第4章・籠の中

文字数 15,541文字

 リズルが交易島に到着して五日が過ぎた。
 予定のない午後は少し午睡を取るのだと言う夫人に対し、その時間はリズルにとっては最も忙しいものだった。シエラの行儀作法の教授があったからだ。それが終われば自由な時間が持てるのだが、裳裾や袖のさばき方はともかくとして、歩き方から始まって挨拶の仕方、お辞儀、笑い方までもが指南されるのには閉口した。弟との喧嘩に勝った時のように、腰に両手を当てて大笑いでもしようものなら、ここの人々は卒倒してしまうのではないかと思われる程、全てが控えめだった。シエラがひっくり返るだけならまだしも、自分が来た事を夫人に後悔して欲しくはなかったので、リズルは苦行に耐えた。ひと月で全てを習得せよというのは酷だと思った。それ以上は領主の婚約者を「社交」のある人の目から遠ざけておく事は出来ないという事なのだろう。音楽や絵画については中つ海の地域によって好みに差があるらしく、取り敢えずは学ばなくとも良い事になった。しかし、飽くまでも取り敢えず、だ。交易島の次期主人(あるじ)の婚約者として相応しい「教養」として、この島の流行や好みを受け入れなくてはならない。
 文字の読み書きはここでも女性に必要とはされてはいなかったが、もし、物語や詩などを楽しみたければシエラのような奥仕えの者に朗読させるのだという事も知った。必要ならばそのような者をリズル専任に雇うとも提案されたが、その必要はないと断った。午前中の夫人との刺繍の時間にはシエラがその役を担うからだ。また、一人の時間に書を紐解く事も出来る。その時間は貴重だった。書物庫から持ち出した書はまだ読み切ってはいなかったが、中つ海の歴史については少し位は情報を仕入れる事が出来た。
 それにしても、この島の女性の生き方は退屈だ、とリズルは思わずにはいられなかった。書を開く事もなければ、家政を取り仕切って忙しくしている訳でもない。領地からの上がりや嘆願を聞く事もない。ただ、夫の仕事が円滑に進むように女性同士の情報網と繋がりを大事にする事に徹するのが良き妻の条件なのだとシエラは語った。手遊(てすさ)びの刺繍などの道具を持ち寄って集まり、その出来や進捗具合を話題にし、歌人(バード)――この城砦にもいる北海の詩人のような者――の歌を聴いたり楽器を習ったりするというのだ。男にとっては如何に美しく洗練された社交上手の娘を妻に出来るかが大事なようだった。
 ならば、自分はどちらの基準からも外れている。社交上手は言わずもがなであった。刺繍や手仕事は苦手。詩人の詩を聴くのは好きだったが、それは北海での話だ。こちらの歌人は派手な衣服に身を包み、どこか高慢な印象を受けた。領主の庇護下にあるからかもしれないが、北海では例え族長の館に滞在しようとも基本、詩人は漂泊の身である。新しい情報や詩を民に運ぶ者でもあった。
 そして父はリズルを「母親似のとびきりの美人に育った」と言ったが、とんでもない。鏡を見ても映じるのは、母やトーヴァに較べて平凡な顔付きだ。長い薄い金色の髪は美しく保つ努力も少しはしていた。だから、髪を褒められるのは嬉しい。しかし、容貌はどうだろう。青い眼は祖父譲りで非常に美しい色をしている。だが、それだけだ。大きくもなければ長い睫に囲まれている訳でもない。全体に小作りで、もう少し口も大きければ良かったのにと何度思っただろう。自分も、母のようにある程度の年齢になれば美しくなれる――見えるようになるのだろうかとも思った事もあったが、今はもう、期待はしていない。同じように見えても、違うものは違うのだ。父にとってはそれは大した問題ではないかもしれなかったが、リズルにとっては大事(おおごと)だった。
 子供の頃の自分を憶えていたのならば、イースは何時の間にかリズルの事を美化してしまっていたのではないだろうか。そして、実際に成長した自分を目にして失望したのではないだろうか。思ったよりも美人でもなく、「教養」もなさそうだったから。
 「教養」とは言っても、文字が読める女はシエラのような位の高い使用人であり、決して家の女主人ではない。手紙を書くのも代理でそのような者が筆を取るのだという事に到っては、呆れる他なかった。それでは何もかもが使用人に筒抜けではないかと不安にならないのだろうかとも思ったが、若い――ひょっとすると子供の頃から共にいるそういった使用人は、心の秘密も分ける親友でもあるのだろう。リズルもそういう関係を否定しはしない。ミアとはそうありたいと思ってはいる。だが、それは全てを依存するという関係とは違う。夫人を見ていると、シエラがいなければ昼も夜も明けないという感じである。
