第1話

文字数 1,949文字

 「ハァ、ハァ、」
 僕は息が切れてきた。妙に暑い。額からは汗が滴り落ちてくる。
 汗を拭いながら立ち止まったが、途方に暮れた。目の前に広がる光景は岩石や岩山でしかなかったからだ。振り返ってみても同じだ。
 空を見上げると、太陽が燦燦と降り注いでいる。
 僕は腰につけている水筒を手に取り、残り少ない水を口に含ませて飲み込むと、無意識の内に言葉を発していた。
「本当に何もないのか…」
 千年も前に大半の人類は滅び、生き残った人類は限られた土地に村を造り、細々と生きていく事を強いられていた。だが、生き残った人類にも微かな望みがあった。それはこの地球のどこかに、「天空の楽園」と呼ばれる地があるという話だ。何でも壁のようにそそり立った岩山の上に存在している楽園らしい。そしてそこには昔の人間の文明の跡と、多くの水が大地を満たし、木々に覆われた肥沃な大地が存在しているという事だ。千年も前から語り継がれている話だ。
 大抵の村の人は、「そんな話を信じるな」、「そんなものは神話だ」と言ったが、僕は、「きっとどこかにあるよ」と、村を飛び出して探しに来たのだ。だが、未だ発見出来ずにいる。
「フー…」
 と、大きく溜息をつくと、どこからともなく音が聞こえてきた。
「チョロチョロチョロ…」
 水の流れる音だ。僕は泣きたくなるほど嬉しくなり、音の聞こえる方向へ駆けて行った。
 岩から水が滴り落ちている。
 僕は慌てて腰から水筒を取り外すと、水を目いっぱい溜めて、滴り落ちる水を思う存分飲み捲くり、顔も洗った。こんな生き返った気分は久しぶりだ。
 少しホッとすると、妙に眠気に襲われた。考えてみればろくに寝ていない。少し休む事にして辺りを見回すと、岩石と岩石が入り組み、寝るには調度いい窪みがあった。
「ここで少し…」
 窪みで横になると疲れからなのか、あっという間に眠りに落ちていた…
「?」
 どのくらい寝ていたのかは分からないが、死んだように寝ていた僕は何かの感覚で目が覚めた。顔に水滴が落ちてくる。
「雨」
 そう思ったが何かが違う。妙に臭い。顔についた水滴を手で拭おうとすると、「スライム?」、「油?」と思えるほど、粘り気のあるものだった。
(ん?何だこれ…)
 そう思いながら手で払い除けると、また粘り気のある水滴が顔に垂れ下がってきた。
「うわ!!」
 思わず大きな声になり、見上げてみると、そこには今までに見た事もない巨大生物が涎を垂れ流して、僕を覗き込むように立っていた。巨大生物の目は、明らかに僕の事を食べようと思っている目だった。
 僕は飛び起きると、護身用にと思い持っていたナイフを抜いて巨大生物に向けた。小さなナイフだ。どう見てもサイズが不釣り合いだ。唾液ではない本当の汗が滴り落ちてくる。
 このまま戦うべきか、それとも…決断は一瞬だった。
「逃げるが勝ち」
 一目散に逃げると、巨大生物が追い掛けてきた。
 大きな口を開けて僕を食べようと迫って来る。おまけに大きな足が地面を蹴り上げる度に、「ズシン!ズシン!」と、振動が伝わってくる。
「もう駄目だ!」
 食べられると思い目をつむったが、何故か何も起きなかった。
「あれ…?」
 と、辺りを見回したが、巨大生物はどこにもいない。
「どこに行った…何がどうなった…」
 途方に暮れながら辺りを見回していると、僕の体を覆うように、巨大な影が僕を包み込んだ。空を見上げると、大きな鳥が巨大生物を捕らえて飛んでいた。
「ハハ…助かった…」
 巨大生物を捕らえる巨大な鳥。思わず笑ったが、世の中、思いもよらぬ事が起きるものだと思った。
 食べられずにホッとすると、「さぁてと…」と、また歩き始めようとしたが、僕は驚愕した。目の前に壁のようにそそり立った岩山があったからだ。
 どこをどう逃げてきたのか分からないが、巨大生物に追われ、気が付けば、言い伝えのそそり立つ壁に辿り着いていた。
「これが壁なのか…」
 僕は急いで岩山を登り始めたが、登れど登れど岩山だ。いつしか手は擦り切れて血だらけになっていた。泣けてもきた。
 やっとの思いで岩山を登り切った僕は手だけではなく、体もボロボロになっていたが、今までの涙が嘘のように顔が綻んだ。
 目の前には「天空の楽園」が存在していたからだ。ジャングルとなった都市があり、千年前の文明が垣間見えていた。おまけに至る所に澄んだ川が流れている。
「やっと見付けたぞ!やっぱりあったんだ!」
 僕は初めて見る千年前の文明の跡に触れながら歩き回っていると、いつしか高台に来ていた。そして、そこから見る景色に何も言えずにただ立ち尽くしていた。
 何故か虚しくなってきた。
 眼下に広がる景色は、今まで歩いてきた道筋だが、言い伝えによれば、そこは千年前は海と呼ばれ、大量に水があった場所だったらしい…

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