第二話

文字数 8,962文字

今よりおよそ700年前の事である。
「鬼の姫が居たぞ!一人で掛かるな、死ぬぞ!」
「やれやれ、散々崇めておいて用が無くなればこの仕打ちか、これだから人間と言うものは…」
頭から角を生やした女は、追ってくる者共を後ろに見ながら呟いた。
かつて、その様相から「鬼姫」と呼び畏れられ、また崇められてきた存在の彼女が追われる訳とは何か。
「行かせるな!アレは朝廷に仇為す者だぞ!」
「勝手なことを…、そんなものに興味は無いと云うのに…」
そう言いながら、ゆっくりと歩き始め、頃合いを見計らって歩を止めた。
「聞け!人の子共よ!貴様らが私を討つと言うのならば、私は抗って見せようぞ!」
鬼姫の人へ対する宣戦布告である。
1対大多数。
人間同士の戦いであるならば結果は見えているものだが…、人と妖では分かるまい。
当然、これには皆ここぞとばかりに敵を討とうとする。
「敵うと思うたか?」
右腕を一薙ぎ、その一撃で千の屍を築きあげる。
「お、おのれぇぇぇぇぇぇ!!」
「止せ、闇雲に突っ込んでも死ぬだけだぞ!?」
「そこのお前は頭がいいなぁ…だがなぁ」
地に突き立った刀を抜き、一振り…いや、一振りに見えたがその実数回振られたであろう。
一瞬の出来事であった…
見れば、5千を超える軍勢が、皆、首から血を噴いて地に伏していた。
「む、お前は生き残ったか…、逃げるが良い。私とて慈悲はあるぞ?」
それを聞くや否や、生き残った兵は一目散に逃げていった。
その後、鬼姫とその最後の兵の行方を知るものは居ない。




















それは、古くからの付き合いだったり
前世からの因縁だったり…
それを人はこう呼んだのだろう…
「旧友」と…

玲奈達に案内されるままに、御剣神宮…
即ち、高杉家へと歩を進める雪人。
先の異形との戦いの後、詳しい話を聞いた。
玲奈がいきなり「私たちと一緒に生活しないか?」と言った時はどういうことなのかと思ったがすぐに神無が助言をしてくれた。
つまり、精鋭の退魔師を一つ処に集めて有事に備えたい。
そういうことなのだ。
「あれ?こっちは道場ですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「僕が知る限り、こっちに部屋なんてありませんよね?」
「お前が知っている限りだろう?まぁ、付いて来い、秘密を教えてやるからな。」
そう言って玲奈は道場の隅の方へと歩いて行く。
目的のところへとたどり着いたのだろうか、突然歩みを止める。
「さて、とここだな。雪人、この床がわかるか?」
「よく分かりませんが、何か仕掛けがあるんですか?」
雪人には、玲奈が指を指してる一角が他とどう違うのかは分からない。
だが、なんとなくその一角だけ、明るいような?
「あぁ、こうするのさ…」
玲奈はその一角に刀を突き立てた。
すると、床に見えていた一角が消えて、その下に階段が見える。
「な…え、えぇぇ!?」
「驚いたか?ここには普通の人間には判別のつかない偽装が施してあるんだ…西洋の言葉で「かむふらーじゅ」とか言うのか?」
「え、えぇ、ですが、なんとなくとは言え、僕にそれが見破れたってことは?」
玲奈は一瞬、渋い顔をしたが、暫くして言葉を紡ぎ出す。
「お前にはそれだけの力があると言う事だ。」
今まで自信を持てずにいた、そんな自分の力を認める発言に雪人は戸惑っていた。
「それはそうと、行こうか?」
「あ、はい、行きましょうか」
唐突に声を掛けられ我に返る雪人。
玲奈に誘われるままに、闇の広がる地下へと降りて行く。
「さすがに地下だけあって暗いですね。」
至極当然の感想を述べる雪人。
「姉上、明かりを」
「ん、あぁ、何処やったっけな…」
「スイッチこれですか?」
雪人は自分の傍にあった突起物を指して言った。
「あぁ、それだそれだ、頼む。」
ジジッと蛍光灯に電流が走る
「なんか、いかにも…って感じの地下室ですねぇ」
「ん?暗いのは苦手か?」
「いえ、そんな事は無いんですけど、雰囲気あるなぁって」
「この地下室は、建築家の趣味やね」
人工の明かりが灯っているとは言え、何処か薄暗い感じの残るその地下室は
まるで怪奇映画のワンシーンである。
所々、蛍光灯が切れてる箇所があったり、酷いところでは蛍光灯が入ってないところもある。
「落ちてきませんよね?」
「その時は避けろ。」
「え!?」
「冗談だ。」
だが、雪人の心配も確かだろう。
配線が剥き出しになっている天井のそれは、いつ落ちてくるとも分からない。
「ここだ、着いたぞ。」
通されるままに部屋へと入る雪人。
「どうだ?お前の趣味に合うようにはしてみたんだが?」
見れば、三冬月家の自室と殆ど変わらぬ内装だった。
「ここを、僕の為に?」
「あぁ、お前ならば…と思ったときから用意してたんだ。」
期待のみでここまでの準備をしたと言うのだ
それだけ、二人が雪人に期待していたと言うことだ。
「お二人に詳しい話を伺った時から心は決めてましたが、まさかここまでして戴いてるなんて。あ、でも一度家へ戻りませんと」
「あぁ、そうだな、絢華さんと言ったか?あまり心配を掛けるなよ?」
「ではまた後程」

