バイブル・スタディ・コーヒー ~スラスラ読める! 聖書入門

作者 mika

[歴史]

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バイブル・スタディの仲間たちの会話をちょっとだけ覗いてみてください。
寝ころんでスラスラ読める! 「物語」がわかれば、聖書は楽しい。
聖書を最初から最後まで読み通すのは大変です。途中でいやになってしまうことも珍しくないでしょう。
なんとなく難しそうでも、聖書のことばの向こうには、豊かな歴史と文化が広がっています。
どなたでも、実際に聖書を読んでみようというかたのお役に立てればうれしいです。


アイコンはTopeconHeroesダーヤマ様の「ダ鳥獣戯画」より使用させていただきました。

ファンレター

「創世記」 テラの系図 「バベルの塔」はいつの時代か?

今回も楽しく勉強させていただきました。創世記12:7でエジプトのファラオと宮廷の人々が「恐ろしい病気」が神によってかかりますが、この病気とは何かについて、興味がありましたので、少し調べてみたのですが、情報はありませんでした。ただ、「出エジプト記」の”エジプトの十の災厄”の前触れ foretoken と解説してあるものがあり、なるほどと思いました。聖書のひとつの魅力として、聖書の異なる箇所に関連した記述があったりすることですが、mikaさんのバイブルスタディを読ませていただいた、聖書のいろいろな箇所を読む機会が増えました。

今回、そうした例のもうひとつは、アダムからノア-セム-テラ―アブラハムの系図に関してです。この図は大変、わかりやすく重宝でした。私が持っております聖書の創世記11章の「バベルの塔」の脚注に、「言語によって民族が分かれた経緯は創世記10.5,10.20,10.31にある」としてありましたので、今回あらためて10章を読み返しましたら、mikaさんが作成された系図の前半の部分があり、続いてノアの子孫が羅列されておりました。また「その言語に従って住むようになった」という記載も確認いたしました。私は、今まで「バベルの塔」の話が、創世記の中の位置として浮いているような印象がありましたが、この部分を読んで前後の話との繋がりがわかったような思いです。ただ、「バベルの塔」の話が10章の前に来ていたら、「民族が分かれて住むようになった」という話にスムースにつながったと思われました。ちなみに「バベル」の記載は10.10にあり、ハムの子孫の項にのみありましたが、ノア以降の系図で、「バベルの塔」の話はどの辺なのかがわかれば、面白いのになどと思った次第です。

前回、私のファンレターの御返事に、mika さんから「バベルの塔」について触れたトニ・モリソンのノーベル賞受賞演説の掲載されているサイトを紹介していただきました。英語で3ページほどだったので、すぐに読めるかなと思い、読んでみましたが、意味はとれても、内容がつながらず難解でした。そこで、岩波文庫の「アメリカの黒人演説集」に日本語訳がありましたので、こちらを読み直しました。こちらを読むと、演説では、話がどんどん膨らんで、ときに横道にそれながら、読者により当初想像される結論・主題よりはるかに広がりをみせたものになって結ばれておりました。なるほど、この展開では、私のつたない英語力では理解できなかったわけだということがわかりました。「バベルの塔」に関するくだりの日本語の訳を読みますと、最後の二つのセンテンスの意味深さに気が付きました。

Had they, the heaven they imagined might have been found at their feet. Complicated, demanding, yes, but a view of heaven as life; not heaven as post-life. (時間を割いていたら、かれらの想像する天国が、自分たちの足許に見出せたかもしれません。複雑で骨が折れる話です、たしかに。でも人生を天国とみなすのです。人生の後にくる天国ではなくて。p357)

この訳を読んで思い出しますのは、キリストが、「神の国とは、あなたがたのただ中にある God’s imperial rule is right there in your presence.」、つまり、天国とは、今生きているなかにあると語ったルカの福音書17:20のエピソードです。天国は、死後とか、「バベルの塔」を築いた結果にあるのではなく、日々の生活に天国は見いだせるものである、というように、私はとらえておりますが、この箇所は福音書のなかでも、私はこれまで大切にしてきたものであります。聖典には含まれておりませんが「トマスによる福音書」には、より、今回のモリソンの文章に近い節113.4がございました。「父の国はこの地上に広がっている。そして人々は、それを見ないのである。The Father’s imperial rule is spread upon the earth, and people don’t see it.」。

