1.朝の恒例行事(1)

文字数 1,842文字

 朝八時、枕元に置いたスマホのアラームが鳴る。
 ダラダラとベッドから起き上がり、俺は半分寝たままバスルームに向かい、そこでシャワーを浴びながらついでに顔を洗い、服を身に着けた。
 以前は起き抜けにとりあえずテレビを付け、朝の身支度と簡素な朝食を済ませていたのだが、二ヶ月ほど前に "メゾン・マエストロ" で暮らし始めてから、身支度を整えたらシノさんのペントハウスに行くのが習慣になっているのだ。
 俺こと多聞(たもん)蓮太郎(れんたろう)と、シノさんこと東雲(しののめ)柊一(しゅういち)の馴れ初めを話始めたら、それこそ夕方になってしまうので、ここでは割愛する。
 とりあえず、メゾン・マエストロとは、シノさんの持ちビルである "キングオブロックンロール神楽坂ビル" 内の賃貸の名称だと、理解してくれていれば、それでいい。
 ちなみに、シノさんは俺の幼馴染で、想い人でもある。

 このふざけているとしか思えない "キングオブロックンロール神楽坂ビル" という名称は、驚くなかれ、登記もされている。
 もちろん命名はシノさんだ。
 だがビルそのものに、この名称は明記されておらず、更にこの名称になったのはシノさんがオーナーになってからだから、ご近所からは「あそこの赤いビル」を略して "赤ビル" と呼称されている。
 郵便物ですら "赤ビル5階" とかで届いてしまうので、ぶっちゃけこの正式名称を知っているのは、身内だけなんじゃないかと思う。

「おはよう、シノさん」

 ペントハウスには施錠がされていないので、俺は勝手知ったるナントカで中に入り、寝室で未だ朝寝坊を満喫しているシノさんを起こす。

「なんだよ〜、まだいーじゃんか」
「良くないの。ほら、起きて。敬一クンと、シノさんのコトちゃんと起こすって、俺は約束してるんだから!」
「ん〜、も〜、ケイちゃん余計なコトを…」

 会話に出てきた "ケイちゃん" こと中師(なかつかさ)敬一(けいいち)クンは、シノさんの義弟(仮)だ。
 なぜ(仮)なのかと言うと、彼はシノさんの母である椿(つばき)サンの再婚相手の中師氏の連れ子で、しかもシノさんと中師氏は養子縁組をしていないために、DNA的にも、書類的にも、実際のところは全くの赤の他人だからだ。
 とはいえ一応 "実母の義理の息子" なので、義弟(仮)となっている。

 敬一クンは、この春に大学に進学したのだが、進路に関して父親と意見が合わず、自分の進路を貫き通した結果、半ば家を飛び出すような形になってしまった。
 容姿端麗にして文武両道な敬一クンは、日焼けした小麦色の肌が似合う素晴らしい体格の持ち主で、目鼻立ちがかなりはっきりしているイケメン…というよりは、むしろ古式ゆかしい "二枚目" って言葉のほうが似合う美男子だ。
 だが美男子ってのは往々にして年齢不詳なもので、敬一クンもまた18歳と言われると首を傾げるような、良く言えば大人びた、悪く言えば老けた外見をしている。
 俺なんて初対面の時にはてっきり20代後半かと思ったのだが、どうも本人はそれを微妙に気にしているみたいなので、基本的にこの話題は避けている。
 このデキすぎているぐらいデキている敬一クンは、反面世情というか、俗世間的な常識には疎いらしく、それを心配した椿サンから「弟の面倒を見ろ!」とシノさんに厳命が下されたらしい。

 実は俺とシノさんの生活がすっかり一変しちゃったのは、この敬一クンに端を発している。
 椿サンからの司令である「弟の面倒を見ろ!」に従ったわけではないのだが、シノさんの性根というか、好みの傾向は椿サンに似ている。
 故に、椿サンお気に入りの敬一クンは、シノさんにも気に入られて、東京での下宿先がてっきり赤ビルのペントハウスに決定しちゃったのだ。

 俺とシノさんは幼馴染で、どっちも地元はここなのだが、俺は母親と姉妹しかいない女所帯の実家が窮屈だったので、家賃3万8000円で1Kのアパートを借りて暮らしていた。
 シノさんは元々、椿サン共々父方の祖母(椿サンにとっては姑)と一緒に借家暮らしをしていたのだが、椿サンが再婚し、おばあちゃんが亡くなった(あと)に、突然サッカーくじの高額当選をしちゃったのだ。
 その当選金で、地元じゃ "おばけビル" として有名だったこのオンボロビルを買い、ビルの一階で念願のアナログレコードの中古買取販売店をオープンした。
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