10000km/0s:距離を超える3000字

文字数 3,024文字


 タブレットのアプリを開く。
 しばらく待つとアクセスを告げるアラートがなり、四角い画面の四角い枠にミチルの姿が浮かび上がった。

「そっちはどう?」
「さっきまで雪が降ってた」
「うわぁそうなんだ。こっちじゃ想像つかないよ」
「まあそうだろうな、反対だから」

 ふふ、とミチルは微笑む。その背後でドンドンという不規則な音がした。
 季節外れで季節どおりの花火。
 この目の前の不思議な板が世界を奇妙に繋いでいる。
 そんなことを感じる瞬間。

 今日は11月5日だ。
 俺のいるここは北海道で、今年の冬は寒くなるだろうという予報がでている。その現れか、積もるほどではないけれど、先週あたりから雪がチラついていた。
 このあたりはとても田舎で家と家の間が遠い。だからとても静かで何の音も聞こえない。
 それと正反対にミチルの画面からはは賑やかさが溢れている。

「随分な騒ぎだね」
「見える? 町が花火をげているんだ」

 ミチルがモニタの角度を水平にずらすと窓から打ち上がる花火が見えた。
 明るくて派手派手しい。
 ミチルは今ニュージーランドにいる。ニュージーランドでは今は春の終わりで夏の始まり。
 これからどんどん暑くなり、こちらはどんどん寒くなる。
 丁度その切り替わりの時期。北半球と南半球で季節が入れ替わる時期。

「ミチルも花火買ったの?」
「買ったよ。っていっても結構高いからちょっとだけだけど。ロケット花火みたいなのとあと線香花火みたいなの」
「線香花火もあるんだ」
「うん、やっぱり日本より種類は少ないけどね。ダイスケも一緒に花火できればいいのに」
「こっちじゃもう売ってないよ。流石に」

 ニュージーランドは11月の2日から5日までの4日間しか花火を販売していない。そういう法律になっている。
 11月5日はガイ・フォークス・ディという日で、ガイ・フォークスとその一味が時のイギリス国王と議員を爆殺しようとした日らしいのだけれども、ニュージーランドでは由来なんて誰も気にせず花火を打ち上げる日となっているそうだ。
 この期間に買った花火は規則を守れば一年中使えるから、取っておいてサッカーの試合なんかでも使われたりする。

 窓の外を眺めると、また白がチラついていた。
 天気予報では晴れ時々雪。大丈夫かな。
 こちらは相変わらず何も音も聞こえなくて、耳に入るのは1万キロ先のミチルの声と花火のにぎやかな音だけ。
 不思議だ。モニタの向こうは打ち上げ花火で夏の到来を感じるのにこちらでは冬が訪れている。

 コーヒーを入れながら色々と話しをした。
 最近あったことなんかの近況や今後の予定。

 俺は北海道で働いている。ミチルは幼馴染だ。
 ミチルの家は酪農をしていて、それで何を考えたのかミチルは留学するんだと言って親の反対を押し切ってニュージーランドに行ってしまった。 
 ニュージーランドは人間より羊の数が多いらしいから。そう言っていたけど、そもそもミチルの実家は牛の農家で羊は飼っていない。どうせならそのお隣のオーストラリアのほうが牛がいる気はする。

 ただまぁそんなことを今更言っても仕方がなくて。ミチルは昔から衝動的に動くタイプだった。だからまぁ、その行動自体はそれほど違和感はなかったのだけれども。

 反対されると思ったのか俺にも何の相談もなくて。連絡があったのは渡航の2日前。その翌々日には9月から新学期が始まると言って、いなくなっていた。
 それでニュージーランドと日本では様々な手続きが違いすぎて、それから英語の授業に追いつくのが大変らしくて、ミチルに連絡をしようと思ってもなかなか連絡がとれなかった。

