第1話

文字数 1,056文字

 猛暑の夏の後、冬になった。
 病棟で電子カルテに向かう。
 (ん?! 背中が(かゆ)い。痒いぞ。ん~~、凄く痒くなってきた。嗚呼、もう駄目だ。)
 「か、看護師さん、誰か背中を掻いてくれないかな?」
 「あら? やだ、先生、どうしたの?」
 「ん~、毎年冬になると乾燥肌でダメなんだ。」
 私は背中の痒みで体をくねくねしながら訴えた。
 診断は、皮脂欠乏性(ひしけつぼうせい)掻痒症(そうようしょう)(または皮膚炎)だ。

 【痒み*】は、「引っ掻きたくなるような不快な感覚」と定義される。
 痒みは皮膚の表皮と真皮の境界付近に存在する細くて伝導速度の遅い「C-繊維」と呼ばれる神経で脳に伝えられて起こる。この神経は、皮膚から脳へ痒みの情報を伝える中継地点の脊髄で、痒い領域の痛みの神経回路によって抑制されることが明らかになった。
 だから掻くと最初は気持ちが良いが、その後は痛みが生じるために掻くことを止める。が、同時に痒みも鎮まる。これが痛みによる鎮痒(ちんよう)(痒みを鎮める)の仕組みなのだ。(*順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 ホームページから検索、参考にした)
 成る程…。

 「先生、これ貸してあげる。凄~くいいよ。」
 休憩室に戻った中堅の看護師がフォークのような物を取ってきてくれた。
 「何だ、これ?」(写真1↓)

 ステンレスでできた長さ約 15 cm のフォークの様で、先端は幅 4 cm あり均等な5本の爪になっている。
 「ザ・孫の手。」
 彼女はニヤリと笑った。
 「ほぉ~~?」
 「ほら、こうするんだよ、優れもんでしょ?」
   カシャカシャカシャ
 彼女は孫の手を伸ばして見せた。(写真2↓)

 「お~~~、素晴らしい。」
 「これ、100均で 110 円。」
 それを聞いてさらに感動した。
 ネットで「孫の手 100 均」で検索してみると、あるはあるは、様々な商品で溢れていた。この商品は「孫の手 伸縮グリップ 最大伸長 47 cm」であった。グリップが伸縮すること、材質が竹などの木製ではなく、ステンレス製であることが特徴であった。

 後日、手に入れて早々に使ってみた。
  シャキシャキシャキッ
 グリップを伸ばして、
  ガリガリガリッ
と、背中を掻く。木製と異なり、ステンレス製は肌当たりがきつい。100 均で加工に限界があるのか、爪の縁が粗くザラザラしている。
 下手(へた)すると力の入れ具合で掻いたところが痛い。けれど確かに、痒みは鎮まる。
 ん~、痛みによる鎮痒の仕組みそのものだ。
 これは最強の武器を手に入れた、と思った。

 んだんだ。
 (2023年11月)
 
 
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