もっと『闇の左手』~ゲセンへの秘密の扉~

[SF]

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15件のファンレター

私の戯曲『闇の左手』の、原作小説(アーシュラ・K・ル=グウィン著)を紹介するコーナーです。
詳しくは「はじめに」をお読みください。
(2023.12.13) ただいま整理中です。一時的にリンク切れなどご不便をかけますが、しばらくお待ちいただければ幸いです。

ファンレター

渾身の訳!

 久しぶりに、本の山から「闇の左手」を発掘してきました。今回、どれも渾身の訳ですね。オーラを感じます。

19-13
「白と黒のだんだら縞」が、タイトルをイメージさせる「闇と光の織りなす縞模様」もうこれだけで泣けてきます。「人ひとり動く気配もない。」もわかりやすいです。僕の舌はもつれた。は未村さんの挿入でしょうか。ゲンリーの動揺する様子がよくわかります。彼らの荒い息づかいが聞こえてくるような訳ですね。

19-14
 シノス渓谷→例の紛争の谷の傾斜に変えられたんですね。(あくまで個人の感想ですが、実は私、ここでちょっと止ってしまいました。二人に感情移入して文を追っていたのですが、ええっと、例の紛争って? となったのです。シノス渓谷でさらりと流したほうが読みの流れが止らなくていいかなあ……と)
「土地の起伏~」からは突然に国境の印が現れた感じが、淡々とした出版版よりよくわかって好きです。「二人でいろいろな対策を検討した」からも、二人がいろいろな案を出し合って検討している感じがして緊張感を感じます。(ただ、読んでいてダッシュが前に出てきたダッシュと近いので違う言葉でも良いのかなと、いらんことばかりすみません)
 極限状態の彼ら。「二つで、一つ……」からの詩的な表現は、涙なしには読めません。
 究極のロマンチック。(T_T)

19-15
「それはたぶん受け付けてもらえなくて」この一文は出版版には入っていませんでしたね。出版版の訳では保証されているという肯定的な感じがしましたが、未村さんの訳ではすんなり入れずに施設収容になるだろうという意味に取りました。ゲンリーが彼の身が危ういことに気がつく伏線として挿入されたのであれば、わかりやすいです。
 ああ、ここから後は、後は……絶句。目の前に情景しか見えない。

19-16
 出版版の訳では「鉄の玉を発射する古代の銃」ですが「爆発とともに金属の破片を飛散させる、古式ゆかしいタイプの武器だ」になってますね。原文では散弾銃の意味なのでしょうか。猟銃として使われ、動く対象に当てやすいので、なるほどって感じです。
 そして。でも……なぜそこで〈●●●〉なのーーーーーっ。ゲンリーかわいそすぎる。(愛に応えてるのか???)
 未村さんの訳で、最高潮に盛り上がったところで……。
 天国の作者に再考を検討していただきたいです。

 いろいろと失礼な感想もあったかもしれませんが、素人の感想なので平にお許し下さい。
 素敵な訳を読ませていただきありがとうございました。新たな発見も多々あり、感謝しています。
 ゆっくりと気長に待っています。くれぐれもご自愛ください。

返信(2)

ありがとうございます! 不二原さんのご感想はいつもありがたいです。長くなりますけど一つずつお答えしていきますね。
ほんと今回はまさに渾身で、内容が内容なのでへとへとになりました、泣きすぎて(笑)。

19-13
「白と黒のだんだら縞」(既訳)→「闇と光の織りなす縞模様」(私の訳)について
私の訳のほうが原作に忠実です。原文は「白と黒」ではなく「闇と光 dark and bright」です。「だんだら」という一種田舎っぽい言葉がいまの読者さまに通じるか疑問でした。原文はstreakで光のひらめきや、まさに光の作る縞模様のことですが、「段だら」は広辞苑では染物のイメージなので、そういうものは厳密にはstreakではありません。

「僕の舌はもつれた」(私の訳)について
原文にあります。既訳の訳し落としです。I said stammering. 直訳すると「僕はどもりながら言った」です。
"The damned ungrateful traitor!" I said stammering.
育ちの良いゲンリーが汚い言葉を吐くシーンはめずらしいです。もしかしたら全編でここ一箇所だけかもしれません。どもりには彼の動揺だけでなく、damnedなどというはしたない言葉を口にしてしまうことへの彼の緊張と、それを凌駕する激怒を表しています。すごく大事な要素なんですが、なぜ小尾先生は訳し落とされたのでしょうか。
ただ、五十年前の英語だと"The... the damned, damned tr, traitor!"みたいにリアルに表記はしないのが常だったと思い、「くっ……」というのはいまの読者さまを思って私が補いました。笑