 学のある女は、この島でも嫌がられるようだった。もし、部屋に書を持ち込んでこっそりと読んでいることが分れば、皆はどのような反応をするだろうか。イースはきっと生意気だとか理解できないくせにとか言うだろう。それでも、禁止しないでいてくれるのならば良かった。だが、その辺りの事は分らない。それ程までに相手の事を知っている訳ではなかったし、向こうも同じだからだ。
 イースの事を知りたいのか、と自分の心に問うてみても、明確な答えは得られなかった。他の、自分のように相手を知らぬままに縁談を決められた女性達はどうだったのだろうか、と思った。従姉や従兄の奥方を例に引かなくともそんな女性はざらにいるだろう。特に、中つ海の領地ではそういうことが頻繁に行われているようだというのは、物語などではよく読んだ。唯論、物語に描かれている事が全てではないだろうが、真実に近いものはあるだろう。
 これ程自分の婚約者に関心がないのは、おかしな事なのだろうか。
 愛も恋も全ては物語の中の事だった。それはヴィリアも同様であったので、おかしな事とも思わなかった。物語の中では、こういう場合、一目見て相手に恋をするか、結局は愛情のないままに不義の恋に走るかだった。自分は結局、愛情の薄い人間なのだろうか。
 リズルは溜息をついた。
「お嬢さま、それはお行儀が悪うございますよ」
 シエラが言った。
 そうだ、まだ、礼儀作法の練習中だった。リズルはしまったと思った。つい、自分の思いに夢中になって上の空で動いていた。
「よろしいですか――」
 長々しいシエラの苦言にも耐えなくてはならなかった。それが終わると、再び教授が始まる。その繰り返しだった。ぎこちなく動く身体が自然に、滑らかな所作になるまで毎日繰り返して行われた。それが終わると、もう、余り自由な時間は残ってはいなかった。だが、その貴重な時間に、リズルは寝台に隠していた書物を取り出して読むのだった。密やかな楽しみという訳だ。それがなくてはやっていけない。その事を知るのはミアのみであったが、夕餉の時間まで静かにしているリズルに、シエラは満足なようだった。当然、時間がもっとあれば城砦の周囲を歩いて見たいとは思っていた。まだ、庭園を散策する事くらいしか外へは出てはいないからだ。出来れば厩舎なども見たかった。馬に乗れるのであればどれ程嬉しいだろうかと思ったが、期待は出来なかった。しかし、馬を見るだけでも気は紛れるだろう。
 明日は一度、外へ出てみようとリズルは思った。


 翌日、稽古が終わるとリズルは階下に降りた。そこは静まり返っており、人の気配はなかった。そっと、リズルは食堂から厨房を覗いてみた。城砦内を案内された時には女達が忙しく立ち働いていたが、今は誰もいなかった。夫人も休息中である、使用人もそういう時間なのかもしれなかった。もう暫くすれば夕餉の準備で忙しくなるだろうが、それまでの些かな楽しみが確かに使用人にも必要だった。
 そっとリズルは厨房の扉から外へ出た。城砦の外へは案内をして貰ってはいなかったので、興味があった。あの美しく整えられた庭園だけでは満足できなかった。果たして、大きくはなかったが思った通りそこには菜園があり、様々な野菜や香草が植えられていた。鶏や家鴨と言った家禽の小屋もあった。客をもてなす事もある為か、結構な数の生き物だった。豚の数も多く、ただ、羊や山羊は見当たらなかった。その代わりに、見た事もない大きな生き物がいた。羊や山羊のように角があったが、体はずっと大きい。毛も短い。写本に描かれている大陸の家畜の「牛」なのだろうと思った。自分がここで毎日のように口にしている発酵乳や乳酪は、この生き物から来ているのだ。道理で味が違うはずだと合点がいった。北海には「牛」はいない。父は遠征で捕えるらしいが、全て拠点の島で皆の胃袋に収まっているというのは聞いていた。結構な肉の量で美味でもあるが、何しろ図体がでかくて言う事をきかせるのも大変だとの事だった。大きな体に反して馬のように優しい目をしているこの生き物を、リズルは気に入った。
 家畜小屋を後にすると、リズルは石畳に沿って進んだ。雨の降った後などは、この石畳は靴や服の裾を泥から守ってくれそうだった。恐らくは使用人しか通らないであろうこのような所まで行き届いている。例えそれが城砦内に汚れを持ち込ませない為であったとしても、リズルは感心せずにはいられなかった。
 石の道は納屋にも通じていた。そして、厩舎に。
 厩舎では男達が馬の調教や世話をしていた。中には少年もいる。皆はリズルの姿を見ると愕いたようであったが、名は知らなくとも存在は知っていたのだろうか、帽子を取り丁寧に頭を下げた。
「馬を見せてもらってもいいかしら。仕事の邪魔にならないのでしたら」
 リズルは年配の男に訊ねた。
「御嬢様のいらっしゃる所では御座いませんが…」
「あなたは――」
