雪の密室、冬に浴衣、現場は野球グラウンド

文字数 2,000文字

 大晦日の朝七時過ぎ。
 河川敷にある野球グラウンドは、ほぼ雪に覆われていた。一面の白をわずかに乱すのは、ホームベースとピッチャーマウンドを点々と結ぶ足跡。そしてマウンド上には若者が一人、仰向けに倒れている。真冬に、なぜか浴衣姿にサンダル履きという出で立ちで、腹部を刺されて事切れていた。
「大変だ」
 第一発見者となった尾瀬(おぜ)老人は、散歩の最中だった。多少の積雪も厭わず健脚で町内を巡る。その日課が突然非日常につながった。
「この状況は……一種の密室?」
 元刑事でもある尾瀬の心は、ざわついていた。

 ~ ~ ~

「何これ?」
 不意に画面を覗き込んできた姉に驚きはしたものの、よくあること故、抗議はしまい。読むなら読めと、僕は椅子ごと動いてスペースを作った。
「投稿サイトで新たな課題が出たんだ」
「例の三題噺か。今度のお題は?」
「足跡と浴衣とベース」
「ふうん。お、凄いじゃない。もう三つとも使ってる」
「そこは手際よく行ったんだけどね」
「まさか、続きを考えてないとか?」
「そう。とりあえず思い付きだけ」
 推理物の発端としては悪くないんじゃないかな。足跡なき雪密室の謎と、冬に浴衣姿の謎。あとはこれに強引にでも答を付けなくては。
「冬に浴衣を自分から着ようとは思わないから、強制されたと見なすべきね」
 僕が何も言い出さない内に、姉は考え始めた。僕に負けず劣らず、推理物が好きなのだ。
「これが単なる薄着なら、南半球から帰国したばかりという線も検討しなくちゃいけないけど、さすがにオーストラリアから浴衣で飛行機に乗りはしないわ」
 姉の発想はユニークだ。小説を書けばいいのにと思わされたこと数知れず。
「強制となると、いじめかなあ」
「だめ。このある種詩的な殺人現場の情景に、いじめはそぐわない」
「そんなものかな。だったら……罰ゲームでは?」
「いじめよりはずっといいわね。何かの罰ゲームで犯人に命じられ、浴衣姿でグラウンドに来た被害者。そこに犯人も現れ、何らかの方法で密室殺人を遂行」
「方法こそが最重要なんだけど」
「分かってる。凶器は刺さったまま?」
「そうだね」
「足跡に乱れはなし?」
「うん、一直線のイメージ」
「雪に血痕は全くない?」
「もちろん」
「じゃあアレは消去できるわね。グラウンド外で刺された被害者が瀕死の状態に陥りながらも、自ら歩いてマウンドまで行き、そこで倒れて絶命したっていうパターン」
「そうだね。だいたい、刺されたのに助けを呼ばず、誰もいないマウンドに向かうこと自体なさそうだし」
「だめ押ししてないで、あんたも考えなさい。自分で作った謎でしょうが」
「はいはい。えー、密室の謎が成立するには、犯行時刻は雪が止んだあと、かつ、その後再び降ることはなかった。足跡に、二重に踏んだ形跡はなし、ぐらいか。一番簡単なのは何らかの方法で遺体を遠くからぶん投げる」
「却下。そんな方法があったとしても、浴衣が乱れて美しくない」
「だよね。……あ、そうだ。足跡、後ろ向きに歩いたのをありにすれば、いけるかも」
「科学捜査に掛かれば後ろ向きに歩くなんて偽装、簡単に見破られるそうだけど、まあいいわ。まだ老人が見付けたばかりってことで。じゃ、聞かせて」
「犯人は雪が降る中、マウンドまで来て待っていた。約束の時刻になり、被害者が現れる。マウンド上で相対したときにちょうど雪が止み、犯人は相手を刺殺。それから靴を脱いで手に持ち、被害者から脱がせたサンダルを履く。そして後ろ向きにマウンドからホームベースまで慎重に歩いて、サンダル跡を残す。足跡を気にしなくていい地点まで来た犯人は靴に履き替え、サンダルをマウンド目掛けて放る」
「え?」
「これで密室完成。サンダルの設定も活かせてよかったよ」
「いや、そこはいいとしてよ。遺体はサンダルを履いた状態ではなかったってこと?」
「うん。その辺うまく描写しなきゃ、アンフェアになるから注意するよ。倒れた弾みにサンダルが脱げたことにすれば、履いていない状態だったこと自体はさほど問題にならないだろ」
 姉とのやり取りを経て、自ら解決策を見付けるなんて初めての経験だ。気分がいい。
「あとは犯人特定のための決め手が欲しいな。せめて状況証拠が」
「それなら簡単よ」
「そう?」
「さっき説明したトリック、誰でも簡単に実行できるもんじゃないでしょ」
「……そうか。サンダルをコントロールよく投げるには、条件が限られてくる」
 犯人も被害者も元高校の野球部員で、犯人のポジションはピッチャー……だと普通すぎるから、レーザービームの得意な外野手にしたいな。
「おかげで形になりそうだよ。密室の必然性や雪の降り止むタイミングなんかがご都合主義だけど、少ない文字数で書くためにはやむを得まい」
「そういえば何文字なの? 前と同じ五千字?」
 確認してなかった。僕はすぐさまネットにつないで確かめ……天井を仰いだ。
「この内容で二千字以内は無理だっ」

 終
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