1 草薙鎖天は斯く絶望す
文字数 4,105文字
「は…………?」
言葉が、出なかった。
脚から力が抜け、その場に膝をつく。だらしなく開いた口からは、吐息と共に疑問符が垂れ流しになる。パニックに陥った脳が、目の前の光景の把握さえ怠っていく。
これは、なんだ?
なんの冗談だ?
嘘、だよな?
嘘だと、言ってくれ。
「…………笑夢。おい、おい笑夢! 返事をしろよ!」
肩を掴み、思い切り前後に揺らす。頭がおもちゃみたいにぐわんぐわん揺れ、首が千切れてしまいそうだった。
なぁ、もういいだろ?
手の込んだドッキリかなにかだろ?
場の空気を温めるための、お茶目な冗談なんだろ?
だったら、もう大成功だ。俺はこれ以上ないってくらい驚いた。度肝を抜かれた。だから、だから、なぁ。
返事をしてくれよ。
なにか言ってくれよ。
死んだ振りなんてもういいから。
いつもみたいに明るく、言葉を返してくれよ!
「笑、夢……」
だが無情にも、掴んだ肩は氷のように冷たかった。
傷口から流れ出す血は、固まることを忘れたようにこぼれ続ける。
明らかに噛み千切られたと思しき傷跡は、真っ赤な肉が覗いていて、それがぴくりとも動いていなかった。
死体、だ。
氏村笑夢は、紛うことなど許されずに死んでいた。
「あ、あ……!」
震える手から力が抜け、笑夢の身体が力なく倒れる。
びちゃっ、と湿った音がした。
笑夢の身体から流れ出した血液が、そこに小さな池を作っていた。波ひとつ立たない、真っ赤な池。その中心に、笑夢は眠るように横たわっていた。
セーラー服が見る見る内に赤黒く染まっていく。
笑夢。笑夢。氏村笑夢。
俺の、友達。
高一からの付き合いの。
胸襟を開いて話ができる、友達。
その友達が、死んでいる。
死んで、いる。
「ああ、あぁああああ……」
ふと、それが目に入った。
血で真っ赤に染められた、ビニール袋。
その中には、赤くぐちゃぐちゃになった新聞が入っていた。俺に差し入れるつもりだったのだろう。そよ風にぺらぺらとめくれている。
俺の。
俺の所為だ。
俺が、こんなことを頼んだから。
だから笑夢は、死んだ。
殺されたのだ。
俺の、所為で――
「あぁああああ、ああぁあああぁあああ……!」
がたがたと身を震わせて。
俺はあほみたいに、わななくことしかできない。
獣のような呻きを漏らすしか、できなかった。
俺が。
俺が、笑夢を殺したんだ。
誰が殺したかは分からない。けれど、誰が手を下していようと、俺が殺したようなものだ。
友達だと言ってくれるあいつに甘えて。
情報の差し入れなんて、勝手なことを頼んで。
挙句、死なせてしまったのだ。
こんなの、俺が殺したようなものじゃないか。
胸の奥が、刺されたように痛む。きりきりと、心臓を直に引っ掻いてるような痛みに噎せ返りそうになる。
ごめんなさいと。
その言葉さえ、出てこない。
辛くて、痛くて、苦しくて。
気づけば俺は、滂沱の涙を流していた。
ぽたぽたと、雨のように落ちていく。血の海に涙が混じり、瞬く間に赤く染められていく。
じくじくと、痛む心も染まっていく。
歪んだ色に。
目を回すような、吐き気を伴う酩酊感。
頭を抱え、呻く。呻く。
慟哭、する。
「うあぁあぁあああぁぁあぁああぁあああああぁぁぁあぁああぁあああぁああああぁぁあぁああぁあああああぁぁぁあぁああ……!」
俺の所為で。
俺の所為で。
俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で――――
「お嘆きのところ悪いんだけど、退いてくれないかな? 少年。検死の邪魔だよ」
半ば塞がっていた耳に、その声は届いた。
冷たい、冷気を纏った声だ。聞くだけで背筋が震えそうになる。
反射的に、声のした方へ振り向いた。
俺の背後に、いつの間にかその人は立っていた。
「……………………」
「聞こえなかったかい? 邪魔だ、と言っているんだよ、少年。死体は鮮度が命だ。時間が経てば経つほど、声は小さくなっていく。死体が伝えたい情報を聞き出すには、迅速な検死が不可欠なんだ。君にかかずらっている余暇はない」
淡々と声が紡がれていく。
――――血も凍るような、美しい女性だった。
腰まで伸びた、傷んだ藍色の髪。人形のように整った顔。血の色を湛えた真っ赤な瞳が、爛々と輝いている。服は、葬式で着るような真っ黒のスーツ。ネクタイやワイシャツ、靴に至るまで黒で固められており、油断すれば路地裏の薄暗闇に紛れてしまうだろう。
彼女は革靴をかつかつ鳴らし、俺を押し退けてくる。尻餅をつく格好になった俺には目もくれず、笑夢の死体を舐めるようにじろじろと見つめ始めた。
「あ、の……あなた、は」
「なんだい、今忙しいんだが。警察を呼ぶなら少し待っておくれよ。私は奴らが嫌いでね。奴らに現状を譲る前に、調べるものは調べておきたい」
「あなたは……なんなん、ですか?」
「曖昧な質問だな。それは私の検死を邪魔してまで答えてほしい質問かい?」
「…………す、みま、せ」
「私は霧雨 愛菜 。しがない探偵さ」
苛立ったような声に引き下がりかけると、女性は唐突に名乗ってきた。
霧雨、愛菜? 探偵?
