第17話 奈美は花香。

文字数 4,205文字

「奈美さん、聞いてる?大丈夫?」
 
 華からの思いもよらぬ一報で、奈美は絶句した。
 
「うん、ごめん。びっくりした。それで、他に何か言ってるの?」
 
「場所がね、確か、里香さんが見つかった場所からそう遠くない場所よ。」
 
「その白骨が花香かもしれないってことになるの?」
 
「発見されたのは、まだ一部だけだから分からないわ。また何か分かったら連絡するね。」
 
 でも、なんで、こんな今になって…。
 
 奈美は、階段を降りてから、スマホで確認した。
 
 富山県内の山中で、幼児と思われる白骨遺体の一部が発見された。
 死後、数十年は経っていると思われ、ここ最近の大雨による土砂崩れの跡に、発見されたことから、埋められていたのではないかとの見方もあり、事故、事件の両面で身元の確認を急いでいる。
 また、25年前に、行方不明の幼女の可能性も含めて、捜査をしている。
 
 埋められたって…。
 
 また、華からの電話が鳴った。
 
「ごめん、大事な事言い忘れた。この前言ってた、保育園の写真見つけたわよ。うち母が知ってる人で、いたのよ。保育園もわかった。それでね、なんと花香ちゃんも写ってたの。入園時のスナップ写真で、里香さんと佐々木由美子さん、花香ちゃんと奈美ちゃんと呼ばれてた子。私が見る限りでは、奈美さんは、やっぱり花香ちゃんね。見たら分かるわよ。写真送るわね。」
 
 幼児の骨?写真の奈美は私ではない。いったいどうなってるのか…。
 
 奈美は、もう、自分が分からなくなった。
 
 お母さん、里香って名前知らないって言ってたじゃない。一緒に写ってるなんて。

 写真が送られてきた。
 
 これ、お母さんだ。肩に母の手が添えられてる前の女の子が、奈美…ってこと?
 違う。私じゃない。右手の甲に火傷の痕のような傷。私には無い。この子は誰?
 もしかして、白骨って…。
 
 奈美は震えが止まらなかった。
 
 
「奈美さん、どうしたの?先生は帰ったの?なんか、顔色が悪いわよ。」
 
 博美は、奈美の顔をのぞき込んだ。
 
 華からの電話の件と、送られてきた写真を見せた。
 
「水口さん、やっぱり、友人の弁護士と警察の相談してみよう。だんだん、自分たちの手には手に負えなくなってきている。」
 
「奈美さん、そうよ。私も怖い。」
 
「そうね…。ごめん、博美さんがこんな時なのに。」
 
「何言ってるの。友達じゃないの。」
 
 博美は奈美の肩をぽんと叩いてそう言った。
 
 隣の部屋から、美津子の声がした。
 
「博美さん、さっき、葬儀屋さんが言ってた、エンディングノートみたいのはないの?返事しないと。」
 
「そうでしたぁ。すみません。探してみます。」
 
 博美は、再び、奈美と2階へ上がった。
 
「博美さんのお母さんは、何も言ってなかったの?」
 
「言葉でも、葬儀の事とか、どんな風にしてとか何も言ってなかったな。あ、でも、通帳とかは、整理しておいたから、見てねとは言われてたんだった。」
 
 引き出しの中を見た博美は驚いた。
 
「えっ、これ、私名義になってる。看護学校代だって。ずっと私のために貯めてたのね。だからギリギリまで働いて。どこまで、私って頼りにされてなかったのかしら。」
 
 博美は、乾いていた頬をまた濡らしていた。
 
 その下からタイトルも何も書いていない一冊のノートが出てきた。
 
「葬儀は質素で良いと書いてあるわ。写真もあまり撮ってなかったけど、この写真を使って欲しいって。10年近く前に、私と近くの温泉に日帰りで行った時のね。後にも先にも、この時しかなかったわ。母がどこかへ連れて行っってもらった事なかったもの。」
 
 
 写真の中には、湯畑を背景に、母、牧子と博美の満面の笑顔が収められていた。
 
「博美さん、良い写真じゃない。」
 
「ねぇ、奈美さん、灯しや診療所の事が書いてあるわよ。ほら。」
 
 きれいな桜模様の一筆箋が、ノートに挟まれていた。
 
 一筆箋には、娘さんの相談の件 灯しや診療所を紹介します。浜本美香と書いてあった。
 
「美香先生から直接紹介されたんだ。お母さん、先生に博美さんのこと相談してたのね。」
 
「そういうことだったのね。母さん、ごめんね。てっきり、もう私の事なんて考えてないと思ってた。本当にひどい娘だったわ。」
 
 博美はノートを抱きしめた。
 
 
 
 
 安藤牧子の通夜と葬儀も終わり、博美は一人になった。
 
 今日は、静かな夜だ。月の冷たい灯りが、博美の寂しさを一層深くさせる。
 
 静寂がこんなに悲しいものなのかと、博美はこの静かすぎる暗い部屋で、ひとり、思い切り泣いた。
 
 泣くだけ泣いた。
 
 どれだけ泣いても、涙は涸れることなくあふれ出てくるものである。
 
 腫らした瞼を閉じ、泣き疲れた博美は、子供のように母の枕で眠りについた。
 

 水口雅之宅にて
 
「奈美、どうした、元気ないな。」
 
「お父さん、お母さんの事で、わかった事があったの。」
 
「お母さんの事?そうだ、お母さんと言えば、最近、病院の近くの喫茶店で、由美子と会ったか?」
 
「お母さんとは、あれから会ってないよ。」
 
 妻の麻衣が珈琲を淹れて、奈美に前に置きながら言った。
 
「私、友達のお見舞いの帰りに、その喫茶店に立ち寄ったんだけど、席がね、大分離れてたからな。やっぱり違ったのかしら。2人とも険しい顔してたわよ。奈美ちゃんだと思ったけど、背がちょっと高かったしね。ごめん人違いね。」
 
