第20話「諒と馬」

文字数 1,941文字

夕飯を済ませた俺は、先輩を縁側へ呼び出し、詳しく話を聞くことにした。
姉は既に自室におり、両親もそれぞれの仕事をやっているので、俺達を気にする者はいない。

時間はもう遅いはずなのだが、先輩も、詳しい話をしないまま帰るのも悪いと思っているのか、
はたまたよほどのことがあって、それを俺に話したいのか判らないが、とにかくもう少しの間、家にいることにしたらしい。

「…で、何で先輩と姉さんが一緒に家に帰ってるんですか?」
無駄話をする時間もないだろうと思い、単刀直入に尋ねた。

先輩もそのことを察しているらしく、ふむ。という表情で淡々と答える。
「いつにも増して、行動が危うかったからだ。」

「へえ?」
…行動がどこか危ういのはいつもの事だが、いつにも増して、とはどういうことだろう。

「いつも、その…。何と言うか…」
「…天然の?」

「そう。元からそんな感じで、危ういなとは思っていたが…。今日は、度をこえていたんだ。」
「そうなんですか…。」

先輩曰く、あまりにもぼんやりが過ぎることから、体調が悪いのではないかと心配され、保健室にいたそうだ。早退も勧められていたようだが、家に連絡が行くと両親が心配するからと断ったらしい。
しかし、調子が良くなったわけでもなかったので、結局、今日一日を保健室で過ごしたらしい…。

「…だからその。一人で帰らせるのも危ないかと思い、宵夢さんは弓道部を見学に来たということにして、部活が終わるまで待ってもらっていた。」
「…なるほど。その様子じゃ仕方ないですね…。でも、…それだけですか?」

「? それだけ、とは?」
「さては、自分の活躍するところを見せて、あわよくば惚れてもらおう…とか?」

「そ…そういうわけでは…」――判り易く動揺を見せる先輩。
「……わけでは…?」――思わず、睨むような表情になってしまうが、心配するのかと思えば実は下心ありとなると、眉を顰めたくなるのも事実だ。

俺の言いたいことが伝わったのか、少し怯んだ先輩は潔く白状した。
「…………………少しだけ、だ。」
「…認めましたか。まぁ、割と潔く認めたので見逃すことにしましょう。」

安堵のため息を吐く先輩。
重要なのはこの話ではないので、話を戻すことにする。

「…それで、部活を見学している間も、姉はぼんやりとしてたんですか?」
「あ、ああ…。まさに、心ここに在らずという感じだった。」

「そうですか…。」
…心配だ。俺と先輩は、どちらともなく沈黙してしまう。

「…。先輩にお任せするまでもなく、俺が姉と一緒に帰るようにすればいいか、と思うんですが、基本的には、俺の方が少し早く終わりますからね、学校。
…急に時間を合わせて一緒に帰りだすとなると…、鹿園がうるさそうなのもあるが…両親が何か勘付いて、心配をかけるかもしれませんし、姉が隠したがっていることを話さなきゃいけなくなるかもしれませんし。
…少々癪ですが、先輩にお任せすることにします。」
「そ、そうか。…任せておいてくれ。」

…珍しく、俺が長ったらしく話をしたせいか、先輩が少々身構えていたようだが、話の内容を聞くと安心したかのように頷き、了承した。
…先輩の場合、俺がわざわざ頼まなくてもやってくれそうだが、改めてお願いしておくのが筋だろうし。

話がまとまったこともあり、どちらともなく無言になる。
先輩は、どちらかというと嬉しそうだが、俺は相変わらず、何だか釈然としない気持ちを抱えていた。

先輩と姉の関係、トントン拍子だなぁ。…良い事なんだが、何だか癪だ。
父なんかは反対してもいいかと思うんだが、どうやら申し分ないと思っているようだし、母も同様。

いやしかし、先輩みたいに、生真面目で成績優秀、スポーツも得意…なんていう人材はただでさえ珍しいのだが、その上、不可思議な出来事に対しても冷静沈着で、かつその不可思議な出来事を否定しない人物なんだから、レア中のレアな人物なのは確かだ。
おまけにその人物が姉に好意を寄せているのだから、両親にとってはまたとない好機なのだろう。

まぁ、確かに、その通りなんだが。
当事者である姉が微塵もその気を察していないのが気の毒といえば気の毒だし、姉以外の全員が乗り気になってしまっては、いざというときに姉の味方が一人もいないことになってしまう。

…ということで俺は、反対寄りの中立、という立場にいることにしよう。というか、姉にそれとなく先輩のことを尋ねるくらいはした方がいいのかもしれないなぁ。
今のところは姉も嫌がっていないようだし、良しとしよう。

俺としては不本意な方向ではあるがどうにか話がまとまり、俺と先輩はほっと息をついた。
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登場人物紹介

狐塚 諒

主人公。狐塚家長男。弓道部に所属していた高校生。鹿園はクラスメイトで、近頃なぜか二階堂に目をつけられている。

姉をよく手伝っていたが、実際のところ家に伝わっている伝承は全く信じていない。

狐塚 宵夢

狐塚家長女。高校生。委員会の仕事などを精力的にこなしている。

次期当主として厳しく育てられてきた。割と天然な性格でおっとりしている。

家に伝わる伝承を信じており、それどころかちょっぴりロマンチックだと思っている。

狐塚 彰文

宵夢と諒の父。現当主。

狐塚 千鶴

宵夢と諒の母。

鹿園 正巳

諒のクラスメイト。弓道部に所属している。

基本的にいつもテンションが高く、諒にうざがられている。

二階堂 郁馬

宵夢のクラスメイトで、弓道部部長。

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