九、異世界入り

文字数 2,877文字

 日光から話を聞いた数日後の朝、椛は仲間三人に手伝われながら自室で荷造りをしていた。後で片付けようと思って床に放置したもので溢れる部屋に押し入られたことは恥ずかしいが、何とか準備が出来て椛も助かった。あわや鞄が溢れそうになるも、「いらない」と判断されたものは真木によって容赦なく置いていかれる。
「おい、そのペンダントも持っていくのか? 前に『楽土会』が狙っていたって聞いたが」
 荷物の確認をしている間に、部屋の隅で出発を待っていた白神が尋ねた。すかさず椛は胸元を見下ろし、「天使」に返された宝物を握る。これは小学校の修学旅行で、伝統工芸体験にて作ったものだった。どのような過程を経たかは、すっかり忘れてしまったが。一緒に作業をした真木は、完成した品を家に保管しているらしい。だが椛にとっては「天使」との思い出も深い、お守りのようなものだった。ここで留守番させるわけにはいかない。
「『楽土会』は、いろんな国で一通り蒐集しては、そこに作った支部を解散していくんだっけ?」
 治の問いに、白神は肯定する。同じ国に長く、加えて二回以上留まることはないという。後で元の所有者に報復されても困るからだ。だが「楽土蒐集会」は例外に、日本には十年ほど前に約一ヵ月間蒐集を行っている。そこまで言って、白神は治を見やった。
「端は確か、そのころから『堕天使』と呼ばれるようになったって聞いたが。人助けをして、自滅したんだってな?」
 椛は思わず、手にしていた財布を落とした。対して治は何一つ表情を変えず、白神の発言を認める。
「あの時の奴が、生き返っているなんて思いもしなかったよ」
 治は昔、人助けをしようとした最中に平泉と行き合った。そこでいざこざを起こしているうちに、彼を誤って殺害してしまった。その時は名前を知らなかったので、治は今年になってようやく、平泉が「自分の初めて生み出した被害者」と分かった。
「彼に会うまでは、まっとうに収集していたんだけどね。一度人を傷付けて――命を奪って、どうでも良くなった」
 息を呑む椛に構わず、治は続ける。一回も二回も同じだ。蒐集のために何をしても、罪を犯している点には変わらない。そう思った治は、手段を選ばなくなった。強奪、時には目撃者や邪魔者の排除まで行う彼を、初めから非道な存在と思っている他の蒐集家に対し、治は真実を明かした。自分は些細なことで、非合法な「蒐集」を始めたのだと。
「知らしめたかったんだ。人はこんなにも簡単に、残酷になれるんだよって」
 だからこその「堕天使」だと、治は自らを受け入れていた。彼が後ろ手に何かを持っていると、椛は今になって気付く。わずかに見えるのは、先日テレビ電話でも見せた刀だろうか。それと比べるように、今度は視線を上へ向ける。治の顔はどこか悲しげで、自分のやってきたことに納得していないようでもあった。血も涙もない行動をしてきた人には、とても思えない。気になっていたことが聞けていないと思い出し、椛は尋ねる。
「……助けようとした人は、どうだったの? けがしてなかった?」
「無事だったよ」
「なんだ、よかったじゃん。治くんのやろうとしたこともできて――」
 扉を強く叩く音がした。治が拳で打ったのだと、椛は遅れて理解する。誰もが驚いて彼を見る中、治は冷ややかな目をこちらに向けてきた。そこに彼の隠し持っていた恐ろしさが現れたようで、思わず身が竦む。
「富岡さん。人を助けるために、人を殺す覚悟はある?」
 急に問われても答えられない。椛は口を半開きにしたまま、しばらく声を出せなかった。その間に真木が何か呟いたのを治が止める。
「屋久島さん、静かに。白神君も。さて富岡さん。本当に蒐集家としてやっていって良いのか、一度考えてみるべきだね」
 自身の荷物をまとめ、治は部屋を出て行ってしまった。彼に話があるのか、白神が慌てて後を追う。椛はすっかり荷支度を忘れ、その場に座り込んだままでいた。 治も事件当時は、自分と同じく人を助けたい気持ちがあったはずだ。だがそんな彼の過去を耳にすると、悪い人にも見えてくる。ちょうど美術品を自分たちの故国がためだけに奪う「楽土蒐集会」のように――。
 すぐさま椛は首を振った。治は出会った時も、自分や真木を助けてくれた。そんな人が、悪人であるはずがない。それに今も「早二野」として、一緒に「楽土蒐集会」を倒そうと協力しているではないか。彼は味方だ、良い人だと自らに言い聞かせる。それに人助けをしたこともあるのだから、彼は「天使」のような人に違いない。そんな蒐集家になるためなら、ここでやめるなど出来ない。 まだ部屋にいた真木に声を掛けられ、椛は急いで最終確認を行った。治たちを待たせてはいけないと外に出ようとしたところで、先を行く真木が振り返る。
「端さんの苦労も考えなさいよ? あの人に一番負担を掛けているのは、あんたなんだから」
 すたすたと階段を下りてしまう真木も気にならず、椛は立ち尽くす。彼女の言っている意味が、よく分からない。自分が治に何をしたのか。前に蒐集をした時は口喧嘩をした気もする。「早二野」を作ろうとした折も、真木と共に反対された。しかしそれらは、ほんの一時的な出来事であるはずだ。となると、ますます考えがまとまらなくなってきた。階下で呼ばれたのも相まって、椛は思考を中断する。
 玄関前には既に、三人の仲間がいた。治も先ほどのやり取りを忘れた様子で待っている。それに安堵して椛は戸締まりをし、先日異世界に行ったと思われる者が逃げ込んだ小道へ入った。なるべく目立たない場所で「作業」した方が良いと、日光は言っていた。
 一人分の幅しかない道の奥に入り、適当な所で椛は足を止める。ここでは青空が広がり秋風が心地良いが、ライニアはどんな天候をしているか。折り畳み傘はあったか確かめたかったが、その余裕はなさそうだった。後ろでは三人が、椛の動きを黙って催促している。
 椛は目を閉じ、日光の説明を思い出した。異世界へ行くには、まずその実在を確信していなければならない。どこに行きたいか強く念じ、右手を前に突き出す。それをさっと、空気を薙ぐように払う。前に言われた通りにした椛は、炎の立つような音で目を開けた。
 見慣れた景色の中に一つだけ、奇妙なものが浮かんでいる。椛より一回りほど大きい輪があり、その先に木々が両側に生えた道が延びている。灰色の雲が覆うぼんやりとした風景からは、雨と土の混じったような匂いがしてきた。
「あれ、ライニアだよね?」
 振り返った椛に、誰も答えない。皆が異世界へ行ったことがなく、確証が持てないのだ。椛は正面を向き、意気込んで輪の中に足を入れた。しっかりとした地面の感覚がある。さらに身を進めていくと、髪や服が霧雨で濡れていった。最後尾にいた白神もこちら側に入り、同時に輪が自然と縮んで消えてしまった。
 道の周りは、木の他に何も見えない。ここがどこか知っていそうな人もいない。互いに目を見合わせてから、まっすぐ続いている道をひとまず椛たちは進むことにした。
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