―その夜、三冬月家―
「お帰りなさいませ、雪人様。本日は随分と遅いのですね?」
「今日は少し、学校の方も遅くなってしまいまして…」
「嘘ばっかり…、怪物に襲われて、高杉様の所へ行く事になったのでしょう?」
本音をいとも簡単に読まれてしまって、雪人は焦る
「絢華さんにはね、雪人様が考えることは分かってしまうんですよ?」
いつもと変わらぬ、それで居て何処か寂しげな表情で絢華は言う。
「雪人様も、退魔師になられたんですよね?お帰りになられてから雰囲気が違いますもの」
隠そうとしていた事をあっさり読み取られてしまった雪人は困った顔をする
「そんな予感がしたんですよねぇ、だから絢華さん、色々と準備してお待ちしていましたの。」
「はぁ、有難う御座います…ってなんで絢華さんまで荷物を纏めてるんですか!?」
見れば、絢華が纏めたと言う荷物は二人分ある。
「何故って、私は雪人様に仕える身で御座いますから♪」

―再び高杉家―

「えっと、まぁ、そう言うわけなんですけど…」
「う~ん、どうします?姉上。」
「あ、私はこちらの部屋で無くとも他に都合の良いお部屋などあればそちらでも構いませんよ?」
あくまでも居座る気らしい。
それを悟って高杉の姉妹は折れようとしていたが
「それより、一つ気になるんやけど…三冬月家の他の人はどうしてるん?」
三冬月家には雪人の日々の世話の為に絢華以下数人の使用人が居た。
だが、主である雪人とその使用人達の長である絢華がいつ戻るとも分からない不在の状態なのである。
「そうですよ!絢華さん!使用人さん達どうしちゃうんです!?」
「纏まったモノを与えて長期休暇を取ってもらってはいかがですか?」
「うーん、家のお金の事は絢華さんに任せてるから、じゃあそれでお願いします」
(そういう問題なのだろうか?)
と玲奈は一人思っていたがそれを口には出さない。
何故か目の前の女性、絢華は敵に回してはならない気がしたのだ。
「二人とも、荷の整理などあるだろう?良ければ我ら姉妹に任せてはくれまいか?」
「いえ、私も雪人様もそれには及びませんよ。ね?雪人様。」
「え、えぇ、二人の手を煩わせるわけにはいきませんから。僕たちの事は僕たちでやりますから。」
「遠慮する必要は無いで?同じ家に住む以上、言わばウチらは家族や。何の遠慮をする必要があるん?」
これには流石の雪人も
「はぁ、それでは…お言葉に甘えて。」
「それでは、私が雪人を…、姉上は絢華さんを手伝ってあげて下さい。」
「任しとき」
程なくしてそれは始められた。
「それじゃぁ、始めましょうか」
「あぁ、まずはどれからやる?」
「そうですねぇ…、数が多いものからいきましょうか、着物か本ですね。」
雪人が三冬月の家から持ち出したのは数冊の書物と雪人の普段着、色鮮やかな着物の数々であった。
「あぁ、分かった。」

