第13話

文字数 3,047文字

「五年前の一時期、保育棟に委員たちが頻繁に出入りしていたの。その時、彼らはある実験をしていたらしいわ。実験対象はあなたたち子どもよ」
 記憶の片隅に思い当たるふしがありました。僕たちがみんな身体の隅々まで調べられ、注射を定期的に打たれていた時期が確かにありました。それがどんな意味を持っていたのか、今まで考えたこともありませんでしたが。
「十年前、地上にいた人類は突然、大量のケガレに襲撃されて、この地下世界に逃げ込んだ、それは知っているわね」
 僕がうなずく様子を医師たちは凝視していました。僕の反応具合をしっかりと確かめているようでした。
「その時、兵士によってケガレの一部が確保されてこの都市に持ち込まれてたの。首脳部ではそのサンプルを使っていろいろな実験を行ったらしいわ。私たち医療関係者にもそのデータは一部公開されているけど、基本的なケガレの構造や動きなんかはそのデータを見れば分かるわ。それで、ここからはいっさい外部には公表されていないことなんだけど、そんな一連の実験の集大成として、あなたたち子どもを使って実験が行われたらしいの。いわゆる生体実験ね」
「それはどんな実験なんですか」ここまで聞いた上は、詳細まで聴いてみたくなるのはしょうがないことでしょう。事は自分や仲間の過去に関わることですし、自分たちの身体に何かされて、その詳細を知りたくない人などいないでしょう。
「あなたたちの身体にケガレを植えつけたの」
 ケガレを、この身体に?僕は思わず声を上げそうになりましたが、話の続きを聴きたくて声を呑み込んで、そのまま続きを待ちました。
「種痘と同じようなものね。それで免疫が作られてケガレにおかされなくなれば、と考えたのかも知れないわ。でも不可解なのは、植えつけられたのは子どもたち全員みたいなの。データを取るためなら一部の健康なコだけでいいはずなのに。まだ実証も出来ていない段階で全員に植えつけたの」
「それで僕たちはどうなったんですか?免疫ができたんですか?僕たちはケガレに襲われても大丈夫なんですか?」僕は辛抱できずに口を開きました。女性医師は小さく首を横に振りました。
「免疫はできなかったらしいわ。正確に言うと免疫を作ろうとしたけれどケガレの方が免疫に勝ってしまったのよ。だから植えつけられた子どもたちは、ケガレによって数日の間、高熱を発した。中には身体に変調をきたして亡くなったコもいたようだわ。とにかく全員の子どもが何らかの体調不良を発したの。あなたたち二人を除いては」
「僕とツグミですか?」
「あなたはいっさいケガレを寄せつけなかったらしいわね。どれほどケガレを植えつけようとしても、すぐに体外に排出してしまう。何度も試すと急に体が白く光り出したこともあったらしいわね。それからツグミってコはケガレを吸収してしまったみたいね。何度植えつけてもすぐに体内に吸収してしまって、しかも何の身体的変化もなかったらしいわ。あなたたちは特異体質としてデータ上では処理されたみたい」
“特異体質?”そう言われても自分ではあまり実感はありませんでした。僕はただの子どもでした。みんなと同じように。
「特異体質って、何が原因なんですか?」
「それは・・・」
 女性医師が話しを続けようとしたちょうどその時、館内放送から女性の声が部屋の中に流れました。
“クマゲラ先生、クマゲラ先生、執刀予定の時間です。至急、西棟三階手術室にお越しください”
 ヒゲ面の医師が顔をしかめていました。
「時間がないので、要点だけ言うよ。私たちはある目的をもって活動している。それはあくまで私的な集まりの私的な活動であり、もちろんこの病院もまったく関知していないことだ。私たちは私的にではあるが、この世界と人々のために活動している。そして私たちは君たちに大変興味がある」ヒゲの医師は少しの間を空けて、改めてしっかりとした視線を僕に向けました。「つまり、私たちに君たちを調べさせてもらえないかな。なぜ君たちがケガレに対して耐性をもっているのか、それを調べれば、きっとこの世界のためになる、この世界の人たちのためになる。だから」
「でも五年前の実験の時、僕たちは調べられたのではないんですか?」
「おそらく調べられたと思う。しかしそのデータはいっさい公表されていない。開示請求をしてみても、表向きは存在していないことにされていて、けっして表には出てこない。だから君たちをあらためて調べさせてもらいたいんだ」
「素朴な疑問なのですが、この世界のためになる、この都市の人たちのためになるってことなら私的ではなく、公的に調べれば良いのではないでしょうか。私はこれから治安部隊に所属することに決まっています。ですので部隊本部に依頼していただけないでしょうか。上からの命令があれば私はどのようなことにも協力させていただきます」
「・・・本部ねぇ・・・」
 そういうヒゲの医師の顔が、少し曇ったように見えました。
“クマゲラ先生、どこにおられます?患者さん待ってますよ。手術の時間ですよ。いつも、いつも手間掛けないでください。すぐに西棟三階手術室にお越しください”
 婦長さんのお呼びですよ、若い男性医師がクマゲラ先生に冗談めかした口調で言いました。先生は眉間にシワを寄せながら立ち上がりました。
「君、ツグミくんの見舞いには来るんだろう?」
 僕は、ええ、と答えました。
「なら、その時にまた少し話そう。これはとても大切なことなんだ。きっと了承してくれると信じているよ」
 言い終わるとクマゲラ先生は部屋から立ち去りました。
 扉が閉まると男性医師が、それじゃ私も行くよ、と言いつつ立ち上がり、机を回って僕の横に立つと、手を差し出しながら言いました。
「今日は時間を取らせて悪かったね。ちょっと訳が分からなかったかもしれないけれど、この出会いはきっと必然なんだ。きっと君たちは僕たちに協力することになる。これからもよろしくな」
 僕も立ち上がりました。しかし迷った末に、握手には応じませんでした。
「すみません。まだ協力できるかどうかは分かりません。とにかくツグミのことをお願いします」
 握手の代わりに僕は軽く頭を下げました。男性医師は行き場を失った手を僕の肩に持って行き軽く叩きました。そしてそれ以上は何も言わずに女性医師と一緒に僕を先導して病院の玄関まで送ってくれました。

 治安部隊員になった初日、入隊式が済むと、僕は上官に連れられて本部の隊長執務室におもむきました。
 そこで初めてモズ隊長に会いました。入隊式にもおられましたし、訓示ものべておられましたが、こうして面と向かって話をするのは初めてでした。
 その席で僕は、隊長から治安部隊員としてクマゲラ先生たちに協力するように指令を受けました。そして、それはツグミも一緒だということでした。そのためにツグミが抵触している入隊規定を変更するとも言われました。ということは、ツグミと一緒にあの医師たちに協力することが、ツグミの入隊の条件なのだろうか、ふとそう思いました。僕は甘んじてその指令に従いました。
 ツグミは意識が戻っても元気がなかったそうです。医師や看護師からは、身体的にはもう問題がないのは確かなので、後は精神的な問題だと言われました。でも僕が見舞いに行くと、いつもツグミは元気だったので、僕には何が問題だったのかいまだに分かっていません。
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