「馬丁頭のクルズと申します」
 クルズと名乗った男は再び頭を下げた。歳の頃は五十くらいであろうか、短めに刈った髪にも口髭にも白いものが混じっていた。
「わたしの家にも馬はいたわ、大丈夫よ」
「では、どうぞ」
 余り乗り気ではなさそうではあったが、クルズは先に立って厩舎に入った。リズルは裾を汚さぬように少したくし上げた。厩舎の中は薄暗かったが、目が慣れると様子が分った。
 奥には藁が積み上げられ、馬房は八つあった。その半分にしか馬はいなかったが、後の馬は外で運動をさせているという事であった。リズルは馬の大きさに愕いた。自分達の所有している馬よりも大きい。脚も長く、体毛も短かった。リズルが一人で乗るのは大変そうだった。
「この島では、この大きさの馬が普通なのかしら」
「いえ、元々は小型の馬であったものを、南溟の大型の馬と掛け合わせてこの大きさにしたものです」
「では、小型の馬はいないのですか」
 自分が乗る事を考えると、小型の馬がいて欲しかった。
「いるにはいますが…何故、そのような事をお訊ねになるので」
「この島の女性は馬には乗らないのかしら」
「とんでも御座いません」クルズは頭を振った。「町や田舎の者ならいざ知らず、御嬢様のような御身分の方は馬になどお乗りになるものでは御座いません。こちらにおりますのは、全て御主人様と若君の為の馬です。狩猟や遠乗りにお使いです」
「奥方さまは遠出をなさらないのでしょうか」
「この港だけで全ての物が揃うのです。何を好んで田舎や他の町へ、わざわざお出かけになる必要が御座いましょうか」
 リズルは黙った。そして、手を伸ばし、すぐ側の栗毛のたてがみを撫でた。気性は北海の馬と変わらぬようだった。どうあっても、この町からは出られないのだ。下唇を噛んでリズルは感情をこらえた。
 一頭一頭を見て回り、ついでに運動させている様子も見た。一際美しい芦毛の馬がいたが、癇性らしくしきりに脚を踏みならし、頭を振っていた。
「美しい馬ね」
「はい、御主人様もそれがお気に召して手に入れられたのですが、どうにも調教が難しく、未だに御乗馬には出来てはおりません」
 

に付けられた長い綱さえも嫌がるようでは手綱は無理だろう。乗馬には向かないのではないかと思った。自分もあの馬のように、綱を付けられてもそれが嫌で自由になろうとしていた。だが、今は、それよりも窮屈な――馬房に閉じ込められた気分だった。人の手でつくり出した生き物が野で生きる事は可能なのかどうかは、リズルには分らなかった。仲間もなく、唯一頭のみで生きるのが果たして幸せなのかどうかも分らない。ならば、その運命を受け入れて従順になるしかないのであろうか。
 リズルは馬から目を逸らせた。そしてクルズに礼を言うと厩舎と馬場を後にした。
 幾つかの倉庫だか納屋だかの建物を回り、リズルはこの城砦の大きさに改めて愕いた。その全てが物で満たされているとすれば、何と豊かなのだろうとも思った。その富は全て、城砦の三人に属する物だという事には、もう、溜息しか出なかった。
 リズルが気を取り直した時、耳に剣のぶつかり合う音が入って来た。誰かが剣の稽古をしているのだろう。領主は剣を振るうような人には見えなかったし、長剣も帯びてはいなかった。使用人の男達もそのような者に心当たりはなかった。もしかしたら、門外にはそのような役目の者もいるのかもしれない。その者達が鍛錬をしているのかもしれないと、リズルは興味を引かれた。船に乗ってこの方、得物を手にはしていなかった。長櫃の底には、父から贈られた片刃の小太刀が仕舞われたままだ。これが北海ならば、女も正装時には帯刀するものだったが、こちらではそれは野蛮な事なのだろう。身近にある刃物と言えば刺繍道具の鋏くらいなものだ。それでも、いざという時の武器にはなるだろうが、普段から武器の扱いを指南されて来たリズルには何とも頼りのないものだった。
 武器のぶつかり合う音に引かれて、リズルはそちらへ向かった。それは、倉庫の裏からしていた。ぐるりと回ると、リズルは目の前の光景に息を呑んだ。
 南溟の男達だった。
 それぞれに違った色の房の付いた三日月のような刀を振り回し、まるで踊るかのように剣技を繰り広げていた。上半身は裸で輿を担いでいた時のように裸足であったが、地面をぐっと踏み締めるには靴よりはその方がよさそうだった。じりじりと間合いを詰め、一気にぶつかり合う様は躍動感に溢れていた。そして、思わず見とれる程に美しい動きだった。
 上半身を露わにした男の姿は北海では見慣れたものであった。南溟の男達は背は中つ海の人々と同じくらいであったが、体格は北海の戦士に匹敵するくらいに良かった。肌の色の違いはあっても、戦士の身体と動きだった。