― 一方、絢華と神無は―

「では、お願いしますね。神無様」
「さ、様て…なんか照れるわぁ…」
「そうですかぁ?私が呼びやすいように呼ばせて貰っただけなんですけど?」
「は、はぁ、そういう事なん?ま、ええわ」
絢華の持ってきた品を二人で仕分け始める。
「絢華はん、この箒は?」
絢華の持ってきた荷物に違和感を感じた神無が訪ねた。
「え、あぁ、箒ですよ?」
「いや、そうじゃなくて…なんで箒なん?」
「私、お掃除がとても好きなので、ついつい持ってきてしまいました。」
「いや、神社やし…箒の1本や2本あるんやけど、それやないとあかんの?」
「はい!私のお気に入りですから。」
ところどころ傷ついては居るが清掃には十分に耐えられるものであった。
傷の具合から1年や2年使った程度のモノでない事がわかった。
「そ、そうかぁ…」
そう言えば、雪人にも掃除に掛ける情熱があったのを、神無は思い出した。
(雪人の掃除好きはこの人の影響なんかなぁ)
そうこうしてる内に、それぞれの部屋の整理が終わった。
「さて、部屋の片付けも終わったところで…」
(姉上、どうします?)
(どうしますって何を?)
(いえ、その絢華さんの今後の処遇に関してですが)
「?」
なにやらコソコソしている玲奈と神無に、絢華は首を傾げる
「お二人とも、もしかして、絢華さんを戦わせていいかで悩んでますか?」
「!?」
図星である。
二人の相談とは、つまりは退魔師としての仕事に絢華を同行させるかどうかの事である。
「こう見えて絢華さん、退魔師だったりするんですよ?」
「え!そうだったんですか!?僕はてっきり…」
「只の使用人、そんな風に思ってたんですか?絢華さん悲しいなぁ…」
そういいながら、絢華は、よよと泣き崩れてしまった。
「いや、別にそういう訳では…」
「なら、決まりですね、絢華さんは、雪人様、玲奈様、神無様と一緒に戦う。それでいいですよね?」
その件で決めかねていた姉妹に代わって、絢華は宣言した。
「ちょ…、本気で言っているのですか!?貴女は」
絢華のまるで、考えなしの様な発言に玲奈は驚いた。
「ええ」
「本当にええんか?退魔師として歩むなら、もう元の様な生活は…」
そう言おうとした神無を遮って更に絢華は続けた。
「三冬月家を出た時から覚悟は出来ていましたから、それに雪人様の為ですから。」
「雪人の?」
「それが、三冬月家に仕える者の使命ですから。」
(使命か…、私が雪人を守りたく思うのと同じだな)
玲奈は一人、考えていた。
その時、神無は手に持っていた物を絢華に投げつけた。
だが、絢華はそれを気で弾いて見せた。
「か、神無さん!?」
「すまん、ちと試させてもろたで。」
「ふふ、神無様、そんなもの絢華さんには当たりませんよ。」
絢華は、神無に向かって不敵に笑ってみせた。
「凄い、私でもそれほどの気を放つ事は…」
「絢華さん、伊達に歳を取っている訳じゃありませんから」
そう言いながら、絢華は笑って見せた
本人は歳を取っている、とは言うがとてもそうは見えない容姿である。
彼女の見えない威圧感が、それを問う事を禁じているのだろうか誰も問う者はいない。
「それで、これからどうするんですか?」
「ああ、実はお前や私、そして姉上の様な力を持ったものがあと五人、いやもしかしたらもっと居るかもしれないが取り合えず当面はその力を持ったもの達を探すつもりだ」
「実はな、これは高杉家に伝わる伝承なんや。」
「伝承、ですか?」
そう言いながら、神無は古い巻物を広げて見せた。
それに書かれて居ること…
それは、特別退魔の力に優れた八人の戦士達が集い、やがて来る強大な魔を祓う。
そんな事が書かれたものだった。
「八人って事は、あと四人では無いんですか?」
「いや、絢華さんはこの書の八人とは関わりは無いと思う。」
「え、だって、絢華さんはこんなにも強い力を持っているじゃないですか?」
訳が分からないとばかりに雪人は首を振った。
「この書には、更に詳しく八人それぞれの事も書かれているんだが、絢華さんはその誰とも該当しないんだ…つまり八人とはまた別の存在。」
「案外、伝承なんてアテになりませんよぉ~?」
そう漏らしたのは絢華だった。
「な…、我が家に伝わる伝承が出鱈目だと言うのか!?」
「そうは言ってません、ただ…」
「ただ?」
「それって、先の事を見越して書かれた預言書みたいなモノですよね?つまり先の事は誰にも分からないって事ですよ~」
口元に手を添えながら無邪気に笑う絢華。
これには、高杉姉妹も参ってしまった。
「と、とにかくだ、“力”を持った退魔師はあと五人なのだ、そう、絢華さんはまた何か別の役割を持った人の様な気がするな、うん、きっとそうに違いない。」
玲奈はまるで自分に言い聞かせる様に言を紡いだ。
「それよりもアテはあるんですか?その八人の内の残り五人の人って」
「あぁ、これから会う人物にそれらしい人が居るんだが、姉上の方が詳しいんじゃいかな?」
「ん?まぁな、ウチの友達やしなぁ、何かと世話になる人やと思うし皆にも紹介しとこか」

