パンとバン

文字数 1,587文字

   
 会社帰りのバスの中。
 降りる客は多いが乗る客は少ない停留所から、女子高生らしき二人組が乗り込んできた。
 茶色のブレザーに身を包んだ二人は、おしとやかな雰囲気を醸し出している。私の横を通り過ぎた直後に足音が消えたので、すぐ後ろのシートに座ったのだろう。
 しばらくすると。
 二人の会話が聞こえてきた。『女三人寄れば姦しい』という言葉があるが、二人でも十分に賑やかなようだ。
「ねえ、春のパン祭りって知ってる?」
「そりゃ知ってるわよ。私だって現代人、米ばかりじゃなくてパンも食べるもの」
「普通にパンを食べるだけで、だんだんシールが溜まってきて、真っ白なお皿がもらえる……。とっても気分いいわよね」
「そうそう、あの『白』が素敵よね! いかにも清潔感があって!」
 笑い合う二人。
 聞いているこちらまで、気持ちが弾んでくる。
「そういえば、なんでパン祭りって、春なのかしら?」
「もともと春は、パンの売り上げが伸びる時期なんですって。だから、ちょうど、それに合わせて始めたらしいわ」
 言われてみれば、私も、春はパンをよく食べるような気がする。そうか、日本人全体の傾向だったのか……。
「へえ、ちゃんと理由があるのねえ」
「そう、だから一つの会社だけでなく、パン業界全体に当てはまる話になるわけ。それで他の企業も真似して、今では色々なパン会社が『春のパン祭り』をやっているのよ」
 ひとしきり博識を披露した二人は、
「あっ、そろそろだわ!」
 と、次の停留所で、見るからにウキウキした様子で降りていった。

――――――――――――

 翌日の、帰りのバスの中。
 今日も女子高生が乗り込んでくるかと思いきや、同じ停留所から、今度は大学生らしき男の二人組。二人とも眼鏡をかけており、真面目で知的なイメージの青年たちだった。
 しばらくすると。
 二人の会話が聞こえてきた。どうやら、昨日の女子高生と同じく、こいつらも私のすぐ後ろに座ったらしい。
「なあ、春のBAN祭りって知ってるか?」
「そりゃ知ってるさ。俺だって現代人、アカウントの一つくらい持ってるからな」
「普通に使っていたつもりなのに、自分のアカウントが突然、まっさらな白紙のページに変わる……。気分は最悪だよな」
「そうそう、あの『白』が嫌なんだよなあ。いかにも『無』って感じで」
 ため息をつく二人。
 聞いているこちらまで、気持ちが沈んでしまう。
「そういえば、なんで春に、祭りと呼ばれるほど大量のアカウントBANがあるんだろう?」
「ああ、それは……。例えば、有名な小説投稿サイトだと、ちょうど大きなコンテストが二月に終わるらしくてな。そこで不正を行った者たちが、春になって摘発されるらしい」
 言われてみれば、私が利用していた小説投稿サイトも、コンテストの時期は、やたらとサイト全体が賑やかだった気がする。そうか、あれには不正なポイント評価も含まれていたのか……。
「なるほど、ちゃんと理由があるのだな」
「しかも『大きなコンテスト』って、結構どこのサイトも時期が重なるだろ? だから自然に、他も同じ頃に『BAN祭り』になるそうだ」
 ひとしきり博識を披露した二人は、
「おい、もう降りる駅だぞ!」
 と、次の停留所で、少し肩を落としながら下車していった。

――――――――――――

 あの様子では、彼らも『BAN祭り』に巻き込まれた経験があるのだろう。
 昨日の女子高生たちは縁遠い存在だが、今日の二人の気持ちならば、私にも理解できるような気がした。
 そもそも。
 バスの中で私が、他人のたわいないおしゃべりに耳を傾けるようになったのは、スマホで利用していた小説投稿サイトのアカウントが消されて、手持ち無沙汰になった結果なのだから。
 あらためてスマホの画面に視線を落とすと、私のアカウントページは、まるでパン祭りのお皿のように、真っ白になっていた。



(「パンとバン」完)
   
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