深川人情河岸 罪と贖い

作者 一木隆治

[歴史]

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 将軍様の代替わりにより、何年ぶりかで八丈島から御赦免船が帰って来た。
 それに乗る流人たちは、夢にまで見た江戸の風景を遠くに目にすると、喜びの涙を浮かべて肩を抱き合った。
 ただ清次だけは違った。
 三十過ぎで男前の清次は江戸の町を見た途端に胸が悪くなり、胃の辺りも締め付けられて軽い吐き気までしてきた。
 他の流人たちと違い、清次は江戸に帰るのが怖かった。
 と言うより、かつて己が江戸で犯した数々の罪が怖かった。
 思った通り、清次が江戸に着いても喜んでくれる者など誰一人おらず、それどころか見知らぬ男に恨みの言葉を浴びせられおそわれかける有り様だ。
 親兄弟から縁切りを望まれていることも、少なからずの人から恨まれていることも覚悟はしていた。
 ただそれでも清次は二度と悪の道には戻らず、真面目に働く強い覚悟をしてでいた。
 しかし働くにも狭い長屋を借りるにも、まず身元を引き受けてくれる者が居なければ話にならない。
 そしてその請人(身元引受人)になろうという者が、清次には誰一人として居なかった。
 だが悪の道に戻るつもりはなく、このまま飢えと寒さで死んでも構わないつもりで行き倒れていた清次を、お美代が見つけて救った。
 お美代は深川の佐賀町で人入れ稼業をしている伊勢崎屋の娘である。
 その娘が拾って来た薄汚く怪しげな男に、伊勢崎屋の皆は嫌な顔するだけでなく、追い出すように言う。しかしお美代の強硬な反対で店に置いてみたところ、清次は実によく働いた。そして店の若い衆に喧嘩を売られても、殴られるままになっている。
 本気で立ち直る気を見て取った伊勢崎屋の者たちは、清次を温かく見守る。
 しかし島で一緒だったやくざ者の安平は、清次を阿片の抜け荷の仲間にしつこく誘い入れようとする。
 また、かつて清次をお縄にして島に送った岡っ引きの重蔵も待ち構えていて、清次の仕事に執拗に嫌がらせをする。
 さらに「島帰りだ」ということで、清次の懸命な働きぶりも見ずに冷たい態度を取る者も少なくなく、伊勢崎屋も「島帰りの者などを使っているから」と、幾つかの店から取り引きを切られた。
 さて、重蔵や安平らの嫌がらせや誘惑を、清次は最後まで振り切れるのか?
 さらにそこまで恨まれる、清次がかつて犯した罪とは何か?
 そして人は罪を犯しても、心から悔やんで立ち直れば許されるべきものなのか?

ファンレター

上質な時代小説

初めまして。とても質の高い、市井物時代小説ですね。罪人の償いという重いテーマで、考えさせられます。キャラクターの設定なども丁寧で、読んでいてぐいぐいと引き込まれました。
まだ半分あたりなのですが、清次が本当にやり直せるのか、ハラハラしています。続きも楽しみに読ませて頂きますね。

返信(1)

私のようなものの書いた拙作をお目に留めて下さり、深く御礼申し上げます。
昔、しかも若気の至りで犯した罪は、どれだけ悔いても許されないのか。これは正解の無い、書いた私にすらわからない難しい問題です。
ただ、昔の清次のような悪餓鬼たちに暴力による苛めを受け続け、誰にも助けてもらえず、殴られ蹴られしながら一人で何人も相手に必死に戦って生き抜いてきた過去のある私としては、つい第15話に出てくる平松先生、あるいは祐さんこと平松祐二郎に共感してしまうんですねぇ……。
けれど昔ワルだった奴は許さない、みんな死ねで片付けられる話でも無いことも、よくわかっています。
こんな奴でも本当に真剣に、死ぬ気で反省して立ち直ろうとしているなら。許してやるべきか。
ラスト近くで明らかになる清次の旧悪を知ってから、それぞれご自分なりの答えを出していただければと思っています。
また、平松祐二郎が主人公の物語や、第19話に伊瀬友と豊甚との会話に少しだけ出てくる西野先生が主人公の物語も書いてありまして、いずれ清書してこの場に投稿するつもりでおりますので、その際にはよろしければ少しなりともお目を通して頂ければ幸いです。