【ブックガイド】人生は、断片的なものでできている

作者 mika

[創作論・評論]

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21件のファンレター

☆NEW!!☆ウィリアム・フォークナー『エミリーへの薔薇』 #ノーベル文学賞
皆さまに、ぜひとも読んでもらいたい! と思う作品をネタバレなしで紹介しています。
ノーベル文学賞って気になるけど、難しそう……そんな受賞作家の作品も3000字程度で解説。
現在、お題企画「戦争について考える」に参加中です。

表題は『断片的なものの社会学』(岸政彦)のオマージュです。
※表紙はAdobe StockからFranzi Drawsさまの作品を使用させていただきました。

ファンレター

坂口安吾

mikaさん、こんにちは。
坂口安吾… 檀一雄の書いた「太宰と安吾」を読んだことがあります、当時の作家って、ほんとに今から考えられないくらい、破天荒というか、何というか、むちゃくちゃな感じがしました、笑。

「桜の木の下には、死体が埋まっている」、有名な言葉ですが、この安吾の小説から出たのかな、と思いました。
「人間の真実の美しさ」。最近、とても、この「美」…美しさ、美しい、というより「美学」というのか、「美を学びたい」という気持ちに、よく、なります。

「個としては意味をもたない、不完全かつ不可解な断片が集まることによって、一つの物を完成する」。たしかに、そうなんだろうなと思います。
でも、「分解すれば無意味なる断片に帰する」。そうなんだろうな、と思います。

そして「もはや孤独を怖れる必要がなかった」、ここに何か、強いものを感じます。
とんちんかんな、ぼくの想像かもしれませんが、安吾にそういわせたのは、いわば「神」のようなもの、存在、そんな何か、孤独でありながら、孤独でない、孤独であるからこそ、孤独でない… そんな、何か、いえば美しいものを、感得したというか…、そんな安吾を、想いました。

mikaさんの、こちらの作品から、mikaさんの、思いのようなもの、自分には強く感じられ、こたえるものがあります。

ありがたい、作品です。
どうもありがとうございます。

(すみません、追記です、梶井基次郎でしたか。るるせさん、教えて頂いて、ありがとうございました)

返信(1)

かめさん、こんにちは。お読みいただきどうもありがとうございます!
実は「戦争について考える」というお題をかめさんが提起してくださったおかげで、この『桜の森の満開の下』のブックレビューを久しぶりに自分で読み返してみたんです。
もともとは2000字コンテストのために昨年1月頃に書いたものでしたが、読み返すとあらすじを説明しすぎてネタバレが過ぎると思ったので、200字程削りました。

わたしが『桜の森の満開の下』と出会ったのは、2018年の読書会です。安吾の同じ作風の『夜長姫と耳男』と合わせて読みました。
初めて読んだ当時は、こんな面白い作品を今まで知らなかったのか、と驚いたものです。
それ以前に、安吾のエッセイ『堕落論』、『続堕落論』、『日本文化私観』を読んでいました。
彼のエッセイは、議論を呼び起こすためなのか、偽悪的?というか、挑発的(攻撃的)な口調で書かれているので、発表当時は反発を覚えた読者も多かったのではないかと思います。

『堕落論』で安吾は、「戦争中の日本は嘘のような理想郷」だったと言い切り、「私は一人の馬鹿であった。最も無邪気に戦争と遊び戯れていた」と痛烈に自己批判しているのです。
自分たちが「美」だと信じて疑わなかったものが、「美」ではないと突き付けられてしまった時、それを事実として受け入れることの苦痛は名状しがたいものだったのではないか、と想像します。
『堕落論』で言うところの「堕落」とは、戦中の価値基準では「美しくない」とされていた生き方、不道徳なふるまいをすることを指します。
戦中の「美」は「虚しい幻影」だったと気づいてしまって、「美」と正反対な不道徳な生き方にこそ人間らしさがある、というようなメッセージではないかと思います。

『堕落論』で安吾は「終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づく」と言っています。
この「自由」(『文学のふるさと』では「絶対の孤独」と言っています)を自分自身の責任でもってどう引き受けるか、ということを敗戦後の彼が真剣に考え続けたテーマなのかなと思います。
安吾の作品は、ほとんど青空文庫で無料で読めますので、お暇なときにぜひとも読んでみてください!

追伸
お題「戦争について考える」についても現在、書き進めているところです。書き上がったら、このブックレビュー(ブックガイドに改題しようかなどと考えていました)に追加する予定です。