第1話
文字数 1,684文字
ふざけている。
本当にふざけていると思う。
「何なんだよ、39度って」
ビルにとりつけられた気温計には何度目をこすっても39の表示がされている。いっそ夏の蜃気楼、暑さに脳がやられて誤認しているだけで実は29度だったりしないだろうか。
「無駄か。しっかり無駄だな」
この後の商談について考える方が余程有意義な時間の使い方だ。
蜃気楼にしろ、暑さに脳がやられているにしろ、その時点で実際が何度であったところで無意味も甚だしい。
馬鹿なことを考えたところで涼しくはならない。こんな暑さの中でぴっちりスーツ着こんで、こんな不毛な思考に時間を費やす自分に虚しくなるだけだ。
「人が溶けたとかニュースで流れてきても今なら信じられる……」
外に出ていい気温ではないし、ましてやスーツ着こんで歩くような気温では決してない。黒のジャケット、上まで閉めたワイシャツのボタン、首を締め上げるネクタイ。涼しい要素ゼロだ。馬鹿なんじゃないだろうか。
いっそ全裸になりたい。
アイスクリームのように溶けてなくなるのと、干物が出来上がるのはどちらが先だろうか。
「干物ー、干物はいらんかい」
ぼそっとくだらないことを呟けど、道行く人が振り返ることもなし。不審な目が刺さるだけだ。
「その冷たさを気温に還元してくれ……」
世界の暑さも都会の冷たさも、流石に我慢の限界だった。
財布の中身を思い出して少し躊躇いはあったが、この気温の中歩き続けることの方が地獄だ。
スマホを起動し、慣れた動作でアプリを起動する。
「……頼むから出てくれよ?」
有償石10000個を消費します、のログに意を決して「はい」と答える。
目を閉じ結果を祈れど、世界の何が変わることもなく。
「……炎天下、ね」
馬鹿馬鹿しい。
一万円をつぎ込んで、炎天下。
「渋すぎなんだよ、天気ガチャ……!」
課金でしか回せないうえに、最高レア“好い感じの天気”は排出率0.005パーセント。
曇りとか、せめて夏日くらいにならないかという儚い希望はあっさりと消え去った。自棄になるための貴重な恋人 も溶け、残ったのは炎天下を歩くという事実のみ。
「いや、待て」
人事ガチャならどうにかならないか。
今日という日はもはやどうにもならないとしたって、今のクソみたいな上司が変われば、この炎天下を自分の足で稼げとか言う思想からは逃げられるはずだ。
有償石を消費します。
知ってる知ってる、大丈夫大丈夫。
俺の未来は薔薇色。
大丈夫。
「はいはい知ってた、知ってましたとも」
最低ランクのパワハラ上司。
つまりは今と変わらない。
変わったのは財布の中から友人 が消え去ったという事実だけ。ノーマルランクの普通の上司の排出率はそこまで悪くないはずなのだが、当たった試しは終ぞない。こんなことなら最初の上司で我慢していた方が余程マシだったろうに、どうして過去の俺はちょっとウマが合わない程度でガチャを回してしまったのか。
「あぁ、世知辛すぎる……」
神様から受け入れろと言われているのだろう。
もはやそう思うしかない。
「分かったよ、やるよ。やればいいんだろ、やればさ」
商談相手のビルも見えている。ガチャの結果に引きずられて商談失敗などとなれば、帰って何を言われるか分かったものじゃない。
気を切り替えて。
頭をしっかり。
きっちり。
踏み出した足が泳いだ。
「これ……は……」
歩く足が不意に、地面を捉え損なう奇妙な感覚。まるで倒れる寸前のような、何かに吸い込まれるかのような。
「回しやがったな、クソ野郎!」
おそらくパワハラ上司が、
忌々しい、本当に忌々しい。
天気も人も仕事も、人生も。結局何もかもろくな結果が出ることなくこの有様。
ガチャを回して今際の仕返しをしてやりたいが、さっきの課金で財布には何もいない。
「クソがッ!」
不毛で不当な人生。