どちらも耳に馴染みがない。少なくとも、俺とこの女性は初対面だ。こんな人がいるなんて、聞いたこともない。
「さぁ、私は名乗ったよ。次は君の番だ、少年。それとも、君は人に名乗らせておいて自分は拒否するという非常識人かい? 名乗りには名乗りで返す。当然のマナーだろう?」
「……草薙、鎖天、です。あの、あなたは――」
「……草薙? 今、草薙と言ったかい?」
ぴくっ、と女性の――――霧雨愛菜の動きが止まった。
ゆっくりと、幽霊のように振り返ってくる。その目には、驚きと喜びが満ち満ちていた。子供のように、キラキラと輝いている。
「え、あ、はい……そう、ですけど」
「そうかそうか! 君が草薙鎖天か! あっはははは! 会いたかったよ少年A! こんなところで会えるなんて、まったく素晴らしい偶然だ! こんな舞台をセッティングしてくれた神様とやらに、私は全霊の感謝を捧げよう!」
立ち上がりながら、霧雨愛菜は歌うように言った。
その急激なテンションの変化に、俺は呆気に取られる他ない。背の高い霧雨さんを見上げるようにしながら、口をあんぐりと開けていた。
そんな俺に、霧雨さんは手を差し伸べてくる。
にこにこと、満面の笑みを浮かべて。
「丁度いい、私は君を探していたんだ。草薙鎖天くん」
「探して……一体、どうして」
「私はね、君たち草薙家の事件を調査している」
「……!」
草薙家の、事件。
両親が殺され、妹が消えた――恐らくは殺された――事件。
その、調査だと?
なら、この人の目的は。
「ち……違う。俺はなにもやってない! 父さんも母さんも、妹だって、殺しちゃいない!」
「分かっているさ」
俺の言葉に、霧雨さんは大きく頷いた。
分かっている?
警察に追われている俺が、犯人ではないと、分かっている?
「私の調査は、警察とは無関係の独自のものでね。あいつらは私のことが嫌いなんだ。まぁ私もあいつらのことは大嫌いだけどね。――――とにかく、君が犯人でないことは知っている。そして、君が抱えている問題も、知っている」
「問題……?」
「あぁ。君が死んでいるのに生きている。それも私には分かっている」
「……!」
分かって、いるのか?
なら、この人は。
「あんた……【蟲】を、知ってるのか……⁉」
「知っているし、見えているよ。私は生まれつきそうなんだ。【蟲】を絡めて考えれば、事件はまるで違う様相を示す。しかし、【蟲】が見えない警察諸君は私の話に耳を貸さない。歯痒いものさ。真実は目の前にあるのに、それが見えていない有様を見るのは、滑稽を通り越してもはや哀れだよ」
「……あんたには、事件の真相が……犯人が、分かってるのか……⁉」
「ピースは揃いつつある。あとは鍵だけだ。その鍵は、君が持っているんじゃないかと、私は睨んでいる。探偵としての、単なる勘だけどね」
「俺が、鍵……?」
「ほら、いつまで座り込んでいるつもりだい? さっさと立ちなよ、鎖天くん」
霧雨さんは細い腕を伸ばし、俺の腕を掴んでくる。ぐい、と引き上げられ、強引に立ち上がらされた。
「この死体の検分は済んだ。あとは警察なりなんなりに任せればいい。それよりも今は君のことだ。君の身に起こったこの事件、面白い、実に面白いんだ。これだから探偵は辞められない。【蟲】が絡めばその分難易度が上がる。解き甲斐があるじゃないか。鎖天くん、君の話を聞かせてほしい。是非にだ。君が事件解決の鍵になることを、私は確信している。さぁ、悲劇に幕を下ろそうじゃないか」
大仰に手を広げ、霧雨さんは言う。
悲劇に、幕を。
犯人に鉄槌を。
それが、それが叶うなら。
「……分かりました」
どんな微かな望みにも、俺は手を伸ばそう。
友人を失い、じくじくと痛む心を引きずって。
俺は、霧雨さんについていくことを決めたのだった。
言葉が、出なかった。
脚から力が抜け、その場に膝をつく。だらしなく開いた口からは、吐息と共に疑問符が垂れ流しになる。パニックに陥った脳が、目の前の光景の把握さえ怠っていく。
これは、なんだ?
