#15

文字数 1,738文字

“I Am The Doorway”



 ――――少女の祈り。
 ――――紡がれる聖句。
 ――――揺れる世界。
 ――――閃光が、奔る。

 レキナの祈りに応え、巨大な門が宙に顕現(けんげん)する。石造りのような、それでいて全く別の物質のような、(くら)い銀色。いつの間に、そんなものが現れたのかがわからない。それどころか、門を見る者はずっとそこに存在していたかのような奇妙な錯覚に囚われてしまう。
 扉には幾重にも重ねられた冒涜的な幾何学模様。それは荘厳(そうごん)にして絢爛(けんらん)。見る者全てに畏敬の念を抱かせる、現実的ではない芸術。
 宙に座した銀の門(それ)が、重苦しい音を響かせながら開かれる。

 その中は深淵だった。
 扉は開かれているはずなのに、その中に何があるのか理解が出来ない。並び立つことのない異形の闇。暗闇よりも暗い黒。ブラックホールのように吸い込まれそうな、漆黒の宇宙。

『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』

 と、ある哲学者は言った。

 ……深淵が、這い出てくる。
 不条理だ。これは世界にとって不条理そのものだ。道理に合わない。辻褄が合わない。存在してはならない。
 何故ならば、その深淵は本来、映し鏡でなければならないのだから。そして、映るはずのないものが……冒涜的な異形が、門より這い出てくる。

 その異形の姿自体はありふれたものだった。誰しもが見たことのあるはずであるもの。だが、その形状は認識できない。本来、その場に存在し続けてはならないものだからだ。

 それは、天災と畏敬の象徴。遙か遠い昔から、ずっと。神として奉られていた時から。
 光り、(とどろ)き、(ほとばし)る。

 ――――(いかづち)

 その雷がまるで生きているかのように蠢く。否。この雷は生きている。深淵から這い出てきたその御身は地に落ちることない。獰猛な、幾重にも重なった雷鳴のうねりを叫び声のように上げる。
 その光景は見る者によっては神秘的に見えるだろう。神の奇跡とも言うだろう。

 ……だが、それはハカナにとっては違った。
 こんなものが奇跡だなんてそれは、後から伝え聞いた他人事だから言えることだ。遠くから、安全圏で、俯瞰(ふかん)してからこそ言えるものだ。

(……冗談じゃない)

 今、その奇跡(かいぶつ)は彼が手を伸ばせば、届きそうな距離にある。圧倒的な熱量(エネルギー)の坩堝が、世界の(ルール)をねじ曲げて目の前に存在している。少しでも触れれば当然、死ぬ。考えるまでもないぐらいの過剰さ(オーバーキル)で、あっけなく死ぬだろう。
 人間の理解が出来る許容量なんてとうに超えている。神として祭られていたのは遠い過去だとしても、恐れるべき脅威であることは今も変わり様がない。

(こんなものは、あの怪物と何も変わらない。ただの、化け物だ)

 祈りを捧げ続けるレキナは動かない。初めて見た時に感じた神秘的な雰囲気も、過ぎてはただひたすらに恐ろしいだけだ。

(……彼女がこの化け物を呼び寄せたのか?)

 微動だにしないレキナはまるで、この化け物を呼び出すためだけの機能のようだ。やつらの出入り口。そんな言葉がハカナの頭に浮かんだ。それは恐らく、間違えていないのだろう。

 雷の怪物が顕れた衝撃により、既にボロボロになっていた建物の天井は跡形もなくなっている。
 強い日差しが辺りに降り注ぐが、それより輝く雷が辺りを照らす。
 雷の怪物が相対するは目前に存在する機械の怪物。その姿は既に満身創痍で、鳴り響いていた蓄音機も止まっている。
 この場ではもはや雷鳴の轟音以外聞こえない。聞こえたとしてもかき消されている。圧倒的な雷の権能がこの場を支配していた。
 向き合う怪物と怪物。狂気しか存在し得ない、人間には不可侵の領域。地獄の饗宴。その言葉が相応しい。

「――――――ッ!!!」

 機械の化け物が震える。相対するものが怨敵であるかのように。

「――――――」

 雷の化け物がそれに応えた。声になるはずのない音の意志で。


 そして、不条理と不条理が交差した――――
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