目玉焼き乗せカレー 2

文字数 1,407文字

※『目玉焼き乗せカレー』の続きです


 このフライパン、どうなってるんだろうと思った。
 彼女が持って来たそれは、私のより焦げ目がつかない。
 軽いし、火の通りも繊細で扱いやすかった。

「どうしたの?」

 鍋の中身を混ぜていた彼女が言った。
 カレーの香りが部屋の中に広がり、お腹が空いてくるのが分かる。

「このフライパン、魔法が付与されてる感じ?」

 私はフライパンを指さしながら言った。
 白身には焦げ目もなく、少しも張り付いてない。
 目玉焼きを焼くのは得意だと思っていたけれど、その自負を上回る焼き加減だ。

「魔法付与って」

 彼女が肩を震わせながら笑った。

「なんでそんなに笑うのよ」
「だって、テフロン加工のフライパンにそこまで感動する人、初めて」

 彼女の肩の震えは収まりそうになかった。
 私は、少し頬を膨らませながら目玉焼きを皿に移す。
 うちの台所にあるのは、フライパンというより中華鍋だ。
 父が持たせてくれたそれは鉄製で重い。
 同じく持たせてくれた鍋は、いわゆる寸胴鍋と呼ばれているものでステンレス製なのだ。
 私が使っている調理器具は、重くて火加減が難しい。

「そっか、これがテフロン加工」

 私の呟きに、彼女は声を出して笑った。
 
「貴女はたぶん、料理が下手なわけじゃないと思うよ」
「そうかな?」
「うん。家庭の火力で使うには、鍋が本格的過ぎる」
「そうなんだ」
「でも、火力に気をつければ最高の道具が揃ってる」

 彼女は、鍋掴みをした手のひらでカレーの入った寸胴鍋を撫でた。
 料理好きにはたまらない道具なんだそうだ。
 そう言えば、包丁も褒められたことがある。
 包丁も、鍋と同じく父が持たせてくれたものだ。

「ご実家、食堂やってるんだっけ?」
「うん。中華のような、洋食のような創作料理を父が作ってる」

 私が幼い頃に母が亡くなったから、家事に関わるのは早かった。
 でも、火を使う家事はなかなかさせてもらえなかった。
 刃物も駄目だったから、料理に関わることがなかったのだ。
 仕事の合間に作る父の料理で育ったからか、料理が苦手な大人になった。

「ご実家のお店、いつか行ってみたいな」
「いいけど、普通のお店だよ?」

 彼女を見た。
 カレーの鍋を見つめながら、少し嬉しそうだった。
 常連さんは多いけれど、行列が出来るような店ではない。
 何が彼女を嬉しくさせるのか分からなかった。

「本当に普通のお店なんだけど」
「分かんないか」
「うん」

 私は言った。
 彼女は、にっこりと笑い、私の腰に自分の腰を軽くぶつけてくる。

「で?」

 このままだと、彼女からは言い出さない。
 そんな性格なのだ。
 そろそろ慣れて行かないと。
 見上げた彼女の目尻に、ゆっくりと皺が入る。

「貴女が育った味なんでしょう?」
「そうだね」
「私がそれを受け継ぎたいって話だよ」

 彼女の言葉を聞いて、私の目尻にも皺が入るのが分かる。

「なにそれ? 本当、なにそれ!」

 私は思わず大きな声を出した。
 そんな私を見て、彼女が笑う。

 私はスマホを取ってきて、『会って欲しい人がいる』と父に連絡を入れた。
 『どんな人なんだ』と返事がすぐに届く。
 『お父さんみたいな料理上手で、お母さんみたいな綺麗な人だ』と返した。
 父からの返事は、『完璧だな』だった。
 私は、『同感』と打ち返し、彼女を抱きしめた。

 目玉焼き乗せカレーは、父の十八番だ。
 父のレシピで彼女が作った料理。
 そんなの最高に決まっていると思った。
 

 

<完>

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