なんの冗談だ?
嘘、だよな?
嘘だと、言ってくれ。
「…………笑夢。おい、おい笑夢! 返事をしろよ!」
肩を掴み、思い切り前後に揺らす。頭がおもちゃみたいにぐわんぐわん揺れ、首が千切れてしまいそうだった。
なぁ、もういいだろ?
手の込んだドッキリかなにかだろ?
場の空気を温めるための、お茶目な冗談なんだろ?
だったら、もう大成功だ。俺はこれ以上ないってくらい驚いた。度肝を抜かれた。だから、だから、なぁ。
返事をしてくれよ。
なにか言ってくれよ。
死んだ振りなんてもういいから。
いつもみたいに明るく、言葉を返してくれよ!
「笑、夢……」
だが無情にも、掴んだ肩は氷のように冷たかった。
傷口から流れ出す血は、固まることを忘れたようにこぼれ続ける。
明らかに噛み千切られたと思しき傷跡は、真っ赤な肉が覗いていて、それがぴくりとも動いていなかった。
死体、だ。
氏村笑夢は、紛うことなど許されずに死んでいた。
「あ、あ……!」
震える手から力が抜け、笑夢の身体が力なく倒れる。
びちゃっ、と湿った音がした。
笑夢の身体から流れ出した血液が、そこに小さな池を作っていた。波ひとつ立たない、真っ赤な池。その中心に、笑夢は眠るように横たわっていた。
セーラー服が見る見る内に赤黒く染まっていく。
笑夢。笑夢。氏村笑夢。
俺の、友達。
高一からの付き合いの。
胸襟を開いて話ができる、友達。
その友達が、死んでいる。
死んで、いる。
「ああ、あぁああああ……」
ふと、それが目に入った。
血で真っ赤に染められた、ビニール袋。
その中には、赤くぐちゃぐちゃになった新聞が入っていた。俺に差し入れるつもりだったのだろう。そよ風にぺらぺらとめくれている。
俺の。
俺の所為だ。
俺が、こんなことを頼んだから。
だから笑夢は、死んだ。
殺されたのだ。
俺の、所為で――
「あぁああああ、ああぁあああぁあああ……!」
がたがたと身を震わせて。
俺はあほみたいに、わななくことしかできない。
獣のような呻きを漏らすしか、できなかった。
俺が。
俺が、笑夢を殺したんだ。
誰が殺したかは分からない。けれど、誰が手を下していようと、俺が殺したようなものだ。
友達だと言ってくれるあいつに甘えて。
情報の差し入れなんて、勝手なことを頼んで。
挙句、死なせてしまったのだ。
こんなの、俺が殺したようなものじゃないか。
胸の奥が、刺されたように痛む。きりきりと、心臓を直に引っ掻いてるような痛みに噎せ返りそうになる。
ごめんなさいと。
その言葉さえ、出てこない。
辛くて、痛くて、苦しくて。
気づけば俺は、滂沱の涙を流していた。
ぽたぽたと、雨のように落ちていく。血の海に涙が混じり、瞬く間に赤く染められていく。
じくじくと、痛む心も染まっていく。
歪んだ色に。
目を回すような、吐き気を伴う酩酊感。
頭を抱え、呻く。呻く。
慟哭、する。
「うあぁあぁあああぁぁあぁああぁあああああぁぁぁあぁああぁあああぁああああぁぁあぁああぁあああああぁぁぁあぁああ……!」
俺の所為で。
俺の所為で。
俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で俺の所為で――――
「お嘆きのところ悪いんだけど、退いてくれないかな? 少年。検死の邪魔だよ」
半ば塞がっていた耳に、その声は届いた。
冷たい、冷気を纏った声だ。聞くだけで背筋が震えそうになる。
反射的に、声のした方へ振り向いた。
俺の背後に、いつの間にかその人は立っていた。
「……………………」
「聞こえなかったかい? 邪魔だ、と言っているんだよ、少年。死体は鮮度が命だ。時間が経てば経つほど、声は小さくなっていく。死体が伝えたい情報を聞き出すには、迅速な検死が不可欠なんだ。君にかかずらっている余暇はない」
淡々と声が紡がれていく。
――――血も凍るような、美しい女性だった。
腰まで伸びた、傷んだ藍色の髪。人形のように整った顔。血の色を湛えた真っ赤な瞳が、爛々と輝いている。服は、葬式で着るような真っ黒のスーツ。ネクタイやワイシャツ、靴に至るまで黒で固められており、油断すれば路地裏の薄暗闇に紛れてしまうだろう。
彼女は革靴をかつかつ鳴らし、俺を押し退けてくる。尻餅をつく格好になった俺には目もくれず、笑夢の死体を舐めるようにじろじろと見つめ始めた。
「あ、の……あなた、は」
「なんだい、今忙しいんだが。警察を呼ぶなら少し待っておくれよ。私は奴らが嫌いでね。奴らに現状を譲る前に、調べるものは調べておきたい」
「あなたは……なんなん、ですか?」
「曖昧な質問だな。それは私の検死を邪魔してまで答えてほしい質問かい?」
「…………す、みま、せ」
「私は
苛立ったような声に引き下がりかけると、女性は唐突に名乗ってきた。
霧雨、愛菜? 探偵?