19-14
「シノス渓谷」(既訳)→「例の紛争の谷」(私の訳)について
私の訳のほうが原作に忠実です。原文はthe disputed valleyです。じつは私も「えっとこの谷の名前なんだっけ、サシノス……違う違う」なんてまごついたんですね。それでもあえて「例の紛争の谷」に戻したのは、「例の紛争」がすごく大事だからです。
憶えておられませんか? 冒頭のほうを読まないと書いてなかったかな、この章のセシシャを紹介するくだりでもまた話があったと思うけど。このシノス峡谷がカーハイドとオーゴレインの国境争いの地になっていて、当時この地域の長官だったエストラヴェンが地元民を心配して、私財を投じてまで移住させてあげたりして(セシシャはその一人)、それが政敵タイブににらまれて足をすくわれる原因になったんですね。
だから地名より「紛争」を思い出させる方が大事だと、原作者は思ったんだと思うんです。
私もここで、一気に、この作品の冒頭からいままでのエストラヴェンの苦難がそれこそ走馬灯のように(笑)頭をよぎりました。

「ダッシュ」(私の訳)について
違う言葉が思いつきませんでした……。いい案があったらお教えくださいっ。
原文は先のがshot back、後のがdashです。shot backを「すばやくスキーで滑り戻る」などとするとかったるくてうざくないですか。「しゅっと」とか「ひらりと」とか擬態語を使うとどうもちゃらくて、ここの緊張感に似合わないし。(タメイキ)

19-15
「それはたぶん受け付けてもらえなくて」(私の訳)について
既訳、どうなってましたっけ。えーと、「不備ながら、身分証明書をたずさえているエストラーベン」ですね。
原文はwith his unacceptable identification papersです。直訳すると「あそこへエストラヴェンは彼の受け入れられない身分証明書を持っていき」って何言ってるかわかりませんよね。英語ってこういうふうに、日本語なら文章で説明するところを、先取りして形容詞一つ(unacceptable)ですますことがけっこうあるんです。
そのまま日本語に置き換えて「受け入れられない(であろう)証明書を持っていく」とすると日本語として変だから、私は文章の形に開いたんです。
こういう工夫を私はしょっちゅうやっていて、つまり原文の形容詞一語に対して日本語の形容詞一語をあてるんじゃなく、ときには文章の形に開いたり、逆に英語では文章になっていても日本語でコンパクトに熟語で言えるところはそうしたりしてます。そして一文や一段落の中でだいたい分量があうように帳尻を合わせて、読者のかたの体感を原文を読んだときに近づけるよう努力してます。

unacceptableは「受容不可能の」。「不備」どころではないです。ぜんぜんダメということです。
憶えておられませんか、エストラヴェンはすでに何回も身分証明書を偽造していて、「これ以上の偽造は無理だ」と自分もゲンリーに語ってましたよね。保証されているわけがない。そのことをunacceptableという一語が表しているんです。簡潔でめちゃくちゃインパクトがあります。
ゲンリーはここでようやく「いや亡命するってセレム、亡命できるわけないじゃないか……!」ということに気づきはじめるんですよね。その気づきの瞬間をとらえている一語で、もうみごとというしかありません。
刑務所か強制収容所で一夜の宿が「保証されているassured」って、これ皮肉でしょう。刑務所、強制収容所での一夜。その先に待っているものをゲンリーは体験済みです。飢えと労働と恐怖と絶望と、死。
この一文だけ読んでたんじゃだめなんですよ。いままで私たちは《何を》読んできたのかってことなんです。

