第9話 雪は止んだ

文字数 2,357文字

 トビーはひとりではありませんでした。となりにはバ・サミがいます。トビーとバ・サミは、扇風機の風が巻き起こす吹雪に飛ばされそうになりながらも、必死に扇風機の方へむかってきます。
「ちいちゃん! スイッチを切って!」
「わかった!」
 ちいちゃんは、スイッチの上に乗ってジャンプしました。しかし、スイッチのボタンは奥深くに引っ込んだまま、出て来ません。扇風機は相変わらず周り続けています。
「私ひとりではスイッチを切れない!」
 ちいちゃんは助けを呼びました。しかし、扇風機の風が強すぎてトビーとバ・サミはなかなか前へと進めません。
 ちいちゃんは考えました。スイッチを切らずに扇風機を止める方法はないかしら。ちいちゃんはあたりをぐるりと見回しました。扇風機を止められるようなものは何も見当たりません。そこには、洋服やハンカチ、靴下といった洗濯物があるばかりです。
 お洗濯物を扇風機に投げつけてみたらどうだろうと、ちいちゃんはふと思いつきました。ぐるぐる回っている扇風機の羽に洋服や靴下を絡みつけたら、羽が止まるかもしれない。
 ちいちゃんは、手当り次第、お洗濯物を拾い、扇風機に向かって投げつけ始めました。お父さんが会社に行く時に来ている白いシャツ、お母さんの花柄のブラウス、ちいちゃんの黄色い靴下、オレンジ色のハンカチ……。
 扇風機の風で吹き飛ばされても、ちいちゃんはあきらめずにお洗濯物を投げ続けました。がんばって投げ続けていると、緑色の靴下が扇風機の羽にひっかかりました。その靴下は長いので羽にからまり、扇風機の風が少し弱まりました。いまだ、とちいちゃんは次々に洗濯物を投げつけました。風が少し弱かったおかげで、たくさんのお洗濯ものが扇風機の羽にひっかかりはじめました。
 風が弱まったすきをつき、バ・サミは後ろ足で勢いよく地面をけってジャンプし、スイッチの上に飛び乗りました。
 ぽんっと弾けるような音をたててスイッチが飛び出ました。少ししてから扇風機はようやく止まりました。
「トビー、バ・サミ、無事だったのね!」
 ちいちゃんは、トビーとバ・サミとの再会を喜びました。
「暑い、暑い。誰だ、扇風機のスイッチを切ったのは! はやくスイッチを入れてくれ」
 山の上で綿ぼこりがわめいていますが、トビーとバ・サミはスイッチを入れてはいけないといわんばかりに頭を横に振っています。
「ねえ、トビー、バ・サミ。どうして扇風機のスイッチを入れてはいけないの?」
「扇風機の風で洞窟の雪が外に押し出されて、僕たちの世界に雪を降らせているからさ。ちいちゃんとはぐれてしまった後、僕はこの洞窟の入り口に飛ばされたんだ。洞窟の奥からはきだされた雪が僕たちの世界に降っている様子をみて、調べてみようと中に入ったら扇風機を見つけた。扇風機のせいでまわりの雪が外に流れ出ているんだってわかって、扇風機を止めないとと思ったけど風が強くて近づけなかった。でも、しばらくしたら扇風機のスイッチが切れたんだ」
「きっと、私がこの洞窟に落ちてきた時だったのね。お尻に固いものが当たってすごく痛かったから、きっとスイッチの上に落ちて、私が扇風機を止めちゃったんだろうな」
「扇風機が止まっている間に向きを変えようと思ったら、また扇風機がまわり始めたんだ」
「洗濯物の山の上にいる綿ぼこりさんが『暑い』っていうから、扇風機を入れてあげたの。そうしたら、トビーとバ・サミが『スイッチを切ってくれ』って走ってきたの」
「本当なら雪は僕らの世界に降るはずなのに、扇風機の位置がトビーたちの世界に向いてしまっている。そのせいでトビーたちの世界に雪が降って、僕らの世界には雪が降らなくなってしまったというわけなんだ」
「それじゃあ、扇風機の位置を戻せば世界は元に戻るというわけね」
 ちいちゃんたちは、扇風機の羽がバ・サミの世界に向くように扇風機の位置を変えました。スイッチを入れると、扇風機の風は雪をバ・サミたちの世界へと吹きつけ始めました。バ・サミは、雪だと、ぴょんぴょん跳ねながら喜びました。
「誰だ、扇風機を動かしたのは! 風があたらなくなってしまったじゃないか!」
 はしゃいでいるちいちゃんたちの頭上で怒鳴り声がしました。
「暑い、暑い。風が私にあたるように扇風機の位置を変えろ」
「扇風機はこの場所でないとならないの。でないと、トビーたちの世界に雪が降ってしまって、バ・サミの世界の雪がとけてしまうから」
 ちいちゃんがそう言っても、綿ぼこりは「暑い、暑い」と繰り返すばかりです。最初のうちは怒っていた綿ぼこりでしたが、次第に声が小さくなっていき、しまいには泣き出さんばかりに扇風機の風を当ててほしいと頼むようになりました。ちいちゃんは綿ぼこりがかわいそうになりました。だからといって、扇風機の位置を変えるわけにはいきません。
 ちいちゃんは考えました。扇風機を動かせないのなら、綿ぼこりの方を動かせばいいのです。
 ちいちゃんとトビー、バ・サミは洗濯物の山をよじ登って綿ぼこりのもとに向かいました。
 キャベツほどの大きさだった綿ぼこりは、汗でぐっしょり濡れてオレンジぐらいの大きさになってしまっていました。綿ぼこりを扇風機の羽の前に置いてあげようと、ちいちゃんは綿ぼこりを持ち上げようとしました。しかし、根っこでも生えているかのように綿ぼこりは洗濯物の山に埋め込んでいてちっとも動かせません。ちいちゃんの後ろにトビーが、トビーの後ろにバ・サミがつながって三人で綿ぼこりをひっぱってみることにしました。
 うーん、うーん……
 三人は力をあわせて綿ぼこりをひっぱりました。すると、どうでしょう。ぽーんと綿ぼこりが引っこ抜けたかと思うと、勢い余って三人とも洗濯物の山を転がり落ちていってしまいました。
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