第14話 老婆

文字数 2,017文字

「魔界に? この近くなんですか?」

銀嶺は老婆に訊いた。

「そうじゃ……ワシらは皆殺された……村はもうお仕舞いじゃ……」

そう言ってさめざめと老婆は泣く。

「お婆さん……しっかりして下さい」

銀嶺は優しく老婆を抱き締めた。その時である。

ヒュッ

鋭い爪が銀嶺の首を切り裂いた。致命傷では無いが、銀嶺の白い首にうっすら血が滲む。

「何を……!」

言いかける銀嶺を尻目に、老婆は走り去った。

「何なのよ……」

銀嶺は取り敢えずグリン達の所へ戻る事にした。


「早かったな」

グリンが戻った銀嶺に話しかけた。辺りはすっかり暗くなっていた。ロキと武蔵は眠っている。

「ええ。まあね……」

そう言って座ろうとした時である。銀嶺の身体が熱く燃え上がった。

「……ッ」

銀嶺は両腕で身体を抱き締める。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

心配そうに顔色を窺うグリンを、銀嶺は押し倒した。手早く服を脱いでいく。

「お、おい……」

狼狽するグリンを気にもせず、銀嶺はあっという間に裸になった。

「ねえ……良い事しない?」

銀嶺は薄ら笑いを浮かべて、グリンの肩に手をかける。

「お前……」

グリンは片腕で銀嶺の腰に手を回し、砂の上に銀嶺を放り投げた。

「……ったく!」

ぼやきながら火炎放射器を手にする。

「何よ! 私みたいな良い女に誘われておきながら、酷いじゃないの! あんた、それでも男なの!?」

「魔界に侵入されたな」

グリンはそう呟くと、炎を銀嶺に容赦なく浴びせた。緑色の火炎が銀嶺の全身を包む。

「ウウッ!」

銀嶺はうめいたが、すぐに正気に戻った。

「私……一体……! エエッ!? 何で私、裸なの!? グリン……あんた、まさか……」

銀嶺はグリンを睨み付けた。

「俺じゃねえよ。お前が自分で脱いだんだ。魔界に侵入されたのさ。何か心当たりあるだろう?」

グリンは火炎放射器を置くと、脱ぎ散らかしてある服を銀嶺に向かって放り投げた。

「お婆さんが……」

銀嶺は岩山での一幕をグリンに説明する。

「そいつは魔界の手先だ」

「あんなお婆さんが?」

「魔界ってのは何も見るからに化け物みたいな奴ばかりじゃないさ。心の弱い人間は簡単に魔界に取り込まれ、手先として使われるのさ」

「そう……」


 服を着た銀嶺は周囲を見回した。真っ暗な中、ランプの灯りがグリンの姿をおぼろに浮かび上がらせている。

「ねえ、どうだった?」

「何がだ?」

「私に誘惑されて、嬉しかったかしら?」

銀嶺はフフフと笑う。

「下らん事言ってないで、寝ろ!」

グリンはそう言ってふて寝した。

「はいはい、寝ますよ」

銀嶺はランプの灯りを小さくすると、砂の上に仰向けに寝転んだ。夜空に満天の星が輝いていた。


 翌朝、一行は再び移動を始めた。相変わらず乾燥した大地に白銀の太陽が照り付けていた。

「あとどの位だ?」

グリンがロキに訊く。

「そうですね……夕方には着くと思いますよ」

「夕方か……じゃあ、まだまだこの退屈な旅が続くんだな」

グリンは溜め息を付いた。

「何時からなんだ? 魔界が責めてきたのは?」

「一月前からです」

「守備兵が居るんだよな?」

「はい。三十名程居ますが、ウォーカーという訳ではないので」

「そうか」


 夕方、村の入り口が見えてきた。

「おーい! 皆! ウォーカーを連れてきたよ!」

ロキは大声で村人を呼ぶ。

「ロキ! 無事に戻ったか。こちらがウォーカー?」

村人達は一斉にグリンと銀嶺を見つめる。

「そうさ! 火炎使いのグリンさんと、女剣士銀嶺さんだ……あと犬も。武蔵だよ」

「良くやった!」

村人はロキを労った。

「長旅でお疲れでしょう。まずは村の教会で休まれて下さい」

「教会? そんな所に押しかけて良いのか?」

「教会は村の集会所にもなっています。遠慮なさらず。ロキ、案内しろ」

「はい。グリンさん、付いてきて下さい」

グリンと銀嶺は、ロキに付いて大通りに出た。大通りは、オアシスの周囲をぐるりと囲むように走っている。銀嶺は飛び込んできたオアシスに思わず目を奪われた。

「何て綺麗なのかしら……」

空を映したスカイブルーの水を満々と湛えて、オアシスは光っていた。魔界の襲撃さえなければ、ここは楽園である。大通りをしばらく村の中心へ向かって行くと、こぢんまりとした教会が見えてきた。

「あれね……」

ロキに付いて中へ入ると、古い木で出来た柱に漆喰を塗り固めた、質素な礼拝堂がある。ここに並べられた木製の長椅子に二人は座った。

「村長を呼んできますから、ここで待っていて下さい」

ロキはそう言い残して出ていった。


「中々良い教会ね」

銀嶺はステンドグラスを眺めて言った。

「そうだな。落ち着いた良い雰囲気だ」

「こんな素敵な村が魔界に襲われるなんて……」

「素敵だからこそさ」

「どういう意味?」

「魔界の狙いは真善美を破壊して荒廃させる事だ。美しければ美しい程、奴等のターゲットになるさ」

「そういう事ね」

銀嶺は静かに祈りを捧げてみた。厳かな雰囲気の礼拝堂でそうしていると、連日頭を悩ませている魔界の精神波の影響も、薄らぐような気がした。
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