献金で苦しんでいる方々へ・ちょっとした助言

作者 佐藤子冬

[社会・思想]

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1件のファンレター

献金で苦しんでいる方々へ。ちょっとした助言です。
見て頂ければ幸いです。
各人の信仰を否定するものではありません。

ファンレター

献金について

佐藤さん、こんにちは。
この「献金で苦しんでいる方々へ」向けた佐藤さんのメッセージは、安倍元首相の事件を受けてお書きになったものですよね。
あの事件についての報道を見て、どうして破産するほど多額の献金をしてしまうのだろう? と強く疑問に思い、どうしたら身の丈以上の献金をするかたを思いとどまらせることができるのだろうか、とぐるぐる考えていました。

そんな折、佐藤さんが献金についてのメッセージを公開されたのを拝読し、とても勇気づけられて、わたしもわかりやすい献金の話とキリスト教系新宗教の話を書くことにしまして、『有機交流電燈 アーカイブ』に「いま見ておくべきドキュメンタリー(サンクチュアリ教会①)」と「キリスト教とキリスト教系新宗教はどう違うの?(サンクチュアリ教会②)」と題して公開しました。
佐藤さんが先に立ってメッセージを発してくださったから、わたしも勇気をもって書くことができました。どうもありがとうございます!!

佐藤さんのおっしゃる通り、十分の一献金について聖書には記されていますが、現在の教会では自発的な献金を求めることが多いですよね。
十分の一を重荷と感じているかたには、少なく払うことは罪ではないとはっきり言えますが、十分の一どころか資産の全部を自発的に献金してしまい、自分自身や家族を不幸にしてしまうかたには、どのような言葉をかけるべきなのか、考えてもよく分からないです。
献金をしすぎて破産する信徒ばかりの教えだったら、そのような宗教は遠からず消滅してしまうのではないか、と思います。
十分の一と聖書に具体的に定められているのは、決して重荷などではなく、むしろ過剰な献金を防ぐ予防策と言えるかもしれないと思うようになりました。信仰生活と家庭生活を両立できるような古代からの智慧と言いますか、ちょうどよいバランスを神さまが示してくれている気がしてなりません。

また、佐藤さんの8月31日の活動報告も拝読しました。家族に信仰を理解してもらえない、いちばん身近なひとから誤解されるのはとてもつらいですよね。
イエス・キリストは「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい。」(マタイ10:22-23)と言っておられます。
マタイ10章34節-39節で語られているように、信仰によって家族と仲違いするであろうこともすでに示されています。
佐藤さんの困難な状況が少しでも早く改善されるよう、お祈りしていますね。

返信(1)

返信遅れて失礼致しました。
mika先生の小説を拝読を途中まで進めていましたが、時間の都合上今晩は難しそうです。
パペット映画を見ていた最中でしたが、中々見終わるのに時間がかかってしまい、申し訳ありません。
新たな知見としましては古楽に勇気付けられました。
自分は家族を養う為に逃げることは出来ませんが、今日古楽を聴いて幾分勇気付けられました。
これも主のお導きだと感じます。
雄々しくあれ、という言葉を思い出す良い古楽でした。雄々しくあれ、とは勇敢ではなく神が共におられることを常に想い馳せる言葉であることを再認識出来た良い機会です。
こちらこそ、ありがとうございます。
又、いずれ機会ある時にmika先生の物語を拝読させて頂きたいと思います。
あいにく、今日も仕事で休眠時間を考えた場合、すぐには拝読出来ないかも知れませんが。
悪しからずご了承頂ければ幸いです。