 剣や身体を回転させるのは、やはりこれが舞踏だからなのだろうかとリズルは思いながら眺めた。美しいとも思った。陽光に輝く剣と、それに付けられた赤や青、緑の大きな房――いつまでも見ていたくなるような光景であった。
 今、剣技を行っているのが自分の乗った輿を担いでいた者達なのかどうか、リズルには判別がつかなかった。南溟人を見慣れていない事もあり、顔立ちに区別を付けられなかった。また、あの時には皆、下を向いており、良く顔が見えなかった事もある。
 この城砦には南溟人が少なくとも五人はおり、鍛えられているという事だ。
 リズルは気になりながらも、その場を離れた。そろそろ戻らなくてはならない頃合いであった。厩舎にしてもこの鍛錬場にしても、場所を憶えてしまえばまた来る事は出来る。クルズから家令かシエラに話が行くかもしれない。そうなれば、このように裏を散策する事が許されるのかどうか、リズルには分らなかった。
 菜園に戻ると、厨房の使用人達が出ていて香草や野菜を採っていた。
「お嬢さま」一人が愕いたように声を上げた。「こちらにいらしてはいけませんわ。どうぞ、正面へお回りください」
 堂々と正面から戻る事にリズルは抵抗があった。
「厨房を通っては邪魔になるかしら」
「そのようなことはございませんが――奥さまはいつもそうなさっておいでですので」
 そう言われれば仕方がなかった。リズルは来た道を戻り、何とか正面へと向かう筋を見付けた。
 厨房から自由に出入りしていた日々は遠くなってしまったのだ。ここでは全てが格式張って窮屈だった。じわりときた涙を押し殺し、リズルは正面の扉に手を掛けた。


 その日の夕餉に、領主はリズルに厩舎を訪れた事について問うた。
「とても素晴らしい馬ばかりで、感心いたしました」
 リズルの言葉に領主は嬉しそうに頷き、イースは少し愕いたように視線を送った。あの日以来、夕餉だけは毎日イースも同席するようになっていた。しかし、今日も料理には殆ど手を付けてはいない。ただ、つつき回すだけだった。
「でも、小型の馬はいないのですね」
「それは幼児か貧乏人の馬だ」
 イースが嘲るように言った。「そのようなものを置いていたとあっては、我が家の恥だな」
「それほど大層なことでしょうか」
 平静を装ってリズルは言った。
「体面というものは大事だ。特に我が家は領主だからな、他家よりも常に上であらなくてはならない」
 そのような事を真剣に信じているならば、自分など望まなければ良かったのにとリズルは思った。それとも、自分の意向ならばそれは別なのか。
「わたしが馬に乗りたいと申しましたら、愕かれますか」
 イースを無視してリズルは領主に訊ねた。
「私の若い頃には考えられなかった事だが、今では若い未婚の女性が乗馬で狩りに同行される事はたまにあるが…リズル殿は乗馬を嗜まれるのか」
 別に愕いた風もなく領主は答えた。
「父に教わってよく乗っておりました。でも、小型の馬でした。狩りに同行させていただけるのでしたら、ぜひ、お願いしとうございます」
「それは心強い事だ。だが、今、厩舎には女性が乗るような馬は用意していなくて申し訳ない。商いをする者に良い馬を探させよう」
「年寄りの馬がいたでしょう、あれなどは練習には良いとは思いますが、父上」
イースが口を挟んだ。「お手並み拝見と行きましょう」
「そうだったな、あれをリズル殿は取り敢えず使われると良い」領主はイースをい見た。「明日、お前がリズル殿を案内して差し上げなさい」
「――はい」
 不服そうな返事であったが、思いはリズルも同じだった。
「でも、危険なことはおよしになってね」夫人が言った。「若い娘さんの中には狩りに同行される方もいらっしゃるのも確かですが、わたくしはどうも馬に慣れなくてご一緒できませんもの」
「大丈夫ですわ。わたしは馬に慣れておりますから」
 リズルは微笑んだ。この城砦から出る理由に狩猟ほど良い理由があるだろうか。領主や他の娘が一緒であるとしても、森や平原の自由な風の誘惑は抗えない。外に出られるようになるのは、恐らく、披露目が済んでからだろうが、今からそれが待ち遠しかった。明日はイースが厩舎まで同行しようとも、それがずっと続く訳ではないだろう。


 部屋に下がると湯浴みを済ませ、リズルは書庫から持ち出した書物を開いた。まだ半分も読めてはいなかったが、交易島の神話や歴史は楽しかった。北海にもこのように歴史を記す術があればどれ程良かっただろうかと思わずにはいられなかった。詩人の詩は確かに良いが、神々の物語ならばいざ知らず、歴史を語るには長すぎた。切れ切れの英雄譚をつなぎ合わせても、時間の流れはわからなかった。また、一人の詩人が全ての物語を憶えている訳でもなかったので、その点でも書には劣るだろう。
