ちゃんは、やっぱりゴーマンだ。

「なんだよ、秘密って」

 ボクの手足を解放してから兄ちゃんは不機嫌な声を出した。

「兄ちゃんの将来の夢、知ってるんだぞ」

「はあ? そんなの秘密でもなんでもないけど」

「え?」

 パパもママも「知らなかったの?」と、びっくりしてる。

「オレはフィギュア造形師になるんだよ。いつも練習してるだろ」

 確かに、兄ちゃんはいつも色んなフィギュアを作ってる。

「じゃあ、マジシャンは?」

 聞いてみると、兄ちゃんは嫌な顔をした。

「覗いてたのかよ」

 四の字固めが来る!

「み、見てないよ! なにも!」

 あわててママの後ろに逃げ込むと、兄ちゃんは「見ろ」と言った。

 兄ちゃんはポケットからタバコと500円玉を取りだして、タバコを500円玉に突き通してみせた。それからタバコを引き抜いて、500円玉をボクに渡した。

「穴あいてないか確かめろ」

 言われたとおりに裏表見てみたけど、普通の500円玉だ。

「魔法の500円玉だ。お前にやるから困ったときに使えよ」

「え、うん。……ありがと」

 ボケっとしてたら、ママが笑い出した。

「お兄ちゃんからの誕生日プレゼント。頑張って貯めてたのよ」

 兄ちゃんの顔を見ると、真っ赤になってた。
 わかった。兄ちゃんはボクに親切にすると恥ずかしいんだ。
 だからいつもランボーなんだ。今度から、この秘密で戦うぞ!


「お前、撮影用のカメラ勝手に使ったな!」

 兄ちゃんがボクが撮影した動画を見つけて、せまってきた。今だ!

「兄ちゃんなんか怖くないぞ!」

「なんだと?」

「兄ちゃんなんか、ボクのことが大好きなくせに!」

 真っ赤になった兄ちゃんは、いつもより強く四の字固めをかけてきた。
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