ファンレター
天海さん、最終話を拝読しました。 認知症の具体的なお話には入って行かずとも、 行間からその苦労も含めつつの感謝の念が感じられました。 あとがきから、なるほど、と唸りました。 家族そのものに対する「僕」の眼差しが、素晴らしいです。 駄目だ、文字が歪んで見える……。 有り難うございました。
天海さん、11話を拝読しました。 お母さんの強さ、優しさが素晴らしく、ハッピーな展開にいっているところで……。 現実ですね。 平成が舞台ですが、リアルな現代の問題でもあると思います。 引き続き読ませていただきます!
天海さん、連投失礼します。 10話でもお母さんの、子どもに迷惑かけない、が徹底しています。 自分の母親もそんな感じです。 (父は口だけで、僕のおカネを取っていく人でしたが) 独居老人、あるいは老人だけの世帯。 同居も大変ですが、僕たちは実のところ何を求めて今の世の中を作ったのか、と時々気分が落ち込みます。 過去を振り返ることで現代の問題が浮き彫りになる。 素敵なテーマの小説だと改めて思います。 有り難うございました。
天海さん、こんにちは。 ここで場面が平成に戻りましたね。 平成での新しいエピソードを、一話分できっちりしめて回想に戻るというのは、いい流れだと思いました。 構成上、時代や場面の移動って、簡単なようで難しいですよね……。 子どもの不利益には、こうやって夫婦一致で立ち向かいたいと決意を新たにした回でした! 有り難うございました。
天海さん、第6話を拝読しました。 「僕」の気持ちがもの凄く伝わってきます。 お父さんは、多分頑張ってはいるのでしょうが、不可抗力もありますからね。 「ネフローゼ」の入院は、ステロイドを使う現在は、児にとって暇と食欲亢進との戦いです。 面会は本当に嬉しいはずですが、この状況ではもう、涙もので、同時に起こる不安も納得です。 有り難うございました。
天海さん、こんばんは。 「僕」の方でしたか。経済的な視点が入るので、確かにその選択肢ですかね。 そういう時代だった、といえばそうなのでしょうが、やっぱり悲しいですね。 続きも楽しみです。有り難うございました。
天海さん、第4話拝読しました。 ハンカチを忘れましたが、次には絶対に要りそうな雰囲気ですね。 今でもありそうですが、戦後しばらくまではこういう空気があったんでしょうね。 父側の親権が当然で、所有権的な意味を持っている。 そして野球盤! 今でも売っていますが、電子音が鳴り、いろいろ操作できます。 が、魔球の仕組みは進化していませんでした(笑)。 有り難うございました。
こんばんは。これは涙腺緩み系です。 今回の作品は、これまでと大きくテイストが違いますね。 カツカレー、贅沢の象徴。気軽に食べてしまい、むしろメタボを心配する21世紀。 戒めにもなります。襟を正して続きを読みたいです。有り難うございます。
こんにちは。第2話を拝読しました。 親の苦労を見ながら、子どもが育つ。でもすぐに全てが伝わる訳ではない。そこには無理に分からせる場面が必要なこともある。 この時代より後に育っていますが、令和の今よりはこの時代に思い入れがあります。 真剣に叱られるのは、有りだと思いますね。真剣に、子どもを思って……。 第1話の改編も拝見しました。行為は残して正解だと僕は思います。周辺の記述で思いが伝わりますね。 有り難うございました。