バイブル・スタディ・コーヒー ~スラスラ読める! 聖書入門

作者 mika

[歴史]

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バイブル・スタディの仲間たちの会話をちょっとだけ覗いてみてください。
寝ころんでスラスラ読める! 「物語」がわかれば、聖書は楽しい。

聖書を最初から最後まで読み通すのは大変です。途中でいやになってしまうことも珍しくないでしょう。
なんとなく難しそうでも、聖書のことばの向こうには、豊かな歴史と文化が広がっています。
どなたでも、実際に聖書を読んでみようというかたのお役に立てればうれしいです。
※今月は、隔週水曜更新です。

アイコンはTopeconHeroesダーヤマ様の「ダ鳥獣戯画」より使用させていただきました。

ファンレター

イサクの犠牲

この場面、本当に西洋絵画ではおなじみなので楽しみにしていました。ドラマチックな場面なので、
絵のモチーフにしやすかったのかもしれませんね。
いくら神への信仰に揺るぎがなかったとしても、アブラハム自身、どうなるかは分かっていない。
まして殺されるかもしれないイサク本人の恐怖たるや……本当に恐ろしかったことでしょうね。
父親に何度も問いかける息子の姿が切実かつリアルで、胸に迫ります。
しかしここまでアブラハムの信仰を試すとは、神様もなかなか厳しい……と感じてしまいました(笑)。
信仰を証明した彼が、結果として報われて良かったです。

返信(1)

あおぞらさん、いつもお読みいただきありがとうございます! 
レンブラントの「イサクの犠牲」は、6年前にロシア旅行をした際、エルミタージュ美術館で本物を見ました。でもその時は、同じくエルミタージュに展示されていたレンブラントの「放蕩息子の帰還」の方が、しみじみと良い絵だな~と思ったんですよ。
今回、あらためてレンブラントの「イサクの犠牲」を見てみて、一瞬を切り取った見事な絵だなと感動しました。「アブラハム、アブラハム」という天からの呼びかけが、聞こえてきそうな臨場感ですよね!

イサクがためらいながら、父に問いかけた言葉は胸に迫りますね。
聖書にはアブラハムがこの時どう思っていたか、小説で言うモノローグ(内面の吐露)が書いていないので、あくまでも書いてあること(アブラハムの行動と短い台詞)だけで、彼の心情を読み解く必要があります。書いてあることを文字通りに読むと、やはりアブラハムは神を信じていたから、その瞬間に何が起こるのか分からなかったとしても、イサクが死ぬとは思っていなかったのではないか、と考えます。
ギリシャ神話の例と比較して考えると、人間を神の犠牲にささげることが頻繁に行われていた古代社会にあって、イサクの命を救って、代わりに羊を用意してくれる神というのは、なんて憐み深いのだろうかと思います。
狩りの腕前を誇ったアガメムノンに腹を立てて、娘を生贄にささげよと命じる女神アルテミスの残酷さには、驚かされます。疫病をもたらしたり、犬に八つ裂きにさせたり、多産を誇った女の子供を皆殺しにしたりと残酷な仕打ちをするアルテミスを、当時の人々はなぜ崇拝していたのでしょうね…?

『レビ記』では、出エジプト後のイスラエルの民たちの日常生活における細かい戒律が書かれていますが、その中に人間の生贄を禁じる文言があるんですよ。
「もし、国の民が、自分の子をモレク神にささげる者を黙認し、殺さないならば、わたしがその者と家族に顔を向け、彼および彼に倣ってモレク神を求めて淫行を行うすべての者を民の中から断つ」(レビ20:4-5)
子供を生贄にささげる者は、国の法律で死罪とする。さらに国がその者を罰しないならば、神が必ず罰を与える、ときわめて厳しく生贄を禁止しています。古代カナン地方ではバアル、アシタロテなど多くの神々が崇拝されていて、その中で子供を生贄とする宗教の勢力が非常に強かったようです。イスラエルの民の中にも、カナンの宗教の影響を受けて子供を生贄とする人々が、神の法で禁じなければいけないほど、多かったのでしょうね。恐ろしいですね。
当時の社会背景では多神教の信徒の方が圧倒的多数で、アブラハムの信じる神の信徒は少数派でした。子供を生贄にささげる当時流行の宗教よりも、生贄を厳しく禁じる少数派の宗教の方が、結果的に現代まで残ったというのは、興味深いことです。
現代でも儀礼殺人、呪術殺人の報道を見るので、人間を生贄とする考え方は消滅したわけではないですが、少なくとも現在では人間の生贄を求める宗教が多数派ではないので、それは本当に良かったですね。

次回はサラの死と埋葬のお話です。引き続きよろしくお願いいたします!