御剣神宮の石段を降りたところにひっそりと佇む小さな喫茶店。
Cafe「Fox&Wolf」
若い女店主とその弟の二人で経営するこの小さな喫茶店は、その位置関係もあってかそれなりに繁盛していた。

      
その店名、「Fox&Wolf(きつねとおおかみ)」は果たして何を意味するのか。
女店主が狐だった。
その弟が狼だった。
あるいはその両方だった。
等と言う噂が絶えないらしいが、逆にそれもこの店の評判に繋がっているらしい。
妖と一口に言っても、そのすべてが人に害を為す訳ではない。
中には人と共存するものもおり、またそれを受け入れる人も居る
もし仮にこの店の店主が狐で、その弟が狼であったとしても、この様な店を構えている様な妖なら
きっとそれは人との共存を望む妖に違いない。
「あ、ここって…」
「ん、知ってるのか?雪人。」
「えぇ、僕も偶に此処に来るんですよ。」
「そっか、なら話も早いかもな」
そう言いながら、神無は店のドアに手を掛けた
ころころと鈴が鳴る、恐らくはドアの何処かにでも掛けてあるのだろうか。
「いらっしゃい…、あぁ神無か」
出迎えたのは噂の狐。
いや、狐ではないかと噂の女店主だ
狐を彷彿とさせる喫茶店と言う場所には相応しくない金色のそれでいて清潔感のある頭髪が何とも言えない色香を漂わせている。
細く鋭いながらも優しげな眼
神無とはまた違った魅力を持つ大人の女と言うのが似合う人だった。
「まいど!今日は瑠璃はおらんの?」
「あぁ、アイツは…」
丁度その時、店の勝手口が開く。
狼を彷彿とさせるこちらも喫茶店と言う場所にはおおよそ相応しくない銀髪の青年。
噂の狼とは彼の事なのだろうか?
その整った顔達故か、この店には彼を一目見ようと訪ねてくる女性客も多いのだとか
だが、基本的にそれを理由に2回以上来店する客はいない。
何故なら。
「ただいまぁ~、おろ?お客さん?」
「あぁ、ま、私の友達(ダチ)だけどな。」
「ったく、姉貴は人使い荒いんだから。」
見た目はともかく口を開くと残念な性格なのである。
その残念な性格の彼は手に抱えていた大量の荷物を床へ置くと店主の隣に立つ。
「あぁ、アンタ、偶にウチに来てくれる子だねぇ、へぇ神無の知り合いだったのか。」
女店主は雪人の顔をまじまじと見つめた。
「えと、その…」
「あぁ、そういやこっちのことを言ってなかったっけ、私は雨音(あまね)、神無の古い友人さ。」