 自分は、この書に描かれている神を奉じなくてはならないのだ――そう思うと心が重かった。母はそういった事には余り悩まなかったようだったが、それは、父が母が元の島で奉じられていた海神に対して寛容であったからだろう。その一点さえを守る事が出来れば、母としては異存はないようだった。島の者達は皆、海神を畏れていたが、リズルと弟妹は違った。それは母の影響であったが、おかしな事とは思わなかった。また、周囲もそういうものだと思っていたきらいもあった。
 だが、それはこの交易島では通じまい。全てが異なっているからだ。例え信じていなくてもそのようなふりをしなくてはならないのだろうか。それとも、そのような小手先の事はこちらの神にはすぐに知れてしまい、神罰が下るのだろうか。
 棄教がそれほどの大事(おおごと)だとは思わなかった。だが、中つ海が全て、書に描かれている神を奉じているならばリズルもそれに倣うしかないのだ。かなりの北方から来たと偽っているとは言え、違う神々を奉じていてはここでは暮らしては行けまい。唯一人の神のみが存在すると言われても、違和感しかなかったが、仕方あるまい。
 毎日の朗読でシエラが簡単な神話を読んでいたが、これからはそれを真剣に聴いた方がよさそうだった。
 苦手な刺繍に加えて新たな神の物語も憶えなくてはならないとは。これが唯の読み物であればこれほど気も重くなく、純粋に楽しめたものを。
 リズルは溜息をついた。


 翌日の午後、シエラの礼儀作法の時間の代わりにイースが厩舎へとリズルを案内する事になった。
 愛想笑いの一つもしないイースにリズルは慣れたが、それでも気持ちの良いものではなかった。自分だけが微笑んで馬鹿みたいだと思ったが、それも試練の内、と諦める他ないようであった。
 厩舎までイースが先頭に立ち、無言のままだったので僅かな距離とは言え、着いた時には安堵の気持ちしかなかった。クルズを始めとする馬丁達は二人が来る目的を知らされていたのだろう、昨夕にイースが口にした「年寄り馬」が引き出されていた。栗毛の牝馬であったが、大人しいことはすぐに見て取れた。鞍は着けられていなかった。
 リズルは馬に近づき、その頸を撫でた。
「この子の名は何というの」
 イースを無視してクルズに訊ねた。
「そのような馬に名を付ける事はない」
 クルズが返答せずにいると馬鹿にしたようにイースが言った。
「あら、ではわたしが名付けてもよいのですね」
「好きにすればいい。だが、そのような駄馬に名を付けたとあっては、お前が恥をかくだけだ」
「ではそのような馬をなぜ、お父上は厩舎に置かれているのですか」
「若君の子供の頃の御乗馬だったからです」
 小声でクルズが言った。
「親というものは、子の思い出の品を手許に置きたがるものだからな。この馬もそうに過ぎない」
 憮然とした顔でイースは言い、リズルは思わず笑いそうになって俯いた。なるほど、この男にしてもそういう心は分るのだ。
「鞍を着けてもらえるかしら。すぐにでも乗ってみたいわ」
「二、三日お待ち頂けましたら婦人鞍が参ります」
 婦人鞍、という言葉は初めて聞く物だった。だが、ここでそれを訊ねてはいけない事くらいは分った。
「それなら、準備ができたら知らせてください。それまでに、この子の名を考えておきますから」
 クルズは承知しましたと言うように頭を下げた。
 リズルは馬のたてがみを撫で、その側を離れた。そして厩舎を見渡した。馬の様子は、一日でそう変わる様子もなかった。
「どれがあなたの御乗馬なのですか」
 リズルは付いて来たイースに訊ねた。
「特に決まってはいない」イースは肩を竦めた。「父上もそうだ」
「あの芦毛は、あなたの馬になる予定だと聞きましたが」
「ああ――」
 リズルの見やった方向の、前脚で地面を掻いて落ち着きのない芦毛に興味はなさそうにイースは言った。
「クルズは手なずける自信があるようだが、あれは見栄えは良いが私は好きではない。馬も人も癇性なのは癖が悪い」
 その言葉はそっくりあなたに返すわ。そうリズルは心の中で毒づいた。癇性であっても馬に罪はない。はみを噛まされ鞍を背に人を乗せるのが嫌な馬もいるだろう。感情に正直なだけだ。だが、人間はそれでは生きてはいけない。ここに着いた夜の出来事を、リズルは一生忘れることはないだろうと思った。今でも、あの時の印象がそのままだ。愛想なく口も悪ければ態度も、望んだ婚約者に対するものではない。第一印象が悪かったにしても、その後少しでも努力して良い印象を与えようとするのなら評価もしよう、だが、これでは益々感じが悪くなるばかりだ。嫌われる事を望んでいるのだとしたら、何故だろうか。十九にもなって大人になりきってはいないのだろうか。それならば末の弟よりも始末が悪い。そんな男の側で一生を過ごしたくないとさえ思った。