 俺は……それなりにミチルが好きだった。
 けれども熱く語られる羊への情熱に、なんとなくまぁ、やっぱり幼馴染は幼馴染なんだなと思うようになっていった。それで連絡がとれないっていうことはつまりそういうことなんだ。とらなくても、ミチルにとってさして問題はないってこと。

 カツリという音が窓を叩く。少し開けていた窓の隙間から転がり込んできたのは一片の氷。雹か。いつしか雪は雹に変わって、カツリカツリと窓をたたき始めた。氷の欠片。なんとなく、そう、なんとなくこんなふうに無味乾燥にいろんなものが固まってしまっているような、そんな気がしていた。
 拾った氷を目の前に持ち上げると、それはキラキラと光を放っていたのだけど。

「どうしたの?」
「あぁ、雹が降ってた」
「雹⁉ そうか。もうそんな季節なんだね」
「さっきまでは雪だったな」
「じゃあ今日は無理かな」
「どうかな、予報では晴れ時々雪だったけど」

 漸く連絡が取れるようになって、今日の約束をした。
 ちょうど今日、おうし座流星群が極大期を迎える。それで折角だから一緒に見ようかという話になって。

 とは言っても、おうし座流星群は長期間流れる流星群だ。だからよく見える年の該当期間に夜空を見上げればだいたい見ることができるものらしい。他の流星群より星の数は少ないけどゆっくり流れて明るいから見やすいと聞く。たまにとても明るい火球と呼ばれる流星も見られるとか。だから、言い切れるかなもと思っていた。なんとなく気持ちに決着をつけたいような気分だった。
 他にもおうし座は北半球だと空高く上がるけれど、南半球だと夏の蠍座のように低く登る。けれども北半球と南半球両方で同時に見ることができる。ただ、上下は逆さまになっているらしい、とか、友達から聞きかじったそんな薀蓄やだらだらと近況を話しているといつの間にか静かになっていた。

 ミチルの画面の奥から聞こえていた花火の音も俺の家の窓を叩くコツコツという雹の音も聞こえなくなっていた。

「花火終わったみたい。どうだろ?」
「こっちも……晴れたみたいだ」
「外に出てみるね。しばらくしたら個人で花火上げる人が増えるかもしれないから」

 俺もタブレットを持ってベランダに出る。いつの間にか外は暗くなっていた。
 見上げると、確かに空は晴れていた。
 用意していた寝袋にくるまり、モニタを天空に掲げる。
 俺の肉眼にはキラキラと全天に散らばるたくさんの星の光が見えるけど、モニタを通すとその数は十分の一ほどにまで減ってしまう。
 せっかくの星空なのにと少し残念に思うけれど、ミチルのほうのモニタにも暗い空といくつかの星が写っていたから同じようなものなのかもしれない。だからもうモニタを見るのをやめて、空を眺めることにした。タイミングを逃さないように。

「これって、星が流れたら同じものが見えるのかな」
「そちらでおうし座が見えるのなら、おそらくは」

 星座の形は上下逆さまだけれども。
 モニタ越しでは流星群は見えないだろうけど、でも同じ星を見ているのか。そう思うと、とても不思議な気分になった。

「あ」

 ミチルの声と同時に俺の目の前でも星が流れた。
 たなびく白い光。

「こっちも見えた。多分同じタイミング」
「凄い。めっちゃ遠いのに同時に見えるんだ‼」

 そう。遠い。1万キロ。
 1万キロか。ピンとこないけれど地球の直径より少しだけ短い、とても遠い距離だ。

 次に星が流れた時、願い事をしようと思った。
 もともとそのつもりだった。同じ流れ星が流れていて、一緒に見られるならなんとなく願いが叶いそうな気がしたから。
 光の粒が走った時、願いを口走る。

「ミチルが好き」
「ダイスケが好き」

 全天を大きく切り裂く大きな打ち上げ花火のような火球が消え去るまでには十分な時間があった。

Fin
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