どちらも耳に馴染みがない。少なくとも、俺とこの女性は初対面だ。こんな人がいるなんて、聞いたこともない。
「さぁ、私は名乗ったよ。次は君の番だ、少年。それとも、君は人に名乗らせておいて自分は拒否するという非常識人かい? 名乗りには名乗りで返す。当然のマナーだろう?」
「……草薙、鎖天、です。あの、あなたは――」
「……草薙? 今、草薙と言ったかい?」
ぴくっ、と女性の――――霧雨愛菜の動きが止まった。
ゆっくりと、幽霊のように振り返ってくる。その目には、驚きと喜びが満ち満ちていた。子供のように、キラキラと輝いている。
「え、あ、はい……そう、ですけど」
「そうかそうか! 君が草薙鎖天か! あっはははは! 会いたかったよ少年A! こんなところで会えるなんて、まったく素晴らしい偶然だ! こんな舞台をセッティングしてくれた神様とやらに、私は全霊の感謝を捧げよう!」
立ち上がりながら、霧雨愛菜は歌うように言った。
その急激なテンションの変化に、俺は呆気に取られる他ない。背の高い霧雨さんを見上げるようにしながら、口をあんぐりと開けていた。
そんな俺に、霧雨さんは手を差し伸べてくる。
にこにこと、満面の笑みを浮かべて。
「丁度いい、私は君を探していたんだ。草薙鎖天くん」
「探して……一体、どうして」
「私はね、君たち草薙家の事件を調査している」
「……!」
草薙家の、事件。
両親が殺され、妹が消えた――恐らくは殺された――事件。
その、調査だと?
なら、この人の目的は。
「ち……違う。俺はなにもやってない! 父さんも母さんも、妹だって、殺しちゃいない!」
「分かっているさ」
俺の言葉に、霧雨さんは大きく頷いた。
分かっている?
警察に追われている俺が、犯人ではないと、分かっている?
「私の調査は、警察とは無関係の独自のものでね。あいつらは私のことが嫌いなんだ。まぁ私もあいつらのことは大嫌いだけどね。――――とにかく、君が犯人でないことは知っている。そして、君が抱えている問題も、知っている」
「問題……?」
「あぁ。君が死んでいるのに生きている。それも私には分かっている」
「……!」
分かって、いるのか?
なら、この人は。
「あんた……【蟲】を、知ってるのか……⁉」
「知っているし、見えているよ。私は生まれつきそうなんだ。【蟲】を絡めて考えれば、事件はまるで違う様相を示す。しかし、【蟲】が見えない警察諸君は私の話に耳を貸さない。歯痒いものさ。真実は目の前にあるのに、それが見えていない有様を見るのは、滑稽を通り越してもはや哀れだよ」
「……あんたには、事件の真相が……犯人が、分かってるのか……⁉」
「ピースは揃いつつある。あとは鍵だけだ。その鍵は、君が持っているんじゃないかと、私は睨んでいる。探偵としての、単なる勘だけどね」
「俺が、鍵……?」
「ほら、いつまで座り込んでいるつもりだい? さっさと立ちなよ、鎖天くん」
霧雨さんは細い腕を伸ばし、俺の腕を掴んでくる。ぐい、と引き上げられ、強引に立ち上がらされた。
「この死体の検分は済んだ。あとは警察なりなんなりに任せればいい。それよりも今は君のことだ。君の身に起こったこの事件、面白い、実に面白いんだ。これだから探偵は辞められない。【蟲】が絡めばその分難易度が上がる。解き甲斐があるじゃないか。鎖天くん、君の話を聞かせてほしい。是非にだ。君が事件解決の鍵になることを、私は確信している。さぁ、悲劇に幕を下ろそうじゃないか」
大仰に手を広げ、霧雨さんは言う。
悲劇に、幕を。
犯人に鉄槌を。
それが、それが叶うなら。
「……分かりました」
どんな微かな望みにも、俺は手を伸ばそう。
友人を失い、じくじくと痛む心を引きずって。
俺は、霧雨さんについていくことを決めたのだった。