文字数 936文字

「でもあんなに上手くいくとは思わなかった」
「私も。外から見たら、ホントに自分から落ちたように見えたもの」
「タイミングが難しかったのよね。丁度タクシーから降りるところで、上手く身を乗り出してくれたから、思いきり両足持ち上げて。よくポケットにメモリ放り込めむまでできたって、自分で感心しちゃうわ」
「あの夜しか都合のいい日なかったしね。夜勤だとか帰省だとか、コッソリ探って、あの時間、誰もいないの、狙って」
「際どかったよね。看護師の彼女、まさかあの時間に夜勤から帰ってくるなんて」
「まあ、おかげで目撃者増えたからよかったじゃない」
「上手くいったね」
「うふふ……」






   ***


 頭が痛い。

 あの日、あの夜以来。

 目の前で、飛び降り自殺が、あった夜。
 体調が悪くて、夜勤なのに早めに帰らせてもらえて、いつもとは違う時間の帰宅だった。
 アパートの前のロータリーで、顔を覚えたばかりのアパートの住人と一緒になり、挨拶を交わした直後に、目の前に落ちてきた。

 仕事がら、幾らかは、死や血に慣れているとはいえ、やっぱりショックだった。
 まだ引っ越したばかりで、顔も覚えてない人だったけど。

 あの夜から、体に染み付いた、匂い。

 三軒隣のベランダにある、百合の花の匂いかと思ったけど、違う。

 ジャスミンみたいな、でももう少し甘ったるい匂い。

 決して嫌な匂いじゃないのに、何だかクラクラする。

 仕事場では気にならないから、この部屋に問題があるんだろうか。
 時々、夢にも現れる。
 花のことで、言い争っている人達。
 
 その夢の中で、一際強く匂う、花の香り。

 何の花?





 ……チ……シ……。



 誰かの、声がする。
 スマホを手にして、画面を開ける。
 周囲には内緒で、たまに小説を書いて投稿してる。
 思い付くまま、タイトルを入れる。

 ……チ……シ。

 く・ち・な・し。





 一


 蒸し暑い夜。

 まだ7月に入ったばかりだというのに、寝苦しい夜だった。
 うとうとしていたけれど、不意に眼が醒める。
 部屋に充満する、甘い匂いで、頭がクラクラする………………』







 山梔子;くちなし



 天国に咲く花とされる。




 ……もはや、言葉を紡げない者が、その甘い香りに、思いを込める……のかもしれない。




 そして。






 物語は、繰り返される…………。








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