 それでも、とリズルは気を取り直した。それでも、良い所はあるのだろう。それを探すのが、自分の仕事でもあるのだ。
「狩りにはよく出かけられるのですか」
「父上と共にならばな」
「女が狩りに参加するのはおかしなことなのでしょうか。クルズはそう申しておりましたが」
「別に――」イースは言った。「別に狩りに参加するとは言っても馬を走らせる訳ではないからな。我々男が獲物を追って帰って来るのを待つだけだ。それに、クルズの年齢では考えられない事なのだろう、ここ数年の事だからな。南溟から婦人鞍が入って来るようになってからだ。まあ、母上も馬に乗られる事はないのだし、それが普通だ」
 それでは狩りに参加するとは言えない。そうリズルは思った。島では自ら罠を仕掛けたり弓を射る事があっただけに、がっかりした。狩りで男に負けぬ自信はあったのだ。だが、そんな事をイースに知られたらまた野蛮人扱いされるのが落ちだろう。
「では、南溟の女性は馬に乗るのですね」
 南溟の男達から女を想像するのは、難しい事ではなかった。
「どの位の腕前かは知らぬがな」
「訊いてはいけませんか」
 顔をしかめてイースはリズルを見た。
「何を考えているのかは知らんが、あれは奴隷だ。我々が話しかけるような相手ではない」


 その夜、寝台に横にになって書を紐解いていたリズルは、ぼんやりと昼間の事に思いを巡らせていた。結局は南溟の奴隷達の所へ行く事はなかったのだが、彼らの事が気になっていた。主人と奴隷とが直接口をきく事がないというのがイースの言葉であったが、家の使用人というのは殆どが奴隷の北海では考えられなかった。
 そういった事一つを取っても違っている場所へ来てしまったのだ。それが交易島に限った事なのか、中つ海全体に共通する事なのかはリズルには分からなかった。また、そのようなやり方には納得できなかったが、少なくとも交易島ではそれに従わねばならないのは確かだった。北海では知るべくもない南溟の事を知りたかったが、こっそりとでも話を出来ないだろうかと思った。世の中は広い。それを知らずに過ごすなど勿体ない事だった。
 地図を見る限り、交易島はリズルの島よりも小さかった。それでも、この広大な世界の要であるのだ。南溟の奴隷がいかにしてこの城砦に来る事になったのか、それはリズルの埒外であったが、それは北海、中つ海、南溟の三つの世界がここで交錯している証拠でもあった。
 広大な世界を一目見てみたい――そう思い続けていたが、その一端がここにはあった。だが、自由にそれを享受できる立場にいないのは実に口惜しかった。
 

 数日後、朝餉の時に領主がリズルに婦人鞍が来たと知らせた。思わず声を上げて喜びそうになったが、そこはぐっと抑え、にっこりと笑って領主に礼を言った。
「わたくしのためにわざわざ、ありがとうございます」
「婦人鞍での教師も呼んであるから、安心して乗られるが良い」
 にこやかに領主は言ったが、夫人は心配そうだった。
「そのように心配せずとも、近頃の若い女性は結構上手に乗られるものだぞ」領主は夫人を宥めるように言った。「それに、すぐに狩りに同行される訳ではなし」
「馬丁もおりますし、私もおりますので無茶はしますまい」
 夫人の不安を見てイースが言った。その言葉に愕いてリズルがそちらを見ると、イースはむっとしたように睨み付けて来た。
「あなたがついていてくれるのなら、安心ですけど…」
 それでも夫人の不安は拭えないようだったが、リズルは大丈夫だと言うように微笑んでみせた。この女性の心配性なところが、イースをより病弱にしていたのではないかと思う事もあった。
 午後にはイースと共に厩舎に向かった。その間も二人は無言だった。二人きりになる事はあっても決して口をきこうとしないイースに、リズルはお手上げ状態だった。完全に拒否されているのが分かった。
 厩舎では既に馬が引き出され、その背には鞍が乗せられていた。
「そういえば、こいつに名付けると言っていたな」
 イースが言った。どのような名にしても難癖をつけるだろう思ったが、リズルは微笑んだ。
「はい、有明(ありあけ)です」
残月(ざんげつ)か。残り物のこいつには丁度良いな」
 本当に一言多い、とリズルは思った。そのようなつもりは一切なかった。ただ、美しい名をと思っただけだった。
「乗ってみても構わないかしら」
 リズルはイースを無視してクルズに訊ねた。
「腹帯をもう一度締め直しますので、少しお待ち下さい」
「お嬢さまでいらっしゃいますか」
 クルズの言葉が終わるか終わらぬかの内に、一人の男が前に進み出た。年はクルズよりは若い壮年の、肌が少し浅黒い男だった。
「あなたが教授してくださる方かしら」
「はい、ファドラと申します」