「で、俺が弟の瑠璃(るり)、こんな姉貴だけど宜しくな」
雨音と名乗った方が、瑠璃と名乗った方の尻をつねる。

「いでっ、いてててて…あにすんだよ!!」
「一言多い。」
「くっそぅ~」
「自業自得だ。」
そんな二人のやりとりを見て神無は笑っていた。
「ま、確かにアンタはとっつきにくいわなぁ」
「神無まで…、ちっ、まぁいい、ゆっくりしていきなよ。」
「そらもぅ、そのつもりで」
一行は適当な席に座し、思い思いの話をしていた。
程なくして、瑠璃が尻をさすりながら品を運んでくる。
「で、何のつもりだい?」
最初に切り出したのは雨音である。
「何のことや?」
「惚けるな、私らに力を求めてる、違うか?」
神無は暫く遠くを見ていた。
ようやく、戻ってきたと思うと、閉ざしていた口を開いた。
「実はな、これはウチの勘なんやけど、近い未来にとてつもない危機が迫っとる。」
「ふぅん、それで?」
切羽詰った風に話を切り出した神無に対して、雨音は落ち着いた表情のまま話を聞いていた。
「“力”を持ったものが欲しいんや…頼む、力を貸してくれんか?」
雨音の目の前のかつての友は、自分達に救いを求めていた。
だが
「悪いけど、断らせてもらうよ。」
雨音は首を縦には振らなかった。
しかし、神無はそれほど落胆はしていなかった。
恐らく予想していたのだろう。
「そっか、そうやな、アンタ達は平穏な生活を取り戻したんやったな…」
「御免よ神無、こればっかりは友の頼みでも駄目だ。」
「こっちこそ、無理を言ってすまんかったな。」
互いの諦めの良さ、これが神無と雨音の緑の深さ、そして強さなのだろう。
一行は、店を後にした。
一行の背を見送りながら、雨音は一人呟いた。
「神無、御免な。」
その言葉を掛けたかった友は段々見えなくなった。