19-16
「鉄の玉を発射する古代の銃」(既訳)→「爆発とともに金属の破片を飛散させる、古式ゆかしいタイプの武器」(私の訳)について
私の訳のほうが原作に忠実です。原文はthe ancient weapon that fires a set of metal fragments in a burstです。くりかえしますがa set of metal fragmentsです。メタル・フラグメンツ、金属の破片たち。複数形です。明らかに散弾銃なんです。
ついでにancientという単語についてですが、例えば「古代文明 ancient civilization」というように普通に「古代」という単語です。ですが、これ日常会話で使うときは、「古臭い」「流行遅れ」「いつの話だそれ」(笑)という揶揄が入った感じなんですね。これも憶えておられないでしょうか、このゲセンの世界は超未来で、実弾の銃はオーゴレインではもう博物館のケースの中にしかないんだけど、カーハイドは旧式の国だからまだじっさいに使っているという話がありました(どこでしたっけ。でも絶対あった)。だから「ウソだろいまどき実弾使うなんて! 麻酔銃じゃないのか?!」というゲンリーの悲鳴と怒りが炸裂しているように、私には聞こえたんです。
ゲンリーが「散弾銃」と言わずにわざわざ細かく形態を説明しているのは、ゲンリーの世界にはもうこのタイプの武器はないからでしょうね。現代で「カタパルト」ってどんなものか説明してくれるような感じでしょう。

>そして。でも……なぜそこで〈●●●〉なのーーーーーっ。ゲンリーかわいそすぎる。(愛に応えてるのか???)
でしょ、でしょ、でしょー!(泣)でもゲンリーついに「愛」って言っちゃったね!!(原文 my love for him)
なんかもう……萩尾望都『トーマの心臓』の「これが僕の愛 きみにはわかっているはず」まで思い出しちゃって、やーん! 深夜ひとりでだだ泣きでしたー。早朝か!笑

>天国の作者に再考を検討していただきたいです。
私もですっっ。アーシュラさぁーん!!

>新たな発見も多々あり、感謝しています。
こちらこそありがとうございます。ひきつづき応援よろしくお願いいたします。(^^)/
 詳細なお返事ありがとうございました。

19-13

「闇と光の織りなす縞模様」、原語では「闇と光 dark and bright」なんですね、作者もまさにこの最終局面でタイトルを意識した言葉を選んでいたんですね。「だんだら」は新撰組の服の模様でしか聞いたことがなく、興味も無いので調べませんでした。縞の事なんですね。私は「闇と光の織りなす縞模様」の訳がとても好きです。

「僕の舌はもつれた」(私の訳)について原文にあります。既訳の訳し落としです。

 おお、未村さんの訳を読まなければ知ることもなかった一文です!

「くっ……」というのはいまの読者さまを思って私が補いました。笑

 未村さんの訳は、臨場感があって感情移入しやすいです。ところどころ、このような気遣いがされているためでしょうね。

19-14
「シノス渓谷」(既訳)→「例の紛争の谷」(私の訳)について
私の訳のほうが原作に忠実です。原文はthe disputed valleyです。それでもあえて「例の紛争の谷」に戻したのは、「例の紛争」がすごく大事だからです。

 忘れていました、すっかり。そうか、あえてここで思い出させるのですね、彼の偉業と今の彼のあまりに酷い境遇と……。納得です。

「ダッシュ」(私の訳)について
違う言葉が思いつきませんでした……。いい案があったらお教えくださいっ。

 すみません、未村さんの名訳に挿入できるような言葉を思いつきません。

19-15
「それはたぶん受け付けてもらえなくて」(私の訳)

 楽観的な出版版と雰囲気が違うので、ん?と思ったところでした。そうか、何度も偽造してもう隠しおおせないという記載があったんですね。(読み方が浅くてすみません)次のゲンリーの気づきとダイレクトにつながりますね。

19-16
「鉄の玉を発射する古代の銃」(既訳)→「爆発とともに金属の破片を飛散させる、古式ゆかしいタイプの武器」(私の訳)について
私の訳のほうが原作に忠実です。

 原作も散弾銃を想定したんですね。打った瞬間の衝撃まで想像できる感じです。胸が吹っ飛ばされたという描写にもつながりますね。

 ゲンリーが「散弾銃」と言わずにわざわざ細かく形態を説明しているのは、ゲンリーの世界にはもうこのタイプの武器はないからでしょうね。
 なるほど!!! 深いです。

 いろいろと失礼な問いかけもありましたが、詳しく説明していただきよくわかりました。「闇の左手」愛が伝わってきます。
 翻訳は消耗されると思います。ゆっくりとまたゲセンへの扉を開いてください。ありがとうございました。