第7話 閻魔大王の決断

文字数 1,978文字

 突然、ドドーッという音と共に、閻魔大王の真上にある天井が崩れ落ちてきたのです。
 もちろん、例の二人も一緒に。
「……あいてて」
「ううむ」
 ウメをもっとよく見ようと、同じ穴から覗きこんでいたのがいけませんでした。
 うすっぺらい天井板では、とてもじゃありませんが、大の男二人を支えきれなかったんでしょうね。
 真っ白い土けむりがもうもうと舞い上がる中、閻魔大王はわけもわからず、ゴホゴホとむせこんでいます。
 鬼たちはというと、いつもの威勢の良さはどこへやら、鍋や釜なんかをかぶって右往左往。
 まったく、みっともないったらありゃしません。
 そんな中、カエルみたいに両足をおっぴろげ、あおむけのまま固まっていた二人。
 でもそんな状況になったからこそ、しっかりと二人の腹は決まったようです。
 亀八はサッと身を立て直すと、閻魔大王の足元に駆け寄り、うやうやしく手をつきました。
「大王様、ワシらはウメの夫亀八と、せがれのボン太でごぜえます。悪いこととは知りながらも地獄を抜け出し、今まで天井裏から、すべてのことを覗き見ておりやした。いかなる罰も受ける覚悟にごぜえます」
 亀八がしっかりと閻魔大王を見すえて言いますと、ボン太もあとに続きます。
「どうか大王様のお裁きどおり、おっかさんを極楽へやってくだせえ。それを見届けたら、オイラたちゃ、どうなったってかまやしません。どうか、この通りでごぜえます」
 ボン太は何度も床に額をこすりつけながら、必死に訴えかけました。
 そんな二人を横目で見ながら、閻魔大王はまだ体についたホコリを、面倒くさそうにはらっています。
 そしてウメはといいますと、亀八とボン太の登場に思わず涙しておりましたが、すぐに二人の横に並んでひざまずき、深々と頭を下げました。
「夫とせがれはこの通り、根は優しくて正直もんでごぜえます。そんな二人が地獄へ送られ、さらに罰を加えられるのであれば、天下にとどろく大王様のお裁きにも傷がつきますだ。ここはどうか、正しいご判断をなさいますよう、お願い申し上げますだ」
 閻魔大王はしばらくの間、口をへの字に曲げてだまりこんでおりましたが、うなり声のようなため息をついたあと、ようやく口を開きました。
「まったく、そろいもそろってあきれたやつらじゃ。ワシはこんなのにかまっとるほどヒマではないわ。やい鬼ども、さっさとこいつらを三途の川へ捨ててこい。今ならちょうど、向こうへ渡る船も出るころじゃろ」
 それを聞いて、三人は顔を見合わせました。
 三途の川を逆に渡るということは、もう一度、生き直しても良いっていうことなんですからね。
 しかしそんなことを許したら、たとえ閻魔大王といえども、何かしら、上からの処分が下るに違いありません。
 それを察知したのか──はたまた、きまじめすぎる性格ゆえか──、鋭い声で「待った」をかけたのは、ビン底メガネの緑鬼。
「大王様、何をおっしゃいます。それだけは断じてなりませぬ。そんなことをしたら、生き死にのケジメがつかなくなってしまいますぞ!」
 しかし閻魔大王が、そんな忠告に耳をかたむけるなどと思ったのが大間違い。
「何だと、おぬし、このワシに口ごたえしようってのか!」
「……いえいえ、めっそうもございませんです、はい」
 緑鬼はあまりの剣幕に、しおしおと、仲間たちの影に身を隠すしかありません。
 亀八はそのやりとりに尻込みしながらも、やっとのことで礼を言うのでした。
「ありがとうごぜえます。本当に、ありがとうごぜえますだ」
 ウメとボン太も小刻みに震えながら、おがむように手を合わせております。
 すると照れ隠しでしょうか、閻魔大王はフンとそっぽを向いたまま、機嫌の悪そうな声を出します。
「ええい、便所のハエみたいに、ちょこまか手をこすり合わせやがって。目障りだから、とっとと消え失せろ!」
 そうして、本当にうるさいハエでも追っぱらうみたいに、シッシと何度も、手を払ってみせるのでした。

 鬼たちの方でも、こんなことは初めてですから、どうしたものかとしばらくの間、戸惑っておりましたが、やはりここは現場を任されておりますオレ様がと、黒鬼がしゃしゃり出てまいりました。
「ってことだからよお、お前ら三人、ちょっくら体を丸くしてみろや」
 三途の川に連れ戻される姿を、ほかの亡者たちに見られるわけにはいきません。
 そこで黒鬼はどこから持ってきたのか、でっかい風呂敷のような布切れを三人にかぶせ、ほかの鬼たちにみこしのようにかつがせました。
「わー、おもしれえ。わっしょい、わっしょい!」
「バカ、祭りじゃねえよ!」
「何だか楽しくなっちまってなあ、つい」
「……じゃあ、あっちの扉から出て、裏手に回るとすっか」
「そうだな。そっからは三途の川まで歩きゃいい」
 鬼たちは口々に言い合いながら、三人を楽しそうに運び出していきました。
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