第3話 沈黙アンサー

文字数 726文字

 (せみ)の鳴き声に迎えられた定林寺(ていりんじ)
 騒がしいなと思いつつ、悪い気はしない。
 夏の木漏れ日、青々と茂る夏草を目にすると、やはり五感が欲するものがある。

 無心にキャッキャと遊ぶ子供たちの姿が、蝉の鳴き声を通し耳で感じられるのだ。
 目を閉じるとハッキリ見える光景もある。
 これも可視光景(かしこうけい)と満足気な自分だ。

 暑さ、流れる汗を(あお)るようなその声——鳴き声とも笑い声とも聞こえる——は、この夏、今日という日を必死に生きている。
 並ぶ赤いのぼりを横目に、汗を拭い立ち止まる。
 正午を過ぎ、気温は三十八度を超えていた。

 石段前、カゴ付きお揃いの自転車が並んでいる。
 カゴにはレンタルサイクルの表示。
——その手があったか。
 秩父駅に車を停めて、徒歩で街を巡る私は既に全身汗でぐっしょりだ。

 境内奥のほうから人の声がする。
 一人で気にもしていなかったが、私の着ているTシャツは元々のグレーからまばらなチャコールに変色している。
 今更ながら、この装いは他人を気にすると恥ずかしくなる。
 回りを気にする性分は、たとえ生活圏(テリトリー)を離れても変わらない。

小生(しょうせい)、これほどの感動はないでござる」
「まさしく」
「お二人、そこでポーズを」

 古風というか、現代に過去を無理矢理当てはめたような。
 あるいは、オタク独特の言い回しと言ったほうが分かりやすい。
 各々の役割を持ったような会話を続ける三人組の男性陣。
 (まと)う空気も共有する気持ちも、レンタルサイクルでなくたってお揃いの自転車を漕いでいそうだ。

 私の存在に気付いたようで、急に弾んでいた会話が沈黙へ。
——俺、けっこうそういうノリ好きなんだぞ。
 沈黙に一言残し、彼らの時間を邪魔しないよう定林寺を後にする。
 車に戻り、Tシャツを着替えるのであった。
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