「よろしくお願いします」
 リズルがそう言うとファドラは胸に手を当てて頭を下げた。
「どうぞ、準備が整いました」
 クルズの言葉に、リズルは馬に向き直った。赤い鞍下の上には、鐙と同じくらい長く垂れのある鞍が乗っていた。これが、婦人鞍なのか、とリズルはまじまじと眺めた。このような長い垂れがあっては馬の腹を蹴って命令させる事が出来ないのではないだろうか。
 馬の横に踏み台が置かれた。
 何と言っても北海の馬より大きいのだ。これがなくてはリズルでも乗る事が出来ないかもしれない。手綱はクルズが短く握っていた。
 リズルは有明と名付けた栗毛に近付き、たてがみを撫でた。
「では、乗りますね」
 誰かが止める前に、とリズルは踏み台に登り、鐙に足をかけて鞍の前にある前橋(ぜんきょう)を摑むとひょいと馬に跨った。
 驚きの声が皆から上がった。これ位は簡単だった。北海育ちをなめて貰っては困るとリズルは思った。
「ばかっ、すぐ降りろっ」
 イースが叫んだ。顔が真っ赤だった。
「降りられないなら引き摺り下ろせ」
 すぐにファドラがリズルに近付いた。
「跨ってはなりません」
 リズルはえっと思った。跨らなくてどうして馬に乗ると言うのだろう。だが、教師の言う事だ、渋々ながらリズルは馬を下りた。
「本当に救いようのない馬鹿だな、この女は。男と同じように乗るなど、何を考えているのだ」
 イースは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だって、ずっとそうしていたわ」
「お…処女(おとめ)でなくなっても知らぬからな」
 その言葉に赤くなるのはリズルの番だった。男の口からそのような言葉が出るなど、信じられなかった。
「お嬢さま、鞍には横座りにお乗りください」
 ファドラが宥めるように言った。「そのように乗るように出来ておりますので」
 教師がそう言うのならば仕方がなかった。もう一度踏み台に乗り、言われたように鞍上(あんじょう)に横向きに座った。片足は鐙に乗せていたが、どうにも宙ぶらりんで危なっかしい乗り方だった。
「そのまま前橋をお持ちください」
 言われるままに従った。するとファドラは手綱を持って歩き始めた。ぐっと深く腰掛けないと馬の動きに振り落とされそうだった。リズルは手綱を持つ事なく、この日は終わった。
「初めてにしてはお上手でした」
 ファドラの言葉にも喜ぶ事は出来なかった。
「では、明日には手綱を取らせてもらえるのでしょうか」
 困ったような顔になったファドラに代わって、イースが口を開いた。
「女が手綱を持つなど、有り得ない」
「では、どうやって馬を進めるのです」
「私のような者が、手綱を持って引いて行きます」
 ファドラが答えた。
 言葉が出なかった。それでは馬に乗っている事にならないではないか。荷駄と同じだ。子供でもあるまいに、そのような騎乗は信じられなかった。
「南溟のご婦人も、そのようにしてお乗りになるのでしょうか。ご存じかしら」
 ようやくそれだけを口にした。
「未婚のご婦人はそうなさいます。既婚の方はその限りではございませんが」
 再び顔が赤くなるのをリズルは感じた。女とは不自由なものだと思わずにはいられなかった。そんな事にまで気を遣わねばならないとは。リズルにとっては北海よりもこちらの方が生き難そうだった。


 ファドラの教授はすぐ終わったが、彼はリズル専任の馬丁となった。何日かすると様々な話を交わす事になった。それによるとファドラの父親は南溟の馬商人で母親は中つ海の女性であり、その為にファドラも南溟の馬に詳しいとの事だった。ただ、三男であるが為に自ら身を立てねばならないので、馬の知識を生かした道を選んだらしい。
「でも、どうして中つ海は南溟の馬と元からいた馬との掛け合わせなのでしょう。南溟の馬ではだめなのですか」
 見栄えを競うならば、その方が良かろうにとリズルは思った。
「南溟の馬はここの人には大きすぎましょう。それに、南溟は仔の出来ぬ馬しか出しませぬ。そういった馬は王侯の楽しみとして飼われる事が多いようです。この辺りの馬を南溟に連れて行き掛け合わせて増やし、それが広がったものが、今、中つ海で広く使役されております」
 中つ海の人々の体格を思えば、その方が良いのだろう。北海人には、体格の良い南溟の馬が似合っていそうだが、北海では毛深くはない南溟の馬では冬が越せないかもしれないとリズルは思った。有明は大人しく決して逆らわない馬であり、時には頑固で何度腹を蹴ろうとも動こうとしない北海の馬に慣れたリズルには拍子抜けであったが、その柔和な性格が却って愛しくなった。
