4章―3
文字数 2,621文字
説明が始まろうとした一秒前、玄関のドアが開く。その場にいた全員が思わず入口を見ると、そこには、長身の男性がいた。
「やぁ皆。遅れてきてすまなかったな」
その姿を見て、アースは驚愕する。
肩まで届く赤茶色の髪、髪と同じ色の瞳、柔らかい笑顔。鮮やかな赤い服に派手な柄のネクタイという奇抜な服装のその人は、同じ男であるアースとラウロが見惚れるほど整った顔つきだった。
ぼんやりと見つめていたアースは、無意識に彼の瞳に吸い寄せられていることに気づき、慌てて目を逸らす。
「あれ、なーんか[家族]が増えてるな?」
「この一ヶ月くらいで、連続して見つかったのよ」
「メイラ、相変わらず俺には冷たいんだな。それより、新しい娘息子さん達を紹介してくれよ」
はぁ、と大きく溜息をつき、メイラはこの人物を指差した。
「皆、この人はヒビロ・ファインディ。今日はもう何度も何度も説明してきたけどもう一度言うわ。変態よ」
その変態、ではなく男性、ヒビロは笑いながら「失敬な」と反論した。彼に睨みを効かせつつ、メイラは新しい[家族]を順番に紹介する。
「簡単に紹介するわ。右から順にアース、ナタル、ナタルの連れのシャープとフラット」
「どうも」
「初めまして」
「うん、よろしくな」
アース達はヒビロの目を見ないように挨拶した。ヒビロは爽やかな笑顔で握手する。
「そしてラウロ。……あんたには伝えたくない情報だけど、男性よ」
男性と聞いた途端、ヒビロは目を丸くする。そして、これまでになく明るい笑顔を見せた。
「へぇ、男か。まぁ仲良くしようぜ」
「は、はぁ……」
彼はラウロとも握手する。その様子を見たアースは、赤茶色の瞳が妖しく輝いたことに違和感を覚えた。
「(この人、ラウロさんが男だって知っても、あまり驚いてない……もしかして喜んでる?)」
その後、ヒビロは[家族]やソラ、アビニアとも挨拶を交わしたが、ふと端正な顔を歪ませた。
「そういや、ルインは何処だ?」
メイラの動きが止まる。彼女はリビングをざっと見回したが、夫の姿はない。
「さっきからメイラさんばっか喋ってるなぁって思ってたけど……俺、ちょっと探してくる」
「あんた達が帰ってきたときはルインさん、いたよね?」
モレノが男子部屋に捜索に行く中、ナタルはアースとラウロに訊ねる。アース達は思い出そうと視線を宙に移した。確かに、ノレインは口髭を弄りながら会話に参加していたような。
その時、どこからか双子の声が聞こえてきた。
「あぁっ、パパ!」
全員が声の方向へ駆け出す。そこは車内の一番奥にある空間、トイレだった。
「ちょっとルイン、いつからそこにいたのよ⁉」
ノレインは廊下の手すりに手をかけたまま倒れていた。トイレから出た後だったのか、ドアは開いたままだ。彼は妻の呼びかけに、弱々しく答えた。
「うぅ、アビが『そういえばヒビロはまだか』みたいなことを言ってた辺りから、何故か腹が痛くなって……」
アース達は、明らかに様子がおかしいノレインに唖然としていた。そんな夫に対して妻は深い溜息をつき、一言。
「それもこれも、皆『変態』のせいね」
言葉の意味が分からず困惑する三人をよそに、ヒビロはノレインの傍に寄り体を揺すった。その手つきが妙に優しく、甘ったるいのは気のせいか?
「ルイン。俺と会うこと、緊張してたのか?」
ヒビロはノレインを抱き起こした。彼の頬は何故か、赤い。
「実は、俺もさ」
ヒビロは妖しく微笑む。その瞬間、アースは『違和感』の正体に気づいてしまった。
彼が『変態』と言われる理由。ラウロとナタルも理解したようで、その表情は青ざめている。
「また会えて嬉しいぜ、ルイン」
ヒビロはノレインの顎を右手でそっと掴み、ゆっくりと引き寄せる。
その時、アース達の横を風が通り抜けた。
「いい加減に、しなさいよおおおおおぉぉぉ‼」
全員が驚愕した。メイラが数メートルかけて助走をつけ、飛び蹴りを放ったのだ。被害者、いや、加害者であるヒビロはメイラの奇襲を顔面に喰らい、吹っ飛ばされた。
「ルイン、ごめんね! もっと早くあいつを蹴り飛ばすべきだったわ!」
「メ、メイラ……」
華麗に着地したメイラは、まだ怯えているノレインに抱きつく。ノレインは困惑しながらも、メイラを抱きしめた。
「ぐすっ、勇者が魔王を倒し囚われの姫を救う……まるでファンタジーのフィナーレだね!」
「勇者と姫の立ち位置が逆だけどね」
感動のあまり号泣するソラを慰めるかのように、アビニアは彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。アース達三人は、周りの対応に動揺を隠せない。
「えっ、いいの? 負傷者が出てるのにこんな状況で?」
「あー。ナタル、いつものことだから気にすんな」
「いつものことって、もしかして毎回こんな感じなのか?」
ナタルの疑問に呑気に答えるモレノ。訳が分からない、と嘆くラウロに反応したのは、先程まで倒れていたヒビロだった。
「ぅ、ぐふっ……、残念ながら、な」
「あら、手ごたえはあったのに随分と回復が早いのね」
「まぁな。ごふっ、さすがに慣れてきたのさ」
そう言いながらも、今にも吐血しそうなヒビロはよろよろと起き上がる。満身創痍の彼を見下ろし、メイラは冷たく言い放った。
「今度ルインに手を出したら、半殺しにするわよ」
「……メイラさん。『変態』って、こういう意味だったんですね」
これでも充分半殺しだと思うけど、とでも言いたかったのか、ラウロは言葉を飲みこみ色々諦めた口調で話す。メイラはすぐさまヒビロを指差して怒鳴った。
「そうなのよ! この変態は、あたしが初めて会った時から男しか好きになれないド変態だったのよ‼」
その言葉を耳にしたド変態、いや、ヒビロは咳きこみながらも「失敬な」と笑った。
アースが感じた『違和感』は、ある種の『危機感』だったのかもしれない。一見すると人の良い、容姿端麗な紳士。メイラが何故彼を嫌っているのか疑問だったが、この修羅場を見た後は納得してしまった。
だが変わった嗜好以外にも、ヒビロはまだ手の内を隠しているように感じた。実際、狙われたノレインは未だに立ち上がれず呆然としている訳で。
「(だから、この人は危険なのか……)」
ソラがアースを小突き、「ね、分かったでしょ♪」と囁いてきたが、アースは小さく頷くことしか出来なかったのである。
Take care when you meet the deviate!
(変態出没注意!)
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