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文字数 1,968文字
きみは膝を抱えている。
公園のトイレの便座の上で、小さく、丸くなって。
磨りガラスから朝の光が射し込んで、トイレの床とドアの上に影を描き出す。
おはよう。
「…………」
きみはしっかりと両脚を抱え込んだまま、ちょっと焦点の合わない瞳でドアを見つめている。
髪はぼさぼさに乱れて、右のまぶたがふっくらと青紫色に腫れ上がっている。口の端と鼻の穴の奥が赤く染まっている。
やっぱり、ここでサンタを待つの?
「…………」
そろそろ手紙を仕上げて出さないといけないね。
燃やす家も、決めなくちゃだよね。
さあ、どうしたの?
街へ行こうよ。
「…………」
きみは素早く靴に足を滑り込ませると、勢い良くドアを開けて外に出た。
朝陽の下に立つと、じっと影を見下ろした。
それから足を振り上げて、
だん、だん、だだん。
いたい、いたいよ!
きみは勢い良く足を振り上げて、影を踏む。
地面の上で、地団太を踏むように飛び跳ねて、何度も何度も、ぼろぼろの靴で踏み付ける。
だん、だん、だだん。
いたいよ! やめてよ!
踏み付けるきみの顔は歪んでる。
折れそうなくらいに歯を噛み締めて、目は血走って真っ赤になってる。
足を壊しそうなくらい勢いをつけて蹴りつける。
だん、だん、だだん。
捲れあがったシャツの隙間から、お腹の赤黒い痣が顔を覗かせる。
だん、だん、だだん。
いたいよ! やめてよ!
いたいよ! ぼくなにも悪いことしてないよ!
やめてよ! 助けて!
ごめんなさい! すみません!
ごめんなさい!
「……ごめん」
何度も踏みつけたあと、きみは足を止めて地面を見下ろす。
真似っこ遊びをしてるだけなのに、きみが何故謝るのかわからない。
謝るきみの顔はいまにも泣き出してしまいそうで、ちょっと困ってしまう。
「いいよ。好きなとこ、行っても」
いつものようにからかうでもなく、きみは言う。
「行けよ、一人旅。行っていいから。おれ、大丈夫だから」
ひどい。
どうしてそんなこと言うんだ。
わかってるくせに。
一人旅なんて、どうせできないんだ。
こんな意地悪なきみの下から抜け出して、広い世界を見てまわりたい。でもできないんだ。
北の方に行って、一日中暗くならない土地に行って、夜になっても沈まない太陽の下で、他の奴らと気ままに語り合ったり、トランプしたり、キャンディ舐めたりして暮らしたい。でもできないんだ。
きみを放っておけない。
きみをひとりぼっちで残していけない。
ぼくはきみの影なんだから。
きみはまた街を彷徨いはじめる。
灯りの漏れる家々の窓の向こうを、お気に入りの絵本を開くように覗き込んではそっと閉じ、背中を向けて遠ざかる。
十二月の冷たい風が吹きつける中を、きみは歩く。
お母さんはあれからもうやってこない。
財布の中のお札はお母さんに取り上げられてしまったので、小銭を切り詰めて使っている。
女の子は近頃、窓から出てこなくなった。
閉め切られた窓の向こうから、女の子と男の人と女の人の、楽しそうな声が聞こえてくるばかりだ。
きみは窓の前にぽつんと立って、それを聞いている。
女の子のママとパパ、仲良くなったみたいだね。
もうサンタが願いごとを叶えてくれたのかな?
でも、どうして女の子がサンタに出した手紙のことを、パパが知っているんだろう?
これは本当に女の子たちの笑い声なの? それとも、ここにも笑いザカナが棲みついてしまったの?
きみは答えない。
窓の下で寒そうに膝を抱えたまま、女の子が窓を開けてくれるのをいつまでも待っている。
昨日、きみは郵便局に行った。
受け取ってもらえない郵便物が、どうやって処分されるのか尋ねるためだ。
受付のおじいさんは親切な人で、勉強偉いねときみの頭を撫でると、焼却炉で燃やしてしまうんだよとにっこり笑った。
それからきみは、ようやく書き上げた手紙を、お手製の白い封筒に入れた。
最後の硬貨を取り出し切手を買うと、慎重に表に貼りつけた。
『サンタさんへ』とでっかく記すと、郵便局のポストに投函した。
さあ、いよいよだね。
明日はクリスマスイブだ。
やるだけのことはやったね。あとはサンタを待つだけだ。
きみの字、サンタさん読めるといいね。
きみの文章、サンタさん気に入ってくれるといいね。
あとは明かりを灯すだけだよ。燃やす家はもう決めた?
きみの家?
人喰い鬼の家?
それとも、あの女の子の家?
ねえ、そろそろ教えてくれてもいいだろ。
きみは、サンタクロースに何を願うの?