 乗馬の時間が出来たからと言って、シエラの礼儀作法の時間が減らされた訳ではなかった。リズルに自由な時間は正直、夕食後から就寝するまでの僅かな時間しかなかったが、入浴がなければ――中つ海の人々は毎日入浴しないようだった――その分だけ書を楽しむ事が出来た。最初は毎日入浴せぬ事に抵抗もあったリズルだったが、今ではそれで皆が不潔だと感じていないのならば、時間の余裕が出来て良かったと思った。如何に乗馬が楽しいとは言っても自由に馬を飛ばせはしないのだし、一人だけの時間を楽しむものでもなかった。
 ミアはリズルの世話の全てを任せられるようになった。それだけでも慣れぬ地での日々の緊張から解放されるというものだ。ミアは実に良く働いてくれたが、まだ普通の会話を交わす迄はいかなかった。任された仕事で手一杯のようだった。トーヴァと同じ年齢だとすれば、それで一つの仕事を任されるのだから、当然だと思われた。
 刺繍の見本作りは終わったが、次に何をすれば良いのか、リズルは途方に暮れてしまった。夫人のように草花を刺そうかとも思ったが、皆に較べられるのは目に見えていた。布地を見ていると思い出すのは北海の風景であったが、それを刺す訳にもいくまいとも思った。だが、意を決して島の庭にあった有りの実の木を刺す事にした。夏の初めの白い花は母のお気に入りであったが、本当に美しくもあった。
 領主は親切であり、常に忙しそうにしていた。仕事の来客も多く、一日中仕事部屋にこもりきりの日もあるようだった。そうかと思えば、夕食時まで外出から戻らぬ事もあった。イースが跡を継ぐと、そのような生活が待っているのだろうかとリズルは思った。
 イースはそんな父親の側にいる事が多くなった。リズルの乗馬にも付き合うのは領主が外出した時だけに限られた。それでも鬱陶しい事に変わりはなかったのだが、最初の頃とは異なり、余計な口出しをする事も少なくなった――かと言って二人の会話が増えた訳でもなかったのだが。リズルが乗馬をしている時にはイースも馬に乗って馬場を駆けていたが、それが羨ましくて仕方がなかった。時には外へ馬に乗って出掛けるのを見ると、女である事が口惜しくてたまらなくなった。
 披露目の日が近付くにつれ、リズルは少し神経質になって来ていた。初めて、自分と同じ年頃の女性と会うのだ。そして、その親とも。そこで北海の人間だという事がばれないようにしなくてはならない。交易島という場所柄、北海の人間を知る者もいよう、商人同士の交流のある者もいるのかもしれない。衣の裳さばきや袖のあしらい方は何とか身に付ける事が出来たが、問題は会話だった。ただ微笑んで相槌を打てば良いというのがシエラの言葉であったが、話題を振られたり質問された時などはそういう訳にもいくまい。家族の事を訊ねられたらどうすれば良いのか。どのような所に住んでいたのかと問われれば何と答えればよいのか、リズルの不安は日々、増していった。このような狭い城砦や館から自由に出る事も出来ない女達だ、冬の北海の人々よりも新しい話を聞きたがるだろうし、好奇心も強いだろう。そんな人々からどうすれば逃れられるだろうか。余り立ち入った事は訊ねないのが礼儀であるとしても、乗り切る自信がリズルにはなかった。
「三日後が楽しみですわね」
 夫人が刺繍の手を止めて浮き浮きしたように言った。「わたくし、早くあなたを皆さんにお目にかけたくてしかたありませんのよ」
 その言葉に、リズルは微笑んで俯くしかなかった。
「あなたのようなお嫁さんが来てくださるなんて、わたくしは果報者だわ」
「わたしのような者にそのようにおっしゃってくださって、わたしの方こそ果報者ですわ」
 リズルは言った。
「あら、だって、とても

いらっしゃるし、健康でもあるのですもの。わたくしたちの慣習にも、とてもよく馴染んでくださって」
 本当の自分を知ったら、夫人は卒倒するかもしれないとリズルは思った。それだけは避けたかった。この大人しい女性を失望させたくはない。いずれは化けの皮が剥がれるのだとしても、それはずっと先の事にしたかった。
「でも、わたしは不安です」
「あなたなら大丈夫よ」夫人はリズルの手を取った。「どこに出ても、大丈夫だと思いますよ。シエラもそう申していましたもの」
 ちらりとシエラを見ると、黙って書物に目を落としていた。
「どこのお宅でも、あなたのお披露目を楽しみにしてくださっているようですし、これからは一緒に出かけられますわね」
 リズルは弱々しく微笑んだ。皆が皆、夫人のような人ではないだろう。その中で、本当に自分が生きて行けるのか分らなかった。ひと月近くをこの城砦で我慢出来たのだが、一度は外の空気も吸いたかった。だが、一度(ひとたび)それを味わってしまうと、我慢出来るのかどうかも不安だった。
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