「良かったんですか?あれで」
店を去った一行の中で最初に口を開いたのは雪人であった
「いいも悪いも、全部アイツらが決める事や、違うか?」
「それはそうなんですけど…。」
「ちょっと待て…、姉上、雪人。」
玲奈が不意に二人を呼び止める。
「え?」
急に暗くなった空、否、夜が訪れたにしては様子がおかしかった。
「なんか、絢華さん変な気分です~」
「どうやら間違いないな…」
突如闇に包まれた一角、絢華が不快を訴える訳。
それは…
「“鬼憑き”が一人ってとこだな…、皆、気を強く持て!闇に心を持っていかれるぞ」
「は、はい!」
「よっしゃ!」
「うえぇ、吐きそう…ってそんな場合じゃありませんね、わかりました!」
この世に顕現するほどに強い妖怪や怨霊、それが顕れる時には周囲は闇に包まれ勘のいい者では、その闇に感応して、時として不快感を感じたり、闇に心を奪われ、“鬼憑き”と呼ばれる状態になる者さえ居る。
退魔師は、特にこの闇の気配に過敏な為、未熟な者だと、その“鬼憑き”になってしまう場合もある。
また、この闇の空間は、“鬼憑き”となった人間が負の感情を放つ為に生じるとも言われる。
「え?あれって…」
闇の中に現れた鬼憑きは、見知った顔であった。
「瑠璃やないか…どうして?」
<ヤット、穏やカな暮ラしを取り戻シタのに何故奪ウ?>
「違う、そんなこと…」
<違ウモノか…俺タチをもう一度ソチラの道へ戻ソウと云うのだろぅ?>
「雪人、弓を鳴らせ。」
「そうか!鳴弦ですね!」
弓を取り、弦を思い切り引き、そして放した。
弦が鳴った、辺りを覆っていた闇は晴れたが…。
<グゥゥゥ、面白イ事をするじゃナイカ>
「何!?効いていない!?」
「駄目なのか…どうすれば?」

『もし、“鬼憑き”の人が居たら、鳴弦や祝詞で祓ってやるんや』
ふと神無の声が聞こえた気がした。
(あれ?確か授業で…)
『それでも駄目やったら…実力行使や!但し、あくまでも闇を祓うんや。人もろともなんて考えたらあかんでぇ?』
今度は教壇で熱弁を振るう神無の姿が見えた気がした。
(そうか、術で駄目なら!)
「玲奈さん、神無さん、絢華さん…少しだけ僕を護って貰えますか?」
「ほぅ、秘策があると見えるな…わかった、任せろ雪人、行きますよ?姉上」
「よっしゃ!」
「あ、待ってください~」
3人が、”鬼憑き”の瑠璃と間合いを取る。
<小娘ドモが、三人掛かりで何ヲする気か>
「真ん中を見据えて…気をしっかりと籠めて…」
雪人の弓に光が籠もる。
「縛!」
玲奈は緊縛の符を瑠璃に投げた。
「縛り給へ、封じ給へと畏み畏み…」
絢華は高らかに祝詞を唱える。
「これもおまけや!!」
神無が式を呼んで瑠璃を羽交い絞めにする。
見事なまでの連携である。
「当たれぇぇぇぇぇ!!」
3人によって完全に動きを封じられた瑠璃に、光の矢が飛んでいく
その瞬間、瑠璃から闇が完全に抜けて消えた。
「ほぅ、絢華さんは神道系の導師であったか…。」
「それだけじゃありませんよ?他にも陰陽道から西洋魔術までなんでもあれですよ~。」
そう言いながら、それぞれの自慢の符を玲奈に見せながら絢華はやはり無邪気に笑っていた。
「神無」
「ん?なんや見てたんか?」
「あぁ、闇の気配に惹かれてな、職業病ってヤツか?」
雨音はそういいながら苦笑いをした。
「瑠璃があの調子じゃぁ、私も修行した方がいいかな。」
「んにゃ、あれはあれで強い子やよ。」
「前々から考えてた高杉家の敷地に店を出すって件で話があるんだけど?」
神無は頭を掻きながら考えていた。
元の生活に戻っても退魔師はやめられないものなんだな…と、そんな事を考えていた。
例え、その道が険しくても。
例え、その道が苦しくても。
明日を信じて戦う事が出来る、手に入れた明日には幸せな自分が居る。
それが、退魔師を続ける理由なんだと。
「うん、ええよ。ウチに住ませてくれってとってもええんかな?それは」
「言ったろ?修行のし直しだと…、付き合ってやるよ、昔みたいに」























それは、古くからの付き合いだったり
前世からの因縁だったり…
それを人はこう呼んだのだろう…
「旧友」と…

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