「麻衣さん、あの病院の私と似てる先生がいるから、その人だと思う。お母さんと繋がってたんだ。」
 
「なんかよく分からないが。で、わかった事って。」
 
「これ、見て。お母さんが、お父さんと結婚する前の写真。」
 
 奈美は、テーブルの上に、スマホからプリントした一枚の写真を出した。
 
「これ、由美子だね。前にいる子は奈美か?何か違うみたいだけど。親子にように写ってるね。」
 
「そう、私ではない。この子が本当の奈美って子なの。ほら右手の火傷のような痕。私には無いわ。」
 
「えっ、どういうことだ。」
 
 雅之は、眼鏡に拡大鏡を重ねで、食い入るように写真を見た。

「確かに、火傷みたいだな。顔つきも違うし。隣の子の方が、奈美っぽい。」
 
「そう、その隣の花香が私だと思う。花香の後ろに母親の里香。これは、保育園の入園時に撮ったスナップ写真で、この年に同じ保育園に行ってた子のお母さんが撮って持ってたのよ。里香さんと母にも渡したらしいわ。そのお母さんだけでなくて、何人かに聞いた事だから、ここに写っている人物は、里香の娘の花香と、母の娘の奈美で間違いない。」
 
 
「なんか、狐につままれた気分だ。自分も騙されたという事か。それにしてもひどい話だ。許せない事なんだけど、現実とは思えないから、何の感情が湧かないよ。」

 眼鏡を外しながら、雅之は目頭を押さえた。
 
 
「誰だって、そうなるわよ。普通では考えられない事だもの。それと、その里香さんにはお姉さんがいたの。美香って言うんだけど、麻衣さんが見た先生よ。」
 
「なんだか、ややこしいな。それじゃ、その先生と奈美は姪と叔母の関係になるのか。だから似てた?でも、なんで、奈美はそこまで知ってるんだ。」
 
 奈美は、これまでの不思議な体験と、富山で華から聞いた話などを、整理しながら話した。
 
 
 「今話した情報を説いてくと、美香はその先生ってわけ。向こうも分かってるはずよ。私たちの動きが面白くないらしくて敵視してるもの。でも、お母さんと美香先生が繋がってただなんて、どういうことなんだろう。そこは全然読めないわ。」

雅之は深くため息をついて言った。
 
「そうか。奈美がそこまで、いろいろ動いてたなんて知らなかったよ。それにしても謎だらけだね。でも奈美の記憶が正しかったと言うことか。じゃあ、この本当の奈美って子はどこにいるんだ。戸籍では、奈美がそのままになってるから、どこかで、入れ替わった?」
 
「お父さんに会ったときは、すでに、私が奈美だったでしょ。3歳か4歳?」
 
「そんなもんだな。由美子と一緒になったときは、こっちの保育園は行ってなかったな。小学校からだったような気がする。でも、こんなこと考えたくは無いけど、富山へ行こうとしなかったのは、子どもが違うのがバレるから?自分の本籍は富山だけど、親の代で、墓も東京に移したから、行く必要もなくなったのはあるけど、由美子の故郷なのに、何故だろうとは思っていた。」
 
「富山へは行きたくなかった理由は、まだあるかも。お父さん、何日か前に、富山で、白骨が見つかったってニュースでやってたでしょ?見た?」
 
「あのニュースか?まさか…。」
 
 雅之は、口元まで持ってきていた珈琲カップを、テーブルに戻した。
 
「そう、そのまさか。その骨が本当の奈美だったら、辻褄が合うと思うの。何かの原因で、奈美が亡くなって、子どもが欲しかったお母さんは、どうやってかは分からないけど、花香の私を奈美として育てた。」
 
「奈美さん、ね、それって、我が子を死なせて、他の子を誘拐して育てたってことになるわよ。大事件じゃない。」
 
「麻衣、そんなこと簡単に言うもんじゃ無いよ。」
 
「お父さん、麻衣さんの言うとおりよ。私は誘拐されたのかもって、どこかで思ってたのかもしれない。具体的にどうこうってのは分からなかったけど。」
 
「すごい事話してるんだよ。分かってるか奈美?今の話、警察には話したの?」
 
「もちろん分かってるわよ。今度、知人に、警察関係の知り合いにいるから、相談してみようと思うの。」
 
「それが良いよ。なんだか怖い話だな。もちろん父さんも協力するから、何かあればすぐ連絡くれよ。」
 
「奈美さん、心配だわ。気をつけてね。」
 
「ありがとう、お父さん、麻衣さん。麻衣さんのほうが、お母さんみたいね。」

奈美は穏やかな笑顔を見せた。
 
「奈美、それは無いだろ。せめてお姉さんだね。」
 
「いいわよ、お母さんで。私、嬉しいわ。」
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