第1話

文字数 3,403文字

 静江との共通の友人である友則(とものり)から連絡を受けたのは、彼女の死からひと月ほど経った、六月の週末だった。

「静江のことで、ちょっと相談したいことがある。明日の夕方、時間を貰えないかな?」

 メールにはそう書かれていた。

 静江とは、大学に入ってからよく話すようになった。同じ高校に通っていたのだが、彼女は雰囲気の違うグループに居たため、あまり話すきっかけがなかったのだ。しかし、同郷の人が少なかったため、大学に入ってからは自然と一緒に過ごすようになった。
 二人揃って文芸系のサークルに入ったことで、今度はそこで知り合った友則、貴斉(たかひと)と四人でのグループ交際のような形になり、少し足をのばしてお昼ご飯を食べに行ったり休日に一緒に出掛けたりするのは四人で、という暗黙の了解というか、ルールのようなものが出来上がっていった。

 だから彼女が急に亡くなり、それが自殺だったと聞いて、残された私達三人は少なからぬショックを受けた。せっかく、私と貴斉が婚約したことを二人にも知らせようと思っていたのに。その矢先だったのに――。
 私は、自分に何か彼女のためにできることがあるなら協力を惜しまないという旨の返事を、友則に返した。

   ◇     ◇     ◇

 まだ梅雨に入るか入らぬかという時期だが、東京はすでに蒸し暑く、着ていたブラウスがぺったりと肌に張り付くのが不快な気候だった。
 彼と待ち合わせた大学近くの喫茶店は、外壁にツタの絡まった古い洋館風の建物だった。よく見ると、そのツタの半分は人工的なプラスティック製品で、レンガもおそらくはヴィンテージ加工をした新品なのだろうが、ぱっと見には昭和から大正レトロの雰囲気を持つ風格ある佇まいに見えた。

 中に入るとエアコンの涼しい風が出迎えてくれる。人気店のようで、店内は大学生と思しき客で半分以上が埋まっていた。
 友則は既に席について待っていた。私を見つけて片手を上げる。
 席についた私が注文を終えると、彼は言った。

「聞いたよ。婚約おめでとう」
「ありがとう。まだ二人とも学生だし、早すぎるんじゃないかとも思ったんだけど……」
「うん……彼女のこともあったしな」
「ええ……でも、彼も就職先の内定を貰ったし、卒業まで一年を切ったし、こういうのは、はっきりさせたほうがいいと思って」
「そうだね。ところで、彼女のことなんだけど」
 友則は表情を変えて話し始めた。

「『NOVEL DETA』って聞いたことある?」
「なぁに、それ?」
「大手出版社が運営している、小説投稿サイト。静江が、そこにいくつかの作品を残していたらしいんだ」
「静江が?」

 意外だった。静江は、サークル内でもあまり積極的に作品を発表していなかった。文学フリマにサークルとして同人誌を出すからと言われても、なかなか書かなくて……あの時は結局出さなかったんじゃなかったかしら? そもそも、SNSすらあまりやらない彼女が、ネットの投稿サイトなんて。
 彼女らしからぬ話に、私は驚きと困惑を隠せなかった。それにしても……面倒見のいい友則は、何かにつけて大人しい静江に、あれこれと口実を設けて積極的に声をかけていたが、そんな秘密を共有していたとは。私の二重の驚きをよそに、彼は持っていたバックパックからタブレットを取り出し、『NOVEL DETA』のサイトを開いて見せ、先を続けた。

「僕も以前、彼女から聞いたときに驚いた。もちろん『読んでみたい』と言ったんだけど、『恥ずかしいから、内緒』って。それで、そのままになってしまったんだけど……。こういうことになってしまったし、僕は彼女が書いたものを見つけたいと思うんだ。それで、この中から彼女のアカウントを探すのを君に手伝って欲しいんだ」

 友則は、画面を私の方に向けて見せてくれた。会員登録者数は五万人とある。とんでもない数だ。これだけのアカウントの中から彼女を探すなんて、できるだろうか? いや、そもそも……。