叫んだところで、もはやどうにもならない。
誰もこっちを見ることもない。
空からは突然、全てを流し去ると言わんばかりのゲリラ豪雨が降ってきていた。
本当にふざけていると思う。
「何なんだよ、39度って」
ビルにとりつけられた気温計には何度目をこすっても39の表示がされている。いっそ夏の蜃気楼、暑さに脳がやられて誤認しているだけで実は29度だったりしないだろうか。
「無駄か。しっかり無駄だな」
この後の商談について考える方が余程有意義な時間の使い方だ。
蜃気楼にしろ、暑さに脳がやられているにしろ、その時点で実際が何度であったところで無意味も甚だしい。
馬鹿なことを考えたところで涼しくはならない。こんな暑さの中でぴっちりスーツ着こんで、こんな不毛な思考に時間を費やす自分に虚しくなるだけだ。
「人が溶けたとかニュースで流れてきても今なら信じられる……」
外に出ていい気温ではないし、ましてやスーツ着こんで歩くような気温では決してない。黒のジャケット、上まで閉めたワイシャツのボタン、首を締め上げるネクタイ。涼しい要素ゼロだ。馬鹿なんじゃないだろうか。
いっそ全裸になりたい。
アイスクリームのように溶けてなくなるのと、干物が出来上がるのはどちらが先だろうか。
「干物ー、干物はいらんかい」
ぼそっとくだらないことを呟けど、道行く人が振り返ることもなし。不審な目が刺さるだけだ。
「その冷たさを気温に還元してくれ……」
世界の暑さも都会の冷たさも、流石に我慢の限界だった。
財布の中身を思い出して少し躊躇いはあったが、この気温の中歩き続けることの方が地獄だ。
スマホを起動し、慣れた動作でアプリを起動する。
「……頼むから出てくれよ?」
有償石10000個を消費します、のログに意を決して「はい」と答える。
目を閉じ結果を祈れど、世界の何が変わることもなく。
「……炎天下、ね」
馬鹿馬鹿しい。
一万円をつぎ込んで、炎天下。
「渋すぎなんだよ、天気ガチャ……!」
課金でしか回せないうえに、最高レア“好い感じの天気”は排出率0.005パーセント。
曇りとか、せめて夏日くらいにならないかという儚い希望はあっさりと消え去った。自棄になるための貴重な
「いや、待て」
人事ガチャならどうにかならないか。
今日という日はもはやどうにもならないとしたって、今のクソみたいな上司が変われば、この炎天下を自分の足で稼げとか言う思想からは逃げられるはずだ。
有償石を消費します。
知ってる知ってる、大丈夫大丈夫。
俺の未来は薔薇色。
大丈夫。
「はいはい知ってた、知ってましたとも」
最低ランクのパワハラ上司。
つまりは今と変わらない。
変わったのは財布の中から
「あぁ、世知辛すぎる……」
神様から受け入れろと言われているのだろう。
もはやそう思うしかない。
「分かったよ、やるよ。やればいいんだろ、やればさ」
商談相手のビルも見えている。ガチャの結果に引きずられて商談失敗などとなれば、帰って何を言われるか分かったものじゃない。
気を切り替えて。
頭をしっかり。
きっちり。
踏み出した足が泳いだ。
「これ……は……」
歩く足が不意に、地面を捉え損なう奇妙な感覚。まるで倒れる寸前のような、何かに吸い込まれるかのような。
「回しやがったな、クソ野郎!」
おそらくパワハラ上司が、
課金した
のだ。より信用のおける部下を商談に送るために。あげく、何かを当てたのだろう。忌々しい、本当に忌々しい。
天気も人も仕事も、人生も。結局何もかもろくな結果が出ることなくこの有様。
ガチャを回して今際の仕返しをしてやりたいが、さっきの課金で財布には何もいない。
「クソがッ!」
不毛で不当な人生。
叫んだところで、もはやどうにもならない。
誰もこっちを見ることもない。
空からは突然、全てを流し去ると言わんばかりのゲリラ豪雨が降ってきていた。