また、mika さんには「バベルの塔」についてカフカが書いた「町の紋章」もご紹介いただきました。こちらは3ページの短編でしたが、塔の建造の準備に「通訳官」が用意されていたりと、これはひょっとすると二度目の「バベルの塔」の建造なのかも?などと想像しながら、楽しく読ませていただきました。

最後に、「カインとアベル」の改稿の部分に、以前、mikaさんが私のファンレターへの返事のなかで説明してくれた「不条理」の話が追加されており、嬉しく思っております。次回も楽しみにしております。

荒野の狼

返信(1)

荒野の狼さん、いつもお読みいただきありがとうございます! 最新話とともに改訂版の「アダムとエバ/カインとアベル」の回も読んでくださったのですね。荒野の狼さんのおかげで、より深い読み解きができたなと思い、せっかくなので加筆することにしました^^
トニ・モリスンの演説とカミュの小説、どちらもお読みになられたのですね! 読書のお役に立てたこと、とってもうれしく思います。
「でも人生を天国とみなすのです。人生の後にくる天国ではなくて」という言葉は、素晴らしいメッセージですね。さすがノーベル文学賞作家だと感じます。モリスンの執筆活動を通しての差別との戦いは、現実の社会を少しでも天国を近づけようとする積極的な信仰実践なのかもしれない、と思いました。

サライが宮廷に召し入れられた時に、宮廷で起こった「恐ろしい病」というのは、ヘブライ語では「主は大きな疫病でパロを撃った」(創12:17)と書いてあります。パロとはエジプト王の称号と言われます。『創世記1 ヘブライ語聖書対訳シリーズ』の注釈によりますと、この「疫病で撃つ」という表現は「触れる」と同じ動詞を使っていて、「疫病、天罰の病」を意味する言葉です。全く同じ語句は出エジプト記とレビ記で用いられているそうで、レビ記では「重い皮膚病」(ライ病)と訳されています。

「バベルの塔」の物語は、実際に書かれた年代はバビロン捕囚時代か捕囚後の時代ではないかと言われていますが、聖書の中での年代はアブラハム世代よりもずっと前の出来事として配置されていますね。
バベルの塔が建設されたのは、ノアの系図でどの子孫の時代に当たるかは、フラウィウス・ヨセフス(ローマ帝国時代のユダヤ人歴史家)がギリシャ語で執筆した『ユダヤ古代誌』(西暦94~95年)に記されています。以下に引用して、少しご紹介します。

神にたいしこのような思い上がった侮辱的な行為に出るよう彼らを煽動したのは、ノアの子ハムの孫で、強壮な体力を誇る鉄面皮人のニムロデだった。彼は人びとを説得 して、彼らの繁栄が神のおかげではなく、彼ら自身の剛勇によることを納得させた。そして神への畏れから人間を解き放す唯一の方法 は、たえず彼ら を彼自身の力に頼らせることで あると考え、しだいに事態を専制的な方向へもっていった。彼はまた、もし神が再び 地を洪水で覆うつもりなら、そのときには 神に復讐してやると言っ た。水が達しないような高い塔を建てて、父祖たちの滅亡の復讐をするというので ある。人びとは、神にしたがうことは奴隷になることだと考えて、ニムロデの勧告を熱心に実行し、疲れも忘れて塔の建設に懸命に取り組んだ。そして、人海戦術のおかげで、予想よりもはるかに早く塔はそびえたつことになった。
フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌1』(ちくま学芸文庫) より

このニムロデという名前は、「クシュにはまた、ニムロドが生まれた。ニムロドは地上で最初の勇士となった」(創10:8)と書いてあります。さらにニムロドは「彼の王国の主な町は、バベル、ウルク、アッカドであり、それらはすべてシンアルの地にあった」(創10:10)と書いてあります。ニムロドの王国はバビロニア王国と重なるのです。そして、バベルの塔を建設した人々について、「東の方から移動してきた人々は、シンアル地方の平野を見つけ、そこに住み着いた」(創11:2)と書いてあります。なので、ニムロドの王国があったシンアル地方にバベルの塔がつくられたことが明らかです。ヘブライ語で「シンアル」という言葉はバビロニア全域を指しており、シュメールと同じ意味です。
『ユダヤ古代誌』が書かれたのは、旧約聖書が編纂された時代(バビロン捕囚後の時代)よりもかなり後代になりますが、聖書を非常によく研究して書いていることが分かりますね。
次回はアブラムの甥ロトのお話です。引き続きよろしくお願いいたします^^