「え……でも、静江は見られるのを嫌がったんでしょ? それを探すべきなのかしら? それに、一体どうやって探すの? 何か、彼女が書いた作品のタイトルとか、どういう内容のものを書いたかとか、少しは聞いたことがあるの?」
「いや……その話をしたとき、いろいろ聞いてみたけど、結局彼女は何も言わなかったんだ。」
「それってやっぱり『見ないで』ってことよね……」

 そうは言いつつ、私も、彼女が一体どんなものを書いていたのか、知りたい気持ちはあった。もしかして、実はスゴイ人気作家だったとか? いや、それなら自慢するだろう。
 いやいや、彼女の性格からして、それはないか。いつも控え目で、目立つようなことは嫌いな人だったから……。

「僕は、ここにこそ彼女が死を選んだ理由が隠されていると思うんだ。だから……はっきりさせたいんだ。僕自身のために。これは僕のエゴかもしれないけれど、そうしないと僕は彼女の死を乗り越えられそうもないんだ。
「……」
「彼女だったら、どんなものを書いたと思う?」
「そうね……」

 私は、彼女と交わした会話を思い返してみた。特に、小説や創作について。
 彼女が好きな作家、作品、モノ……ある著名な恋愛小説家が頭に浮かんだ。そうだ、彼女はあの女性作家が好きだと言っていたっけ。

「松村萌加……彼女、あの人の書いたものが好きだって言ってた」
「検索してみようか」

 友則はタブレットに手早く文字を打ち、検索をかけ、結果画面を見せてくれた。該当した作品の数は百近い。が……。

「この検索結果、おかしくない?」
「そうだね……?」

 検索結果画面に表示された作品は、どれもそのタイトルにもキャッチコピーにも、松村萌加の名前が入っていないのだ。

 友則はずらりと並んだ作品の一番上の作品をタップした。本文をざっと読んでいるようで、一定のリズムで画面のスクロールを繰り返す。
「やっぱり、松村萌加に関係はないなぁ。文章は、似ていると言えば、似ているような気はするけど」
 私も友則に差し出されたタブレットに表示された文章を目で追っていく。が、松村萌加の名はない。それに、その文章は、友則が言うほど松村萌加の作品に似ていない気もする。
 私はふと、思いついて作者名をタップしてみた。プロフィールが表示された。そこには、果たして「松村萌加が好きです」の文字。友則がそれを見て言った。

「そうか。プロフィール欄の文言も拾うんだ」

 ブラウザバックして、もう一度検索結果画面を見てみると、その作者名には重複が多く、候補になったのは七人だった。一番作品数が多いのは50作以上の小説を書いている人、次が20編ほどの作品を投稿している人と十数編を投稿している人、あとは数編の作品を投稿している人が四人ほど。
 私と友則は、頭を突き合わせて同じ画面を覗き込み、それぞれのプロフィール欄をチェックしていった。

 50作以上投稿の人は、「こんにちは! 松村萌加がだい好きです!」から始まる、全体的にテンションの高い文章。違う。これは静江ではない。彼女はこんな文章は書かない。
 次に、20作ほどの作品を投稿している人。一人は文芸に詳しいらしく、評論がずらりと並んでいるが、静江が苦手と言っていたホラーなどの評論もかなりあるので違うだろう。
 十数編ほど投稿している人は、落ち着いた文章を流れるような文体で書き綴っている。とても上手いと思うし、雰囲気は静江に似ているような気がするが、何か引っかかる。保留。
 後の四人のうち、二人は最後に投稿したのが三年前。この人たちは違うだろう。残り二人のうち、一人は明らかに男性のようなので、残るのは一人。この人は、投稿したのは三編ほどと少ないが、プロフィールの文章を見る限り、その文体が静江に一番似ている。

「この人が一番可能性が高いと思う」

 そう、友則に告げると、彼も頷いて「俺もそう感じた」と言う。続けて、ちょっと、トイレへ」と席を立った。
 彼を待つ間、私はそのアカウントによって投稿された作品を読み始めた。

 三つのうち二つは、二万字ほどの短編で、すれ違う男女の話。こう言っては悪いが、割とありそうな平凡な恋愛小説だ。
 そして残る一つは長編。一人称で、ある人物への恋慕が綴られていた。まるでブログのようなリアルな日常の描写が、淡々とつづられている。
 が、それを読み進めた私は思わず口を覆った。

「これ……」

(次話へ続く)
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