公園のトイレの便座の上で、小さく、丸くなって。
磨りガラスから朝の光が射し込んで、トイレの床とドアの上に影を描き出す。
おはよう。
「…………」
きみはしっかりと両脚を抱え込んだまま、ちょっと焦点の合わない瞳でドアを見つめている。
髪はぼさぼさに乱れて、右のまぶたがふっくらと青紫色に腫れ上がっている。口の端と鼻の穴の奥が赤く染まっている。
やっぱり、ここでサンタを待つの?
「…………」
そろそろ手紙を仕上げて出さないといけないね。
燃やす家も、決めなくちゃだよね。
さあ、どうしたの?
街へ行こうよ。
「…………」
きみは素早く靴に足を滑り込ませると、勢い良くドアを開けて外に出た。
朝陽の下に立つと、じっと影を見下ろした。
それから足を振り上げて、
だん、だん、だだん。
いたい、いたいよ!
きみは勢い良く足を振り上げて、影を踏む。
地面の上で、地団太を踏むように飛び跳ねて、何度も何度も、ぼろぼろの靴で踏み付ける。
だん、だん、だだん。
いたいよ! やめてよ!
踏み付けるきみの顔は歪んでる。
折れそうなくらいに歯を噛み締めて、目は血走って真っ赤になってる。
足を壊しそうなくらい勢いをつけて蹴りつける。
だん、だん、だだん。
捲れあがったシャツの隙間から、お腹の赤黒い痣が顔を覗かせる。
だん、だん、だだん。
いたいよ! やめてよ!
いたいよ! ぼくなにも悪いことしてないよ!
やめてよ! 助けて!
ごめんなさい! すみません!
ごめんなさい!
「……ごめん」
何度も踏みつけたあと、きみは足を止めて地面を見下ろす。
真似っこ遊びをしてるだけなのに、きみが何故謝るのかわからない。
謝るきみの顔はいまにも泣き出してしまいそうで、ちょっと困ってしまう。
「いいよ。好きなとこ、行っても」
いつものようにからかうでもなく、きみは言う。
「行けよ、一人旅。行っていいから。おれ、大丈夫だから」
ひどい。
どうしてそんなこと言うんだ。
わかってるくせに。
一人旅なんて、どうせできないんだ。
こんな意地悪なきみの下から抜け出して、広い世界を見てまわりたい。でもできないんだ。
北の方に行って、一日中暗くならない土地に行って、夜になっても沈まない太陽の下で、他の奴らと気ままに語り合ったり、トランプしたり、キャンディ舐めたりして暮らしたい。でもできないんだ。
きみを放っておけない。
きみをひとりぼっちで残していけない。
ぼくはきみの影なんだから。
きみはまた街を彷徨いはじめる。
灯りの漏れる家々の窓の向こうを、お気に入りの絵本を開くように覗き込んではそっと閉じ、背中を向けて遠ざかる。
十二月の冷たい風が吹きつける中を、きみは歩く。
お母さんはあれからもうやってこない。
財布の中のお札はお母さんに取り上げられてしまったので、小銭を切り詰めて使っている。
女の子は近頃、窓から出てこなくなった。
閉め切られた窓の向こうから、女の子と男の人と女の人の、楽しそうな声が聞こえてくるばかりだ。
きみは窓の前にぽつんと立って、それを聞いている。
女の子のママとパパ、仲良くなったみたいだね。
もうサンタが願いごとを叶えてくれたのかな?
でも、どうして女の子がサンタに出した手紙のことを、パパが知っているんだろう?
これは本当に女の子たちの笑い声なの? それとも、ここにも笑いザカナが棲みついてしまったの?
きみは答えない。
窓の下で寒そうに膝を抱えたまま、女の子が窓を開けてくれるのをいつまでも待っている。
昨日、きみは郵便局に行った。
受け取ってもらえない郵便物が、どうやって処分されるのか尋ねるためだ。
受付のおじいさんは親切な人で、勉強偉いねときみの頭を撫でると、焼却炉で燃やしてしまうんだよとにっこり笑った。
それからきみは、ようやく書き上げた手紙を、お手製の白い封筒に入れた。
最後の硬貨を取り出し切手を買うと、慎重に表に貼りつけた。
『サンタさんへ』とでっかく記すと、郵便局のポストに投函した。
さあ、いよいよだね。
明日はクリスマスイブだ。
やるだけのことはやったね。あとはサンタを待つだけだ。
きみの字、サンタさん読めるといいね。
きみの文章、サンタさん気に入ってくれるといいね。
あとは明かりを灯すだけだよ。燃やす家はもう決めた?
きみの家?
人喰い鬼の家?
それとも、あの女の子の家?
ねえ、そろそろ教えてくれてもいいだろ。
きみは、